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経済視点のみから見たロシアの歴史と今

こんにちは、やーちです!さて、今年の5月から私自身が勉強するきっかけとして気になった経済・金融の面白い話をYouTubeで上げていますが、せっかくなのでnoteにも投稿してみようと思いました!ぜひコメントとかで感想を残してくれたら嬉しいです〜

(動画で見てみたい方はぜひ下のリンクからどうぞ!🤗)


さてさて

ロシア、正式名称はロシア連邦。世界一の面積を誇り、東から西へと11の時間帯にまたがる。世界で一番多くの核兵器を持っていて、軍事超大国としての存在を存分に発揮している。

しかし、広大な土地と豊富な資源を持っている割に社会が不安定で経済が発展しているイメージはない。ロシアはこれまでの30年間でソ連崩壊、ハイパーインフレ、高度経済成長、戦争と10年ごとに危機、繁栄、停滞とたくさんの紆余曲折を経験してきました。

そして、2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻を始めたのをきっかけにアメリカ、ヨーロッパ、日本とかの国が一斉に経済制裁を下しました。
これまでの一連の経済制裁は本当に効いているのか?今のロシアには戦争を続けるだけの経済力はあるのか?ウクライナ侵攻から1年半のこのタイミングでロシア経済のこれまでの歴史と今の現状を一緒に見ていきたいと思います。

ソ連の誕生

今のロシアの経済を知るためにはまず時を100年遡って、ソ連時代から始めなければいけません。1917年、ロシア革命が起こり、ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世が処刑されます。その後、内戦を経て1922年、レーニンが率いる世界初の社会主義国家が誕生。その2年後、レーニンが亡くなった後、指揮をとったスターリンはこんなことを始めます。

計画経済と言われるやつで、どういうことかというと、経済活動の隅々を国の計画書に沿って行い、資源の分配から生産、消費とか全部国の決めた通りに進めるというものでした。

例えば、鉄が足りないってなったら国がここに工場を建てるから今日からこの100人はこの工場で鉄を作れ!っていう国の指令に従いました。

このような経済モデルがなぜ必要だったかというと当時のソ連は近代化に遅れを取っていて、第一次世界大戦と革命で疲れ切っていたのもあって、農村の生産力は低下、生活が大変貧しいものでした。
そんなこんなで自然にゆっくりと工業が発展するのを待っていたら効率が悪すぎるということで、大規模な改革と急速な工業化が必要だったソ連にとって、国が全部決める計画経済の方法は結構有効でした。

スターリンは工業化と農業の集団化を2台柱にして3つの「5カ年計画」を推し進め1928年から始まった第一次5カ年計画では鉄鉱・石炭・石油・電力産業とかの重工業の発展を目指した結果、急激な工業化を成し遂げることができました。

しかも1929年、アメリカから始まり、欧米諸国が世界恐慌で苦しんでいた時も、自分たちの計画経済の通りに経済活動を行なっていたソ連は全く影響を受けずピンピンしていました。

そして第二次世界大戦で地位を高めていったソ連は更なる経済成長を続けました。ソ連の1920年から1950年の一人当たりの国内総生産、GDPを見てもわかるように右肩上がりで急成長しているのがわかります。

たくさんの人が犠牲になった人権問題もろもろは置いといて経済面だけを見てみるとスターリンの「5カ年計画」は大成功とも言えます。しかし、当時の人たちには知る由もなかったけど、現代の私たちみんな知っていることがソ連は崩壊して、結局計画経済は大失敗に終わったということです。

それまで急成長を遂げていたのになんでうまくいかなくなったのかっていうと新たに1から工業化を始めよう、大規模な改革をするよっていうところまでは計画通りにやればよかったけど、経済が成長し、いろんなことがもっと複雑になった時に全てのことが国の計画通りに進むかって言ったら違いますよね。

