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年の差26歳、小学生の友達がいる


もうすぐ中学生。彼にも思春期がくるのだろうか。

先日12歳になった彼は、私が営業しているご飯屋さんの裏に住んでいて、4年生の妹もいる。
昼間、お母さんは仕事に出かけていて、お留守番の多い2人はいつも遊びに来ていたのだが、女の子は早々に自分の世界を作るのか、妹はあまり来なくなった。5年生の娘もそうだ。
だからたまに来ると、とても嬉しい。
そして小学生高学年女子は会話も対等で、どちらが大人か分からなくなる。女の子は冷静な目でしっかり大人を見ていて、だらしない私は少し背伸びをしてしまう。

一方、ピュアで単純な男の子の彼は、家にいる限りほぼお店に来る。学校が休みの日などは、静かに入ってきて、いつの間にか背後に立っている。寝起きのボーッとした彼の顔が急に視界に入ると本当にビビる。
忙しい時に何度も「来て、来て!」「遊ぼう!」と名前を呼び、話しかけてくる。
あまりにも相手をしなかったり、私が怒り続けていたりしたら、さらにしつこくなって、お互いにイライラと一日を過ごすこともある。
それでも帰り際になると、必ず見えなくなるまで手を振ってくれる。寒い日などは、もういいのにと思いながらも、いつまでもバックミラーに映るバイバイはなんだか嬉しものだと知った。

気分次第ではあるものの、お手伝いも好きで、テーブルを拭いたり、お皿を下げたり、掃除をしたり、配達までしてくれる。
ありがとう、と言ったら、照れたような誇らしいような笑顔で、おかしちょうだい、と言うのがだいたいの彼の返事だ。店の冷蔵庫には、彼専用チョコパイが常にストックしてあり、それはとてもがんばったとき用である。

ある夏の暑い日、私がお店の倉庫の片付けをしていた。そこへ彼が来て、いつものように、しつこく話しかけてきた。彼の顔も見ずに、何度か「ちょっとまって」と言う。
それでも彼は話しかけてくる。


「今は無理!まじでうるさい!」

汗だくで眉間に皺を寄せて振り返ると、彼が冷たい水の入ったコップを持って悲しげに立っていた。

「はい、水。」

 ああ。

「ごめん。」

カラカラの喉へ一気に流し込む。

「ありがとう。」

彼は嬉しそうにおかわりまで注いでくれたあと、私の作業を手伝った。
優しくされると優しくなれる。
さっきまでのピリピリした私は冷たい水と一緒にお腹の中へ流れて消える。なんて酷い顔で振り向いてしまったんだろう。
少しの計算もなく、人を喜ばせようとする彼に自分の未熟さを痛感させられた。

妹や娘の誕生日や母の日が近くなると、
「何か作ろう!」
と心のこもった絵や手紙を描く。
お兄ちゃんが地方に出て行く時には丸い紙をラミネートしてメダルを作った。
私にも度々、折り紙や絵をくれる。
その絵がまた本当に、いいのだ。

無邪気な子供かと思いきや、びっくりするほど気がきくことに何度も驚いた。周りをよく見ていて、次にしようと思っていたことを先にしていてくれることもあった。
小さい子がいると、しっかり優しいお兄さんの顔も見せる。困っていたら、手を差し伸べてくれる。教えた言葉をちゃんと覚えていてくれる。
私が大企業の社長なら、彼がいくら勉強ができなかろうが傍で一緒に働いてもらいたいところだ。

人懐っこい笑顔と、可愛いわがままと、たまに見せる優しさ。彼に会うのを楽しみにお店へ来てくださるお客さんも多い。
彼が女の子なら間違いなく「魔性の女」と呼ばれる部類だ。

そんな彼も最近は、昔のように一日中お店にいることがなくなってきた。
窓やドアを開けっぱなしの私のお店。彼のことが大好きな猫たちが彼と一緒にお店に入ってきて猫カフェ状態になり、私が困るということもあるのだけれど。
そのうち、本当にお店に来なくなる日も近いんじゃないかなあと思うと、とてもさみしい。けれどもその時は、彼の世界が広がっていくのを心から喜び、応援しよう。
大人になった時、ここで過ごした日々が楽しかった思い出であるといいな。
いやいや、大人になった時や辛いとき、「ただいま」と言える場所であるよう、お店を続けていたい。
いつまでも友達でいられたらいいなあ。

誰よりも私の名前を呼び、誰よりも私の裏と表を知っているかもしれない彼といる時は、気兼ねなく自分が子供でいられる。
厨房でこっそりと2人で食べるものが、なぜか美味しいのは奪い合って食べているからだろうか。
最後の1つを半分に分けてくれるからだろうか。
いつも虫や猫や砂を触っているその手で半分こに分けてくれるお菓子やパン。
思いやりの半分こ。
「いいよ、食べなよ(^ ^)」
って遠慮するふりして言ったら、ピュアな眼差しで
「食べていいよ(^ ^)」
とくれるから、毎回おそるおそるいただく。
気を使うのはその時くらいだ。


そんな彼ももうすぐ中学生。
ここ数日で「僕」が「俺」に変わっていた。
「俺になったんだね!」
と、一応突っ込んでみたら
「俺って言うのに決めたから。」
と、照れもせずに答える。

「俺」がまだまだ馴染んでいないことに、なぜだか安心した。

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