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「場」という考え方を深堀りしてみる

みなさま、こんにちは、ごとぅーです。
先日、心理的安全性について体系的に学んでみたいと考えて、セミナー(初回)を受けてきました。
勉強会自体は、zoomを用いたオンライン勉強会だったのですが、「場」という考え方をやはりしっかり意識した方が良いな、と感じたので、ちょっと書いてみることにしました。
 ※セミナーの内容は後日書こうと考えてますので、こうご期待。

「目的」があって「場」は作られる

さて、今回「場」について考えるきっかけになったのはオンライン勉強会ではありましたが、もともと「場」という概念については、私自身、結構念頭に置いて動いているように思います。
そして、簡単に「場」の具体例をちょっとつらつら書いていくと・・・・

・ 寝泊まりするための「場」  → 住居
・ 侵食するための「場」    → 飲食店
・ 歌手の歌を聴くための「場」 → コンサート
・ 決めごとをするための「場」 → 会議
・ 参加者が学ぶための「場」  → 勉強会

というように基本「目的」があっての「場」と言えると思います。
特に、多様な人が一時的に集まる「場」などは、作り手にとっての「目的」があるからこそ初めて「場」が作られるものだと私は考えます。逆に「目的」がなかったらわざわざ作らなくてもよいですからね。

「場」が作られた「目的」に興味をもって人は集まる

最初は「場」の作られた「目的」との関係について考えてみました。
次は、様々な「場」の中でも、イベントなど多様な人が集まる「場」にフォーカスしてみようと思います。
ちょっと考えてみましょう。
勉強会などの各種イベント情報を見つけたときに、参加するかどうか、どのような基準で決めるでしょうか・・・?
おそらく
 ・「目的」に対する興味
 ・コスト
 ・スケジュール
だいたいはこの3つが合致して初めて参加しようと判断するのではないなでしょうか?
見方を変えると、「場」に集まった人たちはみな、その「場」の「目的」に関心がある方々が集まっている、と言えますね。

「場」において、参加者は基本平等

さて、イベントに集まった人がどのような人たちであるかまではイメージができました。
ここで、私が一番意識することを書きたいと思います。
それは・・・・
 その「場」にいる人は「平等」である
ということです。
前回の記事で、『コミュニティ活動に「常連」は不要なのか?』という考察をしました。そこで、以下のことを書きました。

・常連さんも常連でない方も1メンバーとしての立場は実は対等

あくまで「目的」に興味を持ったお客同士なので、まったく対等なんですね。例えば、勉強会の場合は、同じ値段を払って参加しているわけです。
なので、そこで常連風を吹かしてしまうと、それはただ1人のエゴになってしまい、「場」の「目的」(勉強会の例で言えば、みんなで学習し合うこと)に合っていない(というか、合うわけないですよね)と言えます。

気持ち話はそれますが、「飲食店などの常連客は?」という突っ込みはきそうなので、触れておきます。
お店のオーナーから見ると常連さんはそれだけ売上に貢献してくれているので、ありがたい存在ですね。ただ、これもオーナーとその「常連さん」の間だけ、ということがポイントです。
ほかの客から見ると1人のお客なので、実は気を付けた方がよいです。
 ※結果として一見さんが入りにくいお店になってしまいかねません。

オンライン環境固有の「場」の考え方

ここまで「場」「目的」「対等な参加者」について考えてきました。
最後に、最近はやっているオンラインイベントでの「場」という考えについて、言及しようと思います。
オンラインイベントの「場」を意識することはとても大切ではありますが、それ以上に難しいことでもある、と私は思います。
参加している空間にいるのは自分だけ。なんせ「場」そのものが「仮想空間」なのです。
オフラインの「場」であれば、何か違和感だったりしたときに
 ざわっ・・・・ざわっ・・・・・
というような空気感が漂うことがありますね。
これが「仮想空間」では当然起きず、淡々と流れてしまうんです。
これはファシリテータだけで調整するのは難しいと私は考えます。
では、どうするか?
  参加者が仮想空間とはいえ「場」を意識する
これだと思います。
客観視し、言動や行動が他の人からどうとられるのかを想像しながら一緒に「場づくり」する感覚を持って参加するのがいい、と考えます。
繰り返しになりますが、これはとても難しいです!
自分もまだまだ全然できていないので、向上できるよう努力していきたいと思っています。

おわりに

今回なぜ急に「場」について考えたか、その具体的な事例を共有して終わりたいと思います。
それはzoomの機能である「チャット」について、でした。
先日の勉強会後の感想シェアのときにこんな感想が出てきたのです。

チャットに慣れておらず、他人のコメントを読んで付いていくのに必死で、
コメント入力したかったのですができなかったのがとても残念でした。

なるほど、と。
「チャット」に慣れている人は良いが、慣れていない人にとって、「チャット」を使わされる感覚は人によっては苦痛なのかもしれない
と思ったわけです。
勉強会の設計自体は講義を聞く時間と「チャット」を入力する時間をかなり明確に分けていて、上手だなあと思っていました。でもこの感想が出てくるんです。
つまり「チャット」に慣れていない参加者も同じ「場」にいる、ということを想定しながらコンテンツの設計だったり、ふるまう必要がある、心理的安全性以外の点で学んだのでした。
多様な人とオンラインで出会う以上、より思い遣りながらのコミュニケーションが必要になってきますね!せっかく同じ「仮想空間」にいるのですから、お互いが少しでもいい時間を過ごせますように!

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