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川田喜久治 写真集「20」と「VORTEX」

はじめに


前回、写真家・川田喜久治氏の写真集「地図」(1965年発刊)についてノートに書きました。戦後の日本の様子を新しい表現で捉えた写真を、こだわり抜いたデザインで完成された日本の写真史に残る伝説的な写真集であり、世界からも注目されている一冊です。

今回は50年以上経った現在の川田喜久治の写真集「20」と「VORTEX」について書いていきます。精力的に新しい表現を取り入れた作品をインスタに公開していて、これらの写真をまとめたのがこの二冊です。全くもって90歳という年齢を感じさせません。本当にすごいです。

川田喜久治のインスタグラム

川田喜久治は2017年からインスタグラムを始め、次々と新しい写真を公開してきました。今現在で1495枚の写真がポストされています。

刺激的な色彩のものからモノクロのもあり、そして多重露光など様々な工夫によって一枚一枚が違った形の表現をしていることもわかります。何も知らなければ、インスタで活躍する現代美術の天才的なアーティストのアカウントかと思ってしまいそうです。

しかし、原爆ドームのしみなど戦後の日本を抽象化したイメージで表現してきた写真集「地図」を思い出してみると、カラーになったり表現技法が変わったとはいえ、現在の日本を抽象化したイメージで表現しているという点では同じように感じます。


https://www.instagram.com/kawada_kikuji/


PGIでの「ロス・カプリチョス 遠近」

私が最新の川田喜久治の作品が気になり始めたのは、2022年の8月に日本に一時帰国をした時のことです。私の暮らすシリコンバレーでは写真文化に触れる場所が限られるので、帰国時に東京で写真展巡りをするのを楽しみにしています。

この時、東麻布のPGIで川田喜久治の展示「ロス・カプリチョス 遠近」をやっていたので迷わず行くことにしました。PGIは学生の頃から名前を聞いて知っていたのですが、東京に住んでいた時は行ったことがなく、一度行ってみたいギャラリーの一つでした。またこの時は川田喜久治といえば写真集「地図」としか理解していませんでした。

なので戦後の重い感じのモノクロ写真の展示をイメージして行ってみたところ、カラーとモノクロの今の街の写真が展示されていて、これをどう解釈していいのだろう?と正直困惑しました。


PGIでの展示の様子 2022年8月撮影


写真集「20」と「VORTEX」との出会い

「ロス・カプリチョス 遠近」の展示を見終わった後、書