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英国・・・イングランド・スコットランド・アイルランド・ウェールズのロックシーンについて The 1975 中編 Part5

第5回です。

前回からTHE 1975編がスタートしました。

で、これで後編・・・ではなく中編です。

ファースト、セカンドは前編に、中編があり、後編でおしまいならば、今回紹介するアルバムは・・・

ということで、始めます。

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2017年6月にThe 1975はマディソン・スクエア・ガーデンでライブを開催した。

アメリカで2ndアルバム『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful yet So Unaware of It』が大ヒットを飛ばしたことにより、聖地でのライブは満員御礼で迎えた、イギリスのロックバンドでは快挙ともいえよう。

規模感はだいぶ違うかもしれないが、アメリカのロックバンドがウェンブリー・アリーナをパーフェクトに埋めた・・・それもデビューからわずか2枚のアルバムで達成というのとおなじくらいだろうか、ちょっとした偉業だといえる。

2016年2月に発売された今作の後、数年のうちにライブ会場は大きくなり、野外フェスではヘッドライナー級のポジションを任されるようになり、その影響力と存在感を強めていった。

そうした売れていく状況とは正対するように、マシューが抱えていた薬物中毒の症状は悪化の一途を辿っていく。

マシュー・ヒーリー
「べつにそこまでパーティーに明け暮れていたわけじゃないんだよ」
「1万人とつながることと、ホテルの部屋でひとりきりになること、この極端さが問題だったんだ。大勢の人々の承認と本物の孤独。ドラッグがあるとそれに対処しやすかった」

『A Brief Inquiry Into Online Relationships』の制作に着手した直後、マシューはカリブ海のバルバドスにあるリハビリ施設に入り、6週間におよぶ認知行動療法を施される。相当に深刻なレベルだったわけだ。

マシュー・ヒーリー
「おれはひとりだった。もちろん、医師や看護師はいたけど、ほとんどは宮殿みたいなベッドルームでひとりきりだった。たくさん本を読んだし、いろんなことについて考えた」
「ほんとうにつらいんだよね。施設に入った最初の週は『泳いで帰ろう。こんな場所はクソくらえ』って思ったよ。でも乗り越えたよ。『人生にはもっと大事なことがある』って自分に言い聞かせたんだ。こんな風に考えられるような恵まれたジャンキーってまれなんだ」

2017年12月、今作でも共作しているNo Romeの作品に参加するためにマシューはアビーロードへと向かう。ここまで、先ほどのマディソン・スクエア・ガーデンでのライブからわずか半年以内での出来事だ。ちなみに今作の作曲は、マシューがリハビリ生活を送るなかで制作されたものが大半だという。彼曰く、このリハビリ時期の作曲期間を「genuine catharsis(本物のカタルシス)」だと語っている。その後にメンバー3人が加わって肉付けされていったのだろう。

元々本作は、EP『Music For Cars』のレファレンスとなるように制作しようと試みたところから始まっている。「時代の終わり」をテーマにした作品を目指したが、先に書いたような状況もあってかあまりにも長大になった。そう、それが『A Brief Inquiry into Online Relationships』と『Notes on a Conditional Form』へと繋がっていったのだ。

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3枚目となる『A Brief Inquiry Into Online Relationships』について書く前に、再度同じことを書かせてもらう。

EPやファーストアルバムで示した音楽的な広がりから大きな変化や拡張をしておらず、むしろ作品ごとによってサウンドのグラデーションや色合い、割合が少しずつ変わっていることが重要なのではないかと思う。

ということをちょっと意識しながら本作を聴くとわかる。これまで2作に比べればギターサウンドは減退しつつ、マシューのボーカルを艶っぽく響かせ、それを最大限に活かすかのようにR&Bやシンセポップの質感で支えている楽曲が多い。アコースティックギターやピアノ、そこにオーケストラを加えてチルなサウンドに仕上がった曲もある。

これまで2作から大胆に変化した要因は、おおよそ3つ挙げられよう。ボーカル処理とコーラスワーク、多彩なビートメイクやドラムサウンド、オーケストラ隊とチル・ムードの接続、この3つだ。

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まずはボーカル処理とコーラスワークを見ていこう。

「The 1975」「Give Yourself A Try」「TOOTIMETOOTIMETOOTIME」「Love It If We Made It」「Be My Mistake」「Sincerity Is Scary」の序盤を聴くと、ボーカル処理とコーラスワークの違いが曲ごとにハッキリと出ている。