ましてソ連のような巨大な国の全ての産業を正確に計画するなんて言うまでもなく不可能です。実際、ソ連は1年間で2000もの産業を計画していましたが、2000なんてそこら辺にあるコンビニの品数より少ないです。そんなんで国が回るわけもなく、欲しいものが手に入らない「不足の経済」に入っていきます。

しかも当時、ソ連の計画は全てモノの生産量で測っていました。企業が技術進歩とか商品開発なんてするわけもなく質が悪くてもとにかくたくさん生産すればよかったんです。

その結果、企業も消費者のことなんて眼中にありません。政府の顔色ばっか見るようになって、腐敗とか賄賂が当たり前のようになっていきました。こうして1965年から20年間もの長い長い停滞期に入っていきました。

その後、1985年に政権を握ったゴルバチョフがこのままだとダメだ!と政治面でも経済面でも欧米に寄るような改革をしようとしたんですが、ここでは詳しく触れませんがいろんないざこざがあってソ連は崩壊してしまいます。

ソ連崩壊、自由化へ

1991年、ソ連解体。ロシア連邦が誕生します。ロシアの初代大統領になったのがこの人、エリツィン。

エリツィンはとことん弱まったロシアの経済を劇的に改善しようと今までソ連がやってきた計画経済の180度真逆の経済政策を打ち出しました。国が計画立てて、経済の隅々を管理してとかそういうのは一切無くして、政府ノータッチの完全な市場の自由化を目指しました。「新自由主義」と言いますが、政府の介入をできるだけ無くして、経済のことは市場に全部任せるという考え方です。

この時のロシアの経済政策は後々「ショック療法」なんて呼ばれましたが、よく医療ドラマとかでもありますよね。私のイメージですけど、心肺停止の患者に電気ショック流して、蘇らせようとする感じのやつです。

しかし、いきなり自由化、自由化って言われてもソ連の計画経済のやり方しか知らなかったロシア国民にとってこの電流ショックは刺激が強過ぎて、逆にロシアの経済はショック死してしまいます。GDP成長率は7年連続で下落し、生産高はソ連時代の半分にまで落ち込みました。1992年にはインフレ率が2600%まで上がり、社会混乱に陥った。2600%がどう言うことかというと来年100円ショップに行ったら、100円ショップじゃなくなって2600円ショップになってるということです。

その後の1997年、ハイパーインフレに加えて、タイとかのアジアの新興国を襲ったアジア通貨危機によりロシア経済はさらなる大打撃を受けます。

ロシア経済はまさに立ち上がれないほどに打ちのめされました。そして、エリツィンの過激な経済改革はもう一つ大きな問題点を生んだのです。

市場の完全自由化を目指し、国有企業の民営化を始めたことをきっかけに元々国が管理していた会社が不当な超低価格でほんの一部の人の手に入りました。これが今に至るロシアの寡頭政治の始まりでした。

ごく少数の人がが莫大な権力とお金を持って、政治にも関わってくるようになったロシアの寡頭たちをオリガルヒと呼びます。このオリガルヒは多からず少なからず昔の日本や韓国の財閥に似ているところがあります。

エリツィンの時代に最も影響力のあったオリガルヒにこの7人がいて、The Seven Bankers、7人の銀行家なんて呼ばれ、この成金財閥たちが石油、天然ガス、金融、メディアなど、ロシアのあらゆる主要な産業をまんべんなく支配しました。その権力はなんとロシア総財政の50%から70%にも及びました。

こうしたオリガルヒの登場によりロシアでは貧富の差がますます進み、社会の混乱度を測る自殺率や殺人率も右肩上がりで上がっていました。貧富の差を測るものにこのジニ係数っていうのがあります。1に近いほど格差が大きいことを表していて、0.4を超えたら、社会が物騒になっていくよっていう警戒ラインだとされています。1990年代前半のロシアはこのジニ係数が0.5近くまで上がっていました。

しかも、これらの成金たちはとっくのとうに資産の60%以上を海外に移していて、海外資産やマフィアまがいなことで得た黒いお金とかももこのGINI指数には含まれていません。なので実際はこの数字が表す以上に貧富の差が広
がりました。

余談ですが、ロンドンはロシアのオリガルヒたちが多額の富を蓄積する街として知られ、イギリス国内には不透明なロシアマネーが広く浸透しています。ロシアの大富豪たちはこんなスーパーヨットから不動産とかも買い漁って、あの名門サッカーチームのチェルシーのオーナーも経済制裁が下される前までは、この人、アブラモビッチのものでした。

さて、話が逸れましたが、寡頭政治のもたらす問題点は貧富の差だけでなく、技術革新を遅らせることでもありました。このオリガルヒたちが気にしたことはどうやって消費者によりいい商品を提供しようとかそういう健全なはずもなく、おそロシアなことをしてまでどうやって自分の権力を維持するかでした。

一言でまとめると成金財閥、オリガルヒの政治への影響がエリツィンの時代に強まっていった結果、寡頭政治と貧富の差、そして技術革新の遅れは大きな問題点として30年後の今のロシアにも受け継がれることになリました。

プーチンの時代

社会的大混乱の中、エリツィンは2回目の任期が終わる前に辞任させられます。そして、「強いロシアの復活」を掲げるプーチン政権が誕生しました。

プーチンはエリツィン時代に私有化された企業を逆に何個か国有化したりと政府の影響力を強めていきました。プーチンは大統領就任後、オリガルヒたちに今まで獲得した不透明な財産に目をつむる代わりに、政府の財源を確保するために従順にさせました。プーチンを批判したオリガルヒは牢屋に入れられたり、不審な死を遂げたりとおそロシアならではの方法で失脚させられました。

そんなこんなでプーチンのプーチンによるプーチンのためのプーチンのお友達によって構成されたオリガルヒグループが作られていきました。一方、経済の方はというとプーチンが政権を握った途端、なんてことでしょう。ロシア経済が急に回り出しました。GDPの年成長率は平均で7%、失業率も減り、実質賃金も上昇。ロシア経済は奇跡的な復活を遂げ、「繁栄の10年」に突入しました。

さすがプーチンと思った方、このグラフを見てください、

またまたなんてことでしょう。原油の価格がロシアのGDPそのものではありませんか。ロシアは石油や天然ガスを輸出し、それで得たお金で海外のモノを買っていたんです。輸出の60%を原油・石油製品・天然ガスが占め、政府の税収の約半分がこういった資源から来ています。ロシア経済の成長の鍵は昔も今も資源エネルギーなのです。

プーチンもプーチンで法人税を減らしたり、輸出産業への投資を増やしたり、ハイテク産業を伸ばそうとしたりと経済政策を打ち出しましたが、決定打はやっぱり資源エネルギーの高騰です。2000年から2007年は中東の政治的不安定状況によって原油とかの天然資源の価格が年平均20%ほど上昇した時期でした。

ロシア経済も黄金期と呼ばれ、毎年平均で7%の成長を遂げました。その点、前任のエリツィンの時代、「危機の10年」は原油の価格が下落した時期でもあったので、エリツィンは単純に運がなかったところもあります。高景気でバブル状態のロシア国民もロシア国民で前まで手に入らなかった物がやっと買えるという解放感から国内は消費ブーム、投資も増え、経済が急成長していきました。

経済停滞

エネルギーの高騰により高度経済成長を迎えたロシアですが、エネルギーがずっと上がっていくのかって言ったら違いますよね。

中国、インド、ブラジルの経済成長と重ねて、「BRICs」として世界の注目を浴びるようになったロシアですが、2008年の時の金融危機のあと「停滞の10年」を迎えます。景気が悪いと世の中の需要も下がりますよね。そうするとモノづくりの原料となる資源エネルギーの需要も下がります。そして、原油の価格が下がり、ロシア経済は大打撃を受けます。

