35°

検温する日々が続いている。
冬の寒さも相まって私は35°の更新を続けて、たまに1°だけ上がる数字をただ見ていた。

そう遠くない未来、栄えたところから少しだけ寒くて生まれてから一度も出たことのないこの街から出ることになるなと思っている。
ここに楽しくて嬉しくて苦しくて悲しい思い出が全部詰まってる。
自分に付けられる傷はこの場所で沢山付けてきた。
幼少期にブランコから落ちてできた膝の傷は残ったままだし、失恋の傷も付けてきたし、青くて若い傷が心身ともにある。
医者にかかれば、久しぶりだねって言われるし、歯医者は友達のお父さんなので、いつもニコニコして下の名前をちゃん付けで呼んでくれて家族の様子も聞いてもらえる。
私はここで育ってきたんだなと嫌でも成長を実感してしまう。
好きなところが特にないこの街の川沿いの桜は数少ない好きなところのひとつで、私は特に夜に見上げるのが好きだ。
こういう美しさが残っていてどこか憎めない。
私にとっての正しい街だった。


初めての場所で1から頑張ることになった。

前にいた環境はビルの30階にあって、ドラマにも出てくるどこもかしこも綺麗な空間だった。
紙より人が多いような、いたというより埋もれていたに近い。
雑用で階を移動する時に、エレベーター横の大きな窓で小さく見える建物の光と米粒のような人の流れを少しの時間眺めた。
そこから見える夕焼けはずっと見ていられる空でなんだかいつも悔しかった。

新しい場所は、首都直下型地震が来てもし私が見つからなかったらあの場所に埋まってると思ってね、と友達に宣言したくらい年季が入った建物だ。
窓から見える木が自分の目線よりも高くて安心した。

プレハブが設置してあって、朝一に入ると猫と遭遇するらしい。対面できる日が待ち遠しい。

自分の使うデスクの引き出し1番下の段の扉を引いて開けると、レールに埃が溜まっていて私には十分な場所だなと思えた。

初日、だいぶ歳の離れた偉い人に、お昼は何を食べたい?お誘いをもらえた。
ご時世と環境と色んなことからそんな嬉しいお誘いは今までなかったので嬉しかった。
お言葉に甘えて選択肢の中から和食が食べたいですと答えたら、チンジャオロースがメニューにあるお店に連れて行ってもらった。

定食を頼み、私のここ最近の1日3食分が盛られているくらいのボリューム感ある定食が出てきて、最後は涙が出てきそうな思いをしながら米粒ひとつも残さず完食しご馳走になった。

偉い人ともう1人は私を待ちながらジャニーズとどうぶつの森の話で盛り上がっていた。

周りの人にあの定食を完食したと報告されてしまい、初日から大食いのフードファイターだと認識された。そんなこんなで夜の歓迎会は色んなものを勧められて苦労をし、過剰な満腹が死因になってしまうと思い程よく断って命拾いした。

あの定食は完食できない人が多いと言われて、昼の自分の胃に労いの言葉をかけてあげたかった。
(その情報があったとしてもご馳走していただく以上残せないと頑張った自信はある)

専門用語を聞いて初めてのことばかりな1日だったけれど、興味のある分野の知らなかった話は本当に面白かった。恐れていた人間関係は冗談に冗談で返してちゃんと笑ってくれる温かい人たちによって安心感に変わった。

前の環境は自分のことを何も話さないまま終わったので、こんなに興味を持ってもらえることがあるんだと感覚の麻痺に気がついた。

1番歳の近い人は私よりも背が低くて鼻が高いスタイルのいい美人さんで、キラキラした目で私とずっと笑顔で話してくれた。

どうもちょっとだけ治安が悪くて昼間は閑静な場所と縁があるらしい。夜の駅前が明るいこの街が好きになれる日は近いなと今までなかった笑いながら話した帰路で薄ら感じた。

一年ずっと我慢と沈黙を重ねた日々の私はもう何処にも居ない。出てくることもないのだろう。あの日々の私、元気でね。

この街で沢山私の声を発して、私を創り上げていく。

緊張が解けきれてない中で
カラオケで何を歌うの?と質問されて
「椎名林檎です」
と咄嗟に答えてしまった。

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