メインボーカルにダブリングして声を重ねているかどうか、プリズマイザーやオートチューンをどれだけ深くかけているのか、宗教音楽~クリスチャン・ミュージックのチャントのようなコーラスワークもあれば、典型的な追っかけコーラスもある。今作の中心には、声があると言っていいほどだ。

まず1曲目の「The 1975」からして驚かされる。これまでの2作でも最初を飾っていたのは「The 1975」なのだが、その質感がとびぬけて違う。

ファーストアルバムの「The 1975」はボーカルへのオートチューンは抑えめで、シンセサイザーの音色とエレクトロニカ・サウンドと混ざり合っていく楽曲。セカンドアルバムの「The 1975」ではマシューの声と女性のコーラスが混ざり、オートチューンではなく生声でメインメロディを辿っていく楽曲。

で、このサードアルバムでの「The 1975」というと、ピアノの伴奏とともに、オートチューンがかかった声が突如とんでもない厚みで響いてくる。いくつの声、どれだけの歪みで、これだけの圧力を生み出したのか。


エコーサウンドが波紋のように広がっていく「Love It If We Made It」、逆にまったくエコー処理を施さずに非常に近い距離感で囁くように歌う「Be My Mistake」、「Sincerity Is Scary」はメインボーカルはエコー処理を施すところと施さないところとを分け、クリスチャン・ミュージックのクワイアやゴスペルの圧力が加わっていく。実際今作のいくつかの曲ではThe London Community Gospel Choirが参加しており、コーラスワークを支えている。

8曲目は「I like America & America Likes Me」なのだが、ここまでで一番に複雑かつ強めのボーカル加工がされている。メインボーカルにはBon Iverばりに歪んだプリズマイザー~オートチューンが掛かり続けている。最初はメインボーカルだけかと思いきや、曲を経るとコーラスワーク一つ一つにも別々にオートチューンがかかり、あきらかにケロケロになった声が3~4つに分かれてコーラスされている。

メインボーカルの裏で聴こえるちょっとした効果音も、よくよく聴くとボーカルによるものだと気づくと、実はこの曲、シンセサイザーの音色も聴こえてはくるものの、「ボーカルとビートのみ」でほとんど作られていることが分かるだろう。

ここまでで分かるように、この作品のマシューの歌声やコーラスはこんなにも機械的でエレクトロニカに変調していても、とても人間臭さを感じさせてくる。その熱量は、やはり異質、切迫した表現としてうけとれるだろう

メッセージと音楽がクロスした混淆のポップアートとして見るならば、この曲はTHE 1975にとって最良の1曲だと個人的に考えている。

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ボーカル・エフェクトによって声が機械らしくなったこともあるだろうか、やはりメインとなるメロディラインが非常に強く印象付けられる。同時に、楽曲やメロディを支えるビートメイクやドラムサウンドは非常に多彩だ。

突っ込んだことをいえば、ロックバンドらしさを引きずったドラムセットありきのボトムサウンドではなく、ラップトップ・ミュージックのビートメイクを思いっきり導入、それまでの2作品にも伺えた要素が一気に顔を覗かせた。

大きな影響があったのは2つある。これまでプロデューサーをThe 1975とともに務めてきたマイク・クロッシーがミキシングのみに専念し、楽曲制作とプロデューシングを彼ら4人で務めるようになったこと。

もう一つ、これまでの2作では楽曲制作時のトラックメイキングにはバンド外のスタッフが加わることがあったが、今作ではジョージとマシューの2人のみにほぼ集約されていることにある。

そもそもこの冒頭7曲では、ほとんど生ドラムらしい音色をもった曲がない。「Give Yourself A Try」はちょっと性急気味なポストパンクだが、ドラムスの音は加工されて生ドラムらしく聞こえづらい。

「TOOTIMETOOTIMETOOTIME」はベースサウンドの効いたファンキーなサウンドだが、ドラムの音はハウスミュージックのキックサウンドが中心だ。「Hot To Draw/Petrichor」は、アンビエントなトラックからオートチューンが多重になったボーカルが加わって、突如ブレイクビーツのキックサウンドが挟まってくる。

