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赤信号と猫の店

地元の市街地の車線も信号機も多い国道沿い。少し長めの赤信号のおかげでちょっとした楽しみをみつけたのは2年ほど前。
今ではそこの赤信号でひっかかることを期待しながら仕事帰りの車を走らせている。

そのお店は白い二階建てのつくりで、色あせた看板に店名、日用雑貨、文具などと大きくかいてあるのだが、外から見る限り商品らしきものは奥の方に少しだけしかない。
お店が閉まっている日は、ひと昔前お昼のサイコロトーク番組に出ていたライオンちゃんと、その奥さんと子どもたちであろう四人家族のライオンの絵がデカデカと描かれたシャッターが下りている。暮らしとともに、のライオンだ。

お店の前にはいつも洗った猫用トイレが干してあり、それを洗うためのものだろう水道とホース、元気なさげな植物、くるくる回る印鑑のショーケースがいくつか並んでいる。印鑑のショーケースだけが、いらっしゃいませ、営業中です、と小声で話しかけているようにみえる。

お店の中には私が見つけた範囲で、4匹の猫がいる。どれも白いからだに薄茶色の模様が入っていて、漁港にごろごろといそうな平凡な顔で健康的な体格の猫たちだ。
車通りの多い国道へ猫たちが行かないように配慮してか、店内には背の高い白い網のほか、キャットタワー、その昔商品棚として活躍していたのであろう古ぼけた空っぽの棚が猫たちが座って外を眺めるためのようにあちこちにある。猫たちは下界を見下ろす神々のように、国道を走る車や、歩道を歩く人たちを眺めたり、ぐっすりと眠っていたり、気ままに暮らしている様子。赤信号待ちの間、かれらの視界に入りたくて、私は運転席でひっそり頭を揺らすけれど、あまり相手にしてくれない。

暖かい日には、首輪にリードを付け、外で気持ちよさそうに日差しをあびていることもある。
店主さんらしきお母さんが猫用トイレを洗っていたり、たまにお散歩をさせていたり(方々に歩いたり座ったり寝転んだりで散歩とは呼ばないのかもしれない)、外でなでなでしながら話しかけたりしている。
猫たちのお世話。それがお母さんの最優先の仕事であり、暮らしなのだろう。
どの子もたくさんの愛情を受け、猫たちはいつも幸せそうにしている。それを見て、赤信号の束の間、私も幸せな気持ちになる。

商品が奥に少ししかないのは、猫たち第一の生活によるものだろうか。商売っけのなさがすごく、いい。
家和万事成。昔書道で何度も書いた言葉がふと頭に浮かぶ。家の中が和やかであれば、何事も上手くいく、みたいな意味だった。
お金を稼ぐことに忙しく、お金が手に入ることで欲が増していく暮らしのなか、私が忘れかけている言葉だ。

近くにできた大きなスーパーやディスカウントドラッグストアは国道沿いから少し入ったところに広い駐車場を構え、いつ行ってもお客さんが多い。日用雑貨は100円均一で何でも手に入る。
車社会になり、暮らしとともにあった国道沿いの商店の棚は少しづつ減っていったんだと想像できる。さみしいな。さみしいけれど、私もそんな時代の流れに身を任せているひとりでいることに罪悪感を募らせる。
色あせたライオンちゃんたちはそれでも前へ進んでいるように、ど根性ガエルさながらシャッターを蹴散らす勢いで仲睦まじく楽しそうにしている。

視界を遮る白い網、何が売っているのか分からない、猫たちが国道へ行ってしまわないかとドアを開けるのにためらいそうな入口。

ひょんなことで印鑑を買う機会があれば、この店のクルクルの印鑑ショーケースから自分の名を探し、それを手に店内に入ってみたい。
そしてあわよくば毎日見つめることしかできない猫たちに触れて、赤信号を楽しませてもらっていることのお礼を伝えたい。
しかし印鑑って、買う機会がなかなか訪れないものだよなあ。

私に何ができるわけでもないけれど、赤信号のパワースポットを与えてくれる猫たちとお母さんが元気でいて、平穏な日々が長く続きますように。

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