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俺たちは流れ星

Now&Here#06 (2008年8月記)

どうにかこうにかここにたどり着いた。
こうして偶然にここで息をしていられることを
幸運と思わざるを得ない。

見まわしてみると合理的で効率的で感情的で
打算的で選択不能なありあまる程の幸福感と過剰な憎しみ。

世界がいびつさにきしみ、もがき苦しむ。

君はその足をちょっとでも踏み外してしまうものなら、
もしくは踏み出したなら瞬時に君はぼく、
あなたは彼に差し変わり、悪夢が現実になり、
夢は特権階級のための素敵なおとぎ話となっていた事を
身に積まされるのが関の山。

どうにかこうにかここにたどり着いた。
こうして偶然にここで息をしていられることを
幸運と思わざるを得ない。

のんきな学生時代を終え、この社会の勤め人となる事に
過剰な覚悟をしていた事を憶えている。

あたりまえだと思う。

でもそんな過剰な覚悟がふがいのなさを
自分自身でわかっているが故の甘えであることも感じていた。

十代の頃に感じていた いびつなバイブレーション、
自分にしか感じ取れないのかもしれないけど、
誰かに、どこかに繋がるチャンスがあると信じていた。
それは他者との交信不全のふがいなさを抱えながら
知らずに想いは縮小してゆく。

どうにかこうにかここにたどり着いた。

こうして偶然にここで息をしていられることを
幸運と思わざるを得ない。

旅先の広島からの帰り道。

透き通る青空に「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」が
鳴り響くといつの間にか近づいてきていた積乱雲の真っ只中。
大粒の雨はボンネットに穴が空く程の水圧であの頃の想いと
今の自分の肉体を粉々に引き千切ろうとする。
ハイウェイの追い越し車線で慌ただしく揺れる振り子の様な
ワイパーが今の自分と現実の有り様をつなぎ止めようと
ひっきりなしに雨を拭い去るがいつまでたっても

世界は滲んだまま.....。

「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」限定編集盤DISC2は、
音を奏でるバンドの多様性を浮かび上がらせる。
オリジナルのアルバムでのイギリスミュージシャンとの
バンドサウンド、そしてThe Heartlandとのアルバムリリース前の
セッションの音と後のライヴパフォーマンスが、その瞬間、
その場所にに交錯するメンバーの楽曲へのアプローチ、
そして佐野元春の頭に閃く雷鳴が音とパフォーマンスとして
見事に結晶して立ち上がっている様子が
DISC1とDISC3との間に立ち、
それぞれにリンクして成り立っているように思える。

オリジナルのスキッフルでシャープなフィーリングから
横浜スタジアムでのアグレッシブなアレンジとパフォーマンス。
小野田さんのユニークで暖かなベースラインが
素敵な「Goodbye Cruel World-この残酷な世界にさようなら」でのサウンド。これらが表れる「ジュジュ」そして「愛のシステム」の
いくつものバージョンの表情からもうかがい知れるように、
いかにこのころの佐野元春がアーティストとしてのアプローチを
多彩に開き、ひとつのスタイルにこだわらず、
あふれ出す才能と想いをさらけ出さざるを得ない程
エネルギッシュであった事がよくわかる。

この限定編集盤での収穫はこの「ジュジュ」「愛のシステム」の
多様性を感じ取れることなどのほか、今まで未発表のままでいた
「枚挙に暇がない」そして「ライヴ/横浜スタジアム'89・夏」が
収録された事が何よりうれしい。

「枚挙に暇がない」はオリジナルアルバムの中には居場所は
なさそうだが、痛々しい言葉とそれを振りほどくかのような
スカのビートサウンドが同居した楽曲はアルバム
「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」と似た側面を
この楽曲ひとつで表しているようにも思える。

「ライブ/横浜スタジアム'89・夏」はおそらく
8月24日でのパフォーマンスが中心だと思う。
今となっては記憶も曖昧だがぼくの体験した
8月25日とは違った勢いを感じる。
その後11月にぼくが神奈川県民ホールで感じた
強烈なパフォーマンスに近い。

当時目の当たりにして今まで忘れる事のなかった
非常にエネルギッシュな「ジュジュ」。
ホーンアレンジもさることながら凄まじい
佐野元春With The Heartlandのパフォーマンスが突き刺さる
「愛することってむずかしい 」そしてもし当時聴いていれば
絶対に忘れているはずがないけど全く記憶になかった
"ディジー・ミス・リジー”みたいなリフが入った
ブルージーな「ハッピーマン」。

 
こうした優れたパフォーマンスが倉庫に眠ったままに
ならずDVDとして日の目を見て聴き込めることができてよかった。

あらためてあの頃のおぼろげな想いに打ち震えた感じがした。

社会人に成り立てで音楽とは少し離れていたあの頃。
バブル全盛期であった実感もなく必死の形相で目の前に
あふれ出した仕事と格闘していた。

時は流れ、家庭を持ち、不安はぬぐえないが
何とかやりくりを続けている。

俺は幸か不幸かこの時代を通り過ぎるささやかな「流れ星」

あなたの歩みを見続けていたい。

儚い夢にまどろみながらも、
どうか誰もが"しあわせ"をつかめますように....。

どうにかこうにかここにたどり着いた。
こうして偶然にここで息をしていられることを
幸運と思わざるを得ない。


「俺たちは流れ星、さてこれからどこに行こう」


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