有言不実行の人
有言不実行。それが僕のイメージだったと思う。
言ったことをやらないのなら言わない方がまだマシかもしれない。不言不実行のほうが誰かを裏切ることもないからだ。
だけど僕は言いたかった。言わなければいけなかった。周りの誰かに「あいつは素敵だ」と思われていないと存在が許されない気がして怖かった。
限界を超えた目標ばっかり設定したり、恥ずかしい部分はひた隠しにして身を守ろうとしていた。そういう保身がやたらと見てくれのいい「有言」に変わっていたことにその時は気付く余裕も知識もなかった。
自己評価が低いと「高すぎる自己評価」を妄想で生み出してしまう。
歪んだ自分像が作った目標を超えられないと、自分を責めて「こんなんじゃダメだ」とさらに高い目標を立てる。当たり前だけど3のハードルをクリアできていないのに5のハードルを飛べるわけがない。
悪循環は続く。当然ながらハードルが飛べないことで気持ちが萎えてしまう。結果が出せなくて怖くなったり、萎えて行動していない自分をごまかすためにまた言葉の落とし穴にはまっていく。そんな自分を責めて、次は7のハードルを用意する。
今月中に10キロ痩せます!と豪語して結局だらけて2キロしか痩せなかった。なのに先月2キロしか減らなかったので今月は18キロ痩せます!と無理な目標を立ててしまう感じだ。
その繰り返しで僕はどんどん「口だけでやらない人」になっていくのだった。
言葉が増える時は行動が足りていない時だ。やたら熱いことを語っているときほど中々布団から出られていないときだったりする。体よ動け!心よ動け!と頭で思いながらツイッターから離れられない。
あの頃よりもそのままの自分を見つめられるようになってきた。「ああ、行動が足りてなくて語って満足しようとしてるぞ」と気がつくことができるようになった。
たくさんの言葉を生み出すのが好きだ。言葉に使われている時はダメだけど、言葉を使える時は楽しくてたまらない。だから今も「不言」より「有言」を選んでいる。
ただ、その言葉は少しずつ等身大のものになってきているし、理念に基づいてきている。
歌を練習してない人の「歌は技術じゃない」とか、お金がない人の「人生はお金じゃない」みたいな蜃気楼の理想はもう卒業して、行動の伴った、できれば成果も伴った理想を現実につかんでいけるようにやっていきたいと思う。
「有言実行」
ありきたりな言葉だけど、僕にはとても大切な開くべきドアだ。
読んでくれてありがとうございます:-D
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もはやこの部分を書くために無料部分を書いている気持ちになってきました(笑)
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