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お散歩日記

週に一度、市が運営している運動施設に娘を習い事へ送っていく。たいがいのスポーツはできそうな、広くて大きな運動施設だ。

その運動施設の近くに、昔から看板だけは見るけれども、行ったことのない池があり、歩くことがマイブームの私は、娘を送るその曜日、池の周りを歩くことにした。

池の周囲は2キロほど。きれいに整備された道路のすぐ横は森。私の住んでいる地域ではクマが出ることはまずないのだが、クマが出そうな気配を漂わせている。
頭上に伸びた木の枝が、森の奥から聞こえる足音のようなものが、カサッと音を立てるだけでビクリとする。
鳥や虫の声。水の音。湿気た匂い。
先週は晴れていて明るかったけれど、二回目であるこの日は、雨上がりのどんよりとした空が不気味で、身の危険を感じてだろうか、目も耳も鼻もいつもの何倍も敏感になっているのが分かる。
一週間前よりもうんと増えた落ち葉。新緑が放つみずみずしい空気。途中、ふわりと運ばれてくるいい香りに何度も感動して、周りを見渡したが、香りの正体は結局分からなかった。
鳥の声も名前も、葉や花の香りも名前も、こんなに素敵な場所も、まだまだ知らないことばかりなのだ。
そして、いろんなことを知りたくなると、心の底から生きているって素晴らしいなあ、もっと生きたいなあと思えた。好奇心がこんなにも大事なものだったなんてことすら知らなかった。

小高い山の上にある運動施設への道の途中、葬儀場がふたつ。少し離れたところに火葬場もある。
誰もいないのが怖いというより、誰かいたほうが怖い、日が沈む間際の時間帯。
魂や霊などはあまりピンとこないけれど、この町で生き終えたら、まずはこの山が静かに迎え入れてくれる気がして、今までにお別れしてきた人たちの顔が浮かぶ。
すると、水面も、緑も、落ち葉も、アスファルトや街灯でさえも、全てがより美しく感じて、違う世界にいるような、不思議な気分になった。

ちゃんとしたランナーの格好で走っている人とすれ違ったり、追い抜かれたりしながら、この場所で新人の私は普段着で、落ち葉をなるべく踏み荒らさないよう、遠慮がちに歩いたり走ったりを繰り返す。
池の周りを一周し終わる頃、街灯がなければ怖くなるほど薄暗くなっていた。
日が長くなる夏には、三周を目指そう。ああでも蚊が多そうで嫌だなあ。汗もかくだろうなあ。暑いよなあ。どうしようかなあ。
広い道路へ抜けると、気持ちも現実世界へと戻されていく。

まだまだ歩きたくて、街灯が明るく、ひと気の多い運動施設の周りをさらに歩き続けていると、山へ帰っていくカラスの鳴き声が聞こえる。
「ハッハッハッ」
「ハッーハッハッ」
カラスの鳴き声はアニマル浜口みたいで、やっぱり絶対三周するぞと心に決めた。


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