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【短編小説】バニーガール(AKASAKI:「Bunny Girl」)



「俺たちの人生には決定的に足りないものがある。何かわかるか兄弟ブラザーよ」
 
 社内の食堂で昼食を摂っていると、同期の宮本が悩ましげな表情でそう切り出した。
「突然何だよ相棒あいぼう。人生相談か?」
 俺は優しく皮肉を込めて聞き返した。
「相談じゃないんだ。報告なんだ」
「報告?」
 もしかして彼女にでも振られたのだろうか。それにしては落ち込んだ様子はないが。
「あぁ丸山。俺たちの人生ってのは平凡だが、それなりに楽しい毎日を過ごしている。そうだろう?」
 勝手に俺まで平凡と決めつけられた事に対する不満はさておき、後半の内容にはある程度同意だった。
 仕事は忙しいがブラック企業とは違い、残業は少なく給料もそれなりにある。人間関係だって悪くないし、やり甲斐だって感じている。週末は二人で夜が暮れるまで呑み歩き、休日には恋人とデートし愛を育む。
 不満がないと言えば嘘になるが、それなりに恵まれていることは自覚していた。

「だが、何かが足りない。そう思ったことはないか」
 贅沢なことなのだろうが、確かにそう思うことはあった。だが、上を目指せばキリがない。ある程度の妥協は大人にとって必須のスキルだろう。
「まぁ。生きてりゃ何かしら足りないものはあるだろうよ」
「そうだ。誰しも何かしらの不足感を持って生きている。そんなことは百も承知だ。しかし、埋められるものなら埋めた方が良いに決まっている。穴が空いたままではいつか落ちてしまうかもしれない。そして、俺の空白を埋めるモノ。その一つが最近分かったんだ」
 宮本は神妙な表情を浮かべながら、持っていたシリアルバーをひとかじりし噛み砕いていく。ボリボリと咀嚼音そしゃくおんがBGMのようにリズムを刻む。
「それは一体」
「それはな・・・」
 固唾かたずを飲み込む音が耳に響いた。



「バニーガールだ」


「・・・」
 聞き間違えだろう。こいつの言うバニーガールが俺の知っているバニーガールなら、コイツの言ったバニーガールは所謂いわゆるあのバニーガールということになる。昼間の社内で、その単語が出ることなんてあり得ない。
「宮本。俺の聞き間違いだろうから、もう一度聞くが、今なんて・・・」
「バニーガールだ」 
 残念ながら聞き間違いではなかった。そして、残念ながらこいつの頭も残念なことが確定してしまった。
 また不可解なことに、目の前の男は恥じた様子もなく、凛々りりしい顔をしていた。
「いいか。お前はバニーガールを生で見たことはあるか?」
 その言葉に、俺は頭に意識を集中させ大脳皮質をノックし過去にアクセスする。
 刹那せつな。24年間の記憶が駆け抜けた。
 小学5年生の時、告白した同じクラスの女子に「誰?」と言われたこと。高校卒業と同時に家で髪を染めらた寝落ちしてしまい髪が溶けて坊主にしたこと。得意先の部長に間違っていつも指名しているピンサロ嬢の名刺を渡してしまったこと。
 輝かしい過去の記憶が思い起こされたが、その中にバニーガールの姿は無かった。
「漫画やアニメ、ドラマ、そうしたものでは幾度いくどと見てきたことだろう。しかし、現実で、目の前で、その姿を拝んだことはあるか?」
 覗き込むように顔を近づけられ問われる。
「そう言われてみると・・・無いな」
「俺たちだけじゃない。実は、大半の人間はバニーガールを生で見たことが無いんだよ。見た気になっているだけなんだ」
 確かに。と心の中で叫んでいた。
「生バニーを見ない人生なんて、そんなの嘘だろ」
 拳を強く握りしめながら、搾り出すようにそう言った宮本の目は、内容に反してうるわしく、紳士的だった。
「宮本。お前ってやつは・・・」
 俺の心は宮本に敬服けいふくしていた。正直、馬鹿なやつだとは思っていたが、度が過ぎると一周回って尊敬に値するのだと知った。
「丸山。俺についてきてくれるか?」
 ゆっくりと右手を差し出される。俺はその手を強く握りしめた。
「もちろんだ。一緒に行こう!バニーガールの元へ!!」

 意思を持った咳払いに視線を向けると、佐々木部長がこちらに冷やかで熱い視線を送っていた。他にも幾多いくたの視線を感じ、我に帰る。
「お前ら。そう言う話は仕事終わってからにしなさい」
『すいません・・・』

 それが火曜の話だ。俺たちは週末の金曜日にバニーを拝むことを誓った。
 仕事をしていても、食事をしていても、シャワーを浴びていても、布団に入ってからも、常に頭の片隅にバニーが居た。
 俺たちの脳内はウサギに支配されていた。
 
 そして、俺たちはその日を迎えた。
 仕事を終え、ロッカールームで身なりを整えていた。バニーは目前に迫っていた。
「やっと。この日を迎えることができたな」
 宮本は甲子園に臨む球児のような表情をこちらに向けながら、香水を首元に振りかけた。それは身を清める聖水のように神々しい輝きを放っていた。
 背中を押すような期待が心拍数を徐々に上げていく。落ち着かせるために宮本に何でもない疑問を投げかける。
「そういえばお前。バニーガールは何かきっかけがあったのか?テレビで見たとか?」
 その質問に宮本は、言葉ではなく音で返した。
「これだよ」

 宮本が再生ボタンを押した。

引用:AKASAKI「Bunny Girl」

https://youtu.be/RCltAg_iK0E?si=nILjiYvJvICVayeG


「これが俺に火をつけたんだ」

「なるほど。確かにこれは、扇情的だ」
 宮本が感化かんかされるのも納得だった。
 未だ見ぬ夜への期待。幻想、儚さ、性情。
 何かが始まるような、踊り出したくなるような、そんな期待感を誘う曲だった。
  




 そして、
 俺たちの夜が始まって、終わった。
 それは、燃え上がるように熱い夜だった。
 間違いなく、人生においてかてになる夜だった。
 他人から見たら、くだらない体験かもしれないが。
 今後、何かにくじけそうになった時。少しだけ背中を押してくれるかもしれない。
 
 
 案外、こういった些細な夜が人生を彩っているのだろうか。
 まばゆい朝日に目を細めながら、ふらつく足で駅を目指す。
 
 気づけば、うろ覚えのその曲を口遊くちずさんでいた。



 

【あとがき】
AKASAKIさんの「Bunny Girl」。今話題のヒット曲ですね。
僕も大好きな曲です。メロディももちろん好きですが、やはり歌詞が最高です。
「ありがちなラブソングでも愛が込められてるの」「澄んだ君の目を孕んで」
この表現は痺れました。
ハマって毎日聴いていたのですが、ふと。
そういえばバニーガールってアニメとかではよく見るけど、実際に見たことはないよな?と気づきました。
劇的な展開はありませんが「平凡な日常の中での日々の愉しみ」をテーマに書いてみました。
ぜひ、感想などコメント待ってます!
ご愛読ありがとうございました。


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