「Love It If We Made It」と「Sincerity Is Scary」はリズムパターンだけみればオーソドックスな8ビートなので、ドラムスのジョージが叩いたかのように感じられるだろうが、実はこの2曲もジョージ自身が制作したトラックともあわせて制作されたものだ。ライブの場面ではドラムセットを叩いてはいるものの、その横にはドラムパッドが置かれているし、マニピュレーターと意思疎通しながら披露している。

「Love It If We Made It」でかなり大雑把に叩いているようにも感じられるドラミングも、エフェクトがドラム音にかかっていることもあってダイナミックに聞こえる。だが、この曲のドラムスも生音らしくは聞こえない。「Sincerity Is Scary」はハイハット・スネア・バスの3点を集中して聴くと、実はイントロやサビの途中で一拍分だけズレて叩かれていて、いわゆるヨレたビート(Drunk Beat)らしいグルーヴを目指したのがよく分かる。

ところでここまで聞いたときに、今作で彼らはバンドミュージックを奏でていると言えるだろうか。

彼らは確かにバンドを組んではいるものの、ロックバンドではないともいえる。なんとも中途半端な立ち位置にいるバンドだと、人によってはグチの一つも零すだろう。では彼らが、素晴らしきポップソングを奏でるポップバンドではないか?と問われたらどうだろう、きっとそれならば・・・と頷いてくれるひともいるだろう

バンド・ミュージックとは、ロック・ミュージックのみを指すわけではない。バンド・ミュージックとは、ポップスを生み出すための演奏形式・形態・作曲作詞の共同体ということ。この一点から彼らTHE 1975はほとんどズレていない。

初期のころから音楽性に成長があまりなく、でもムリヤリにどこぞの音楽を接続しているわけでもない。あくまで自分たちが好きな音楽をシームレスにつなぎ合わせ、見事なポップスを生み出している創作センス。マシューとダニエルの2人が生み出すマジックを、最大限に生かせるフィールドがTHE 1975というバンドということ。今作で改めて気づかされるのだ。

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今作で脅かされるのは、ちょうど折り返しとなる「The Man Who Married A Robot/love Theme」を超えてからだ。ここからさきで、全く別の顔を覗かせてくる。

このアルバム、後半からはトロンボーン・トランペット・ヴァイオリン・チェロ・フルートなどを擁した50人体制のオーケストラが曲によって入り込み、穏やかなムードに包まれていく。

前半における声の圧力とリズミカルな軽やかさからは離れ、歪みやノイズを少しずつ抑え、管弦楽のアンサンブルがどんどんサウンドを覆っていく。原義とはまったく異なる触感だろうが、前作にまでのチルなムードに、オーケストラが生み出すクリーンさが接続していくのだ。

「The Man Who Married A Robot/love Theme」の中盤から後半にかけての盛り上がりかたはインタールード曲ではあるけども、とても落ち着いたムードに包んでくれる曲だ。「Inside Your Mind」ではノイジーなギターサウンドとピアノによるコードフレーズ、それらをささやかに盛り上げるチェロ・ビオラ・ヴァイオリンの弦楽隊による三すくみが素晴らしきバラッドを構築している。

「Mine」と「I Couldn't Be More In Love」は、前者はジャズのボーカルナンバー、後者が80'sのポップスでありがちだったバラードのよう。そして2曲ともに弦楽隊が入っており、それぞれにピッタリなアレンジメントで楽曲を整える。

最終曲の「I Always Wanna Die(Sometimes)」は、総勢40人ほどのオーケストラサウンド、緩やかなグルーヴとビートプログラミング、サビに入ってから強めのエコー処理がかかって残響を残していくボーカルとプロダクション。

まさに今作の特徴をうまく捉えた集大成といえるサウンド、しかもグイグイと深みへとハマっていくようなシューゲイザーなサウンド、なんだかイギリスっぽさ・・・というかOasisやThe Verveに通じる大仰しさを感じてしまう。僕だけだろうか。

ボーカル・エフェクト、ビート・メイキング、オーケストラ・サウンド、この3つを追いかけてみたところでマシューの言葉を追いかけてみよう。

結構な数をあげるので、読み飛ばしてもよいと思う。今作におけるマシューの言葉は、レトリックでごまかすことなく、それまで2作とは比べ物にならないほどに直情的に言葉を書いている。

