見出し画像

光る海とゴカイの思い出

先日、近くの海の波打ち際が青く光っている写真をSNSで見つけた。
赤潮の原因であるプランクトンは、夜になると美しく光るらしい。
そんな光る海の写真を見て、友人を誘い夜の海へ行ったが、青い光を見ることはできなかった。

それから、ふと、数年前の、満月の海での体験を思い出したのだった。

「真夜中のランデブー」

そう名付けられたイベントに、姉がどうしても行きたいというものだから、しかたなく付き合うことになった。
当時小学二年生の娘も「真夜中のランデブー」に参加した。




ゴカイの生殖行動観察会。
地味だ。ええい、地味だ地味だ。
眠気をこらえてまで、1時間以上の道のりをかけてまで、見に行きたいものかね。

ゴカイ、そう、あのゴカイだ。魚釣りの餌になる、ムカデみたいなミミズみたいな、あいつ。
なぜに姉はゴカイに強く惹かれているんだろうか。


渋々参加した私は数時間後、姉への尊敬と感謝でいっぱいになるほど、想像を絶する素晴らしいものを知り、目の当たりにした。
それはそれは熱いランデブーであり、ゴカイのことを「あいつ」とか言う私はとんでもない愚か者だったのだ。

「ゴカイ先生」と呼ばれる先生のゴカイについての説明は、嗚咽を堪えるほどの感動的なものだった。
ゴカイの命は1年。普段は泥や砂の中にいる彼らは、生殖群泳の2ヶ月前から姿を変えていく。
目は大くなり、足は泳げる仕様に、臓器や皮膚をうんと小さくし、からだをほぼ生殖機能に変えて、大潮の夜、水面へと向かう。
メスのゴカイは、きれいな緑色になる。緑色は卵の色だ。からだはほぼ、卵になるのだ。
教室での説明が終わったあと、いよいよ本物を見に行く。
河口付近の水中のライトのまわりで、川底から這い出てきた何匹もの緑色のゴカイがウニョウニョと漂い卵を撒き散らし、ピンク色っぽいオスのゴカイが精子をかける。
泳げなかった彼らは、からだを変えてでも泳ぐ。
命をかけた生殖群泳。

そして、彼らは全滅してしまう。

儚くて、切ない事実が目の前で起きていることに、胸がぎゅうっとなった。

ゴカイは、様々な魚に好んで食べられる。
私たちは、その魚を食べる。
ゴカイの命のゴール地点は、たくさんの命が繋がっていくスタート地点でもあるのだ。

帰り道、「ありがとう、本当に来てよかった。」と、興奮し、何度も姉に感謝を伝えた。

そんな姉は、観察用にすくい上げられた水槽に入ったゴカイを食べてもいいのか質問し、
「たぶん大丈夫だけど、自己責任かな。」
の答えに、食べてみたい、と、緑色のメスのゴカイをジェノベーゼパスタを味見するようにちゅるんと食した。
磯の味みたいだったあのこ、2ヶ月かけて卵だらけになった生涯のクライマックスで、まさか人間の口に入るとは思いもしなかっただろうな、なんかごめんなさい、と複雑な思いを抱きながらも、その探究心に初めて心の底から姉を尊敬したのだった。


それから数日、海を見ては、友人にゴカイの説明をしようとしては、あのこたちはもうみんな死んでいるのだと思っては、涙をこらえる日々を過ごした。
懸命に生きた彼らは新たな未来をつくりながら海へ溶け、また誰かの命の源になっているのだろう。

「真夜中のランデブー」
ブルース・ウィリス主演、ドラマチックで美しい一本の映画を見ているような夜だった。思い出した今もなお余韻に浸れる。
この感動をみんなに教えたいし、また見に行きたいものだなあ。



ゴカイの生殖群泳について、説明が上手くできていないと思います。ぜひ調べていただきたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?