景気の良かった時に、エネルギー依存体質を改善できなかったことも「停滞の10年」につながっているのです。なんでロシアで技術革新、脱・エネルギー依存ができなかったのかというと、資源国にありがちの問題でもあって、まず資源を持つ人と持たない人がいるので、貧富の差が広がりがちです。ロシアの資源を買いたい人がたくさん出てきたら、ルーブルの価値も上がります。そうすると資源以外の商品を外国から輸入することになって、逆に自分の国で資源以外の産業が育ちにくくなります。そして、ますます天然資源の輸出への依存を強めるわけです。これを専門用語で「オランダ病」と呼びますが、「ロシア病」に名前を変えた方がいいのではと言うほどロシアは重症です。

エネルギー依存に加えて、2014年に原油価格が大暴落、プーチンもプーチンでクリミアを攻めて、欧米諸国から経済制裁をくらったりとロシア経済がもう一回奇跡を見ることはありませんでした。

ウクライナ侵攻後の経済

そして、2022年2月24日、ロシアがウクライナを攻めたことをきっかけにアメリカ、ヨーロッパ、日本とかの国が新たな経済制裁を下し、ルーブルも大暴落。これを止めようとロシア中央銀行は政策金利をなんと20%まで引き上げました。

その後、エネルギー価格が高騰したことによりルーブルも比較的に安定してきて、ロシア経済は大丈夫なのではないかという見方もありました。

2022年のロシアのGDP成長率は−2%だったと国際通貨基金のIMFが発表した後に、ロシア政府も同じ数字を発表しました。これだけ見たら、そんなに経済制裁効いてないんじゃないかと思うかもしれません。それがロシア政府が伝えたかったメッセージでもあるし、実際に中国、インドとかの国がロシアの資源エネルギーを買い増してたのもプラスにはなっています。

しかし、このGDPの計算にはロシアの軍事品もろもろが全部含まれています。戦車とかは戦場で破壊されたりするし、実際の経済活動、つまりロシア国民の生活が良くなったかって言ったら、そんなことありません。


ウクライナ侵攻後、ロシアからは推定100万人の人が国外移住しました。深刻な労働力不足が賃金の上昇を通じて、物価を押し上げています。

今年に入って、エネルギー価格の高騰もだいぶ収まったし、ルーブルがまた売られるようになりました。先月、また1ドル100ルーブルのラインを超えたので、ロシア中央銀行は臨時会合を開き、政策金利を12%まで上げました。金利が上がるというのは景気を冷ますということです。

そして、ロシアから出ていった人たちの多くは働き盛りの若い世代で、そのうち80%が高等教育を受けた人たちでした。こういった人材流出は短期的な労働力不足だけでなく、将来的にロシア経済の発展を奪うことになります。

もう一つに、欧米諸国からの経済制裁により中国との結びつきを強くしたロシアですが中国にとってロシアは5番目の天然ガス輸入先に過ぎず、中国がロシアを必要とする以上にロシアが中国を必要としている状態です。

そんなわけで、今、中国経済が咳をすれば、ロシアが風邪する状態だと言えます。中国の経済状況もコロナ後、需要低下、デフレ、失業率の悪化、そして不動産バブルの崩壊とか色々あって低迷中です。

まとめ

まとめるとロシアはソ連崩壊の時に生まれた新興財閥、オリガルヒが政府との結びつきを強めた結果、貧富の差が広がり、技術革新が遅れた。その後、エネルギーが高騰したおかげで経済成長することができたがエネルギーへの依存から抜けることはできなかった。そして、ウクライナ侵攻で経済制裁を食らったことからますます中国への依存度を高めた。最後に人手不足や物不足によるインフレがソ連時代を彷彿させているのが今のロシア経済の現状です。なので、経済視点のみから見ても本当に一刻も早く戦争が終わることを願うばかりです。

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