「Give Yourself A Try」
You learn a couple things when you get to my age
Like friends don't lie and it all tastes the same in the dark
When your vinyl and your coffee collection is a sign of the times
You're getting spirituality enlightened at 29
Won't you give yourself a try?
Won't you give?
僕の歳になったら分かることが君にもあるよ
本当の友達はうそをつかないし、
暗闇の中では何飲んでも同じような味がする
君が集めたレコード盤とコーヒーが時代を象徴するなら
君は十分に達観した29歳になれる
始めてみたらいいと思うよ
チャレンジしてみたら

It's funny cos you'll move somewhere sunny and get addicted to drugs
日が燦々と輝く明るい土地に移ってみると、薬物中毒になるっておかしいよね
「TOOTIMETOOTIMETOOTIME」
She said that I, I should have liked it
I told her "I only use it sometimes"
Except when I, I need reminding
I'm petrified,
なんで「いいね!」してくれないのって、
あいつに責められたんだ。
「だってあんまりやらないし」って俺はそう答えたよ
大事なことを忘れてないか,念のためにチェックするだけ
それでも見ると怖くなる

「Sincerity Is Scary」
Why can't we be friends, when we are lovers?
Cause it always ends with us hating each other
Instead of calling me out, you should be pulling me in
I've just got one more thing to say
付き合ってる相手とだって友達にはなれるだろ?
だってただの恋人じゃ、
最後はいつもお互いに、
相手のことがイヤになるから
アウトの宣告するんじゃなくて、代わりに俺を認めてくれよ
これだけ言っときたいんだ

「Love It If You Made It」
We're fucking in a car, shooting heroin
Saying controversial things just for the hell of it
Selling melanin and then suffocate the black men
Start with misdemeanours and we'll make a business out of them
カーセックスをやる、ヘロインを打って
単なる面白半分で物議を醸すようなことを言う
黒人をビジネスに利用しながら、
裏では黒人男性が息の詰まるような生活を過ごしている
軽犯罪から始めて、彼ら抜きでビジネスをやろうよ

And we can find out the information
Access all the applications that are hardening positions based on miscommunication
Oh Fuck your feelings
Truth is only hearsay
We're just left to decay
Modernity has failed us
そして僕らは世界中の情報を知ることができる
あらゆるアプリにアクセスしなよ、
困ったことに、それらは誤解にまみれて凝り固まってしまっているけどね
ああ、あんたの気持ちなんて知ったこっちゃねえ
「真実」と言われてることなんて噂でしかない
僕らはただ腐ったまま取り残される
現代は、僕らを見捨てたのさ

But I'd love it if we made it
Yes, I'd love it if we made it
Tell me something I didn't know
でも、だからこそ何かを成し遂げることは素晴らしいのさ
そうさ、何かを成し遂げることは素晴らしい
僕の知らないことを何か教えておくれ
「 I Like America & America Likes Me」
I'm scared of dying
Is that on fire?
Am I a liar?
I'm scared of dying
No gun required
My skin is fire, it's so desired
Is that designer?
Is that on fire?
Am I a liar?
Oh, will this help me lay down?
死んでしまうのが怖いんだ
燃えてるんじゃないか?
俺はうそつきなのかな?
死んでしまうのが怖いんだ
銃なんて一切必要ない
俺はありのままで、皆に求められてる
それってブランド品か?
最近流行りのやつ?
俺はうそつきなのか?
これで少しは眠れるようになるかな?

Would you please listen?
Would you please listen?
We can see what's missing
When you bleed, say so we know
Being young in the city
Belief and saying something
頼むから聞いてくれないか?
耳を傾けてくれないか?
何が足りてないかは分かってる
傷付いて血が出たら、声を上げてくれ
この街に住む若者である俺たちは
強い志を持ち、声を上げるんだ

処方箋薬などの薬物依存症。黒人差別への問題意識。当時のトランプ政権への違和感。フェイクニュースへの反応。LGBTへのアクション。ネット社会における他者との付き合い方や恋愛観。鬱屈としたモラトリアムとその発散。

さまざまに混ざり合った社会の風潮、ムーブメントに対してステートメントを口に出すというオピニオンリーダーのような振る舞い。メッセージを強く持ったうえで、アクションを起こしていく。

表現したい感情が複雑であるほど、音楽が必要になっていく。作品を追うごとに、彼らの音楽には自身の身の回りにあるリアリティだけでなく、世を憂い、メッセンジャーとしての逞しさが備わっている。ボーカル、ビート、オーケストラ、今作に封じ込められた三すくみの変幻と圧力は、マシューの抱えた苛立ちやバンド4人の強度を何よりも証明している。

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