小指のような存在に
小指を少しケガしただけで、その小指の大事さに気づいたことはないだろうか。親指や人差し指なら不便なのはわかる。けれど、小指はピンキーリングをするときくらいしか意識していないので、ケガをして使えなくなった時に「あ、使えないと不便なんだな」と気づくのだ。
先日、サノマのフレグランス「早蕨」の2本目を購入した。
これまでフレグランスを使いきった経験がないので、人生ではじめての”おかわり”となる。
早蕨の使いやすさは、使ったことがある方ならば大きく頷いてくださるはずだ。
朝でも昼でも寝る前でも、湿度が高くて香水を使いにくい日でも、今日はどの香りにするか迷ったときでも、早蕨を選べばまず間違いない。
リピート買いに関して、ひとつ思うことがある。
日常生活でリピート買いしているもの、ボディケア・コスメ・薬の類、私はかなりのプロダクトをリピートしている。
そのいずれもが、初めは
”これがいい”
と思って使っている。それが徐々に
”これでいい”
となり、そのプロダクトの存在が特別でなく、あって当たり前のものになっていく。それは同時に、「今はこれで良い。他に代替商品がないのなら」という不安定さも持っている。
またそのプロダクトが、”これじゃなきゃ”というものにもなりえる。
私は皮膚がとても弱いので、ボディケア商品を変えるのはかなり勇気がいる。安心して使っていた商品が廃盤になると、それはメーカーへの不信感、つまり「消費者のことを考えてないよね」に繋がる。
同じものを作り続けることは、メーカーやブランドにとって、信頼感や安心感につながると共に、飽きられてしまう可能性も秘めており、また安定供給にも一定の努力が必要なのだろうなと思料する。
”これでいい”と”これじゃなきゃ”が持つ危うさを、メーカーやブランドはどう克服しているのだろうか。
ひとつの例として無印良品を挙げる。
無印良品は「これでいい」を目指しているのだそうだ。しかし、且つ、「これでいい」という消極的な提案ではなく、消費者に「これがいい」と思わせるレベルの品質に水準を置き、積極的に「これでいい」を実現させているのだ。
確かに、無印良品の、一見すると100円均一で同等製品が見つけられるようなシンプルなプロダクトばかりである。
ところが、使用比較をしてみると無印良品の方が素材がしっかりしていたり、組み合わせた時にカチッとはまったり、シンプルで高品質・適正価格なものが多い。
気が付けば無印良品のプロダクトはその存在を主張せず身の回りを侵食しているのだ。
私は100円均一の収納用品も使うが、今ひとつ使い勝手が悪いことが多く、100円均一の方が処分率が高い。
取り換えがきかない人体パーツと違って、プロダクトは代替えが可能である。これをいかにつなぎ止め、普段当たり前のようにそこに存在し、うっかり切らしてしまったときに「あっ、ない、買わなくちゃ」と思わせることができるのか、きっとどの企業も抱えている共通の課題であろう。
今後、早蕨が私にとってどういう存在になっていくかわからない。
好みの変化もさることながら、香水には常にレシピ変更の可能性があり、その時点に置いて、その変更された香りを気に入るかもわからない。
それでも、ゲランやシャネルが同じ香水を長く作り続けているように、サノマも創業時からずっと同じ商品を創り続けてくれたらと思う。
そう、まるで小指のような存在に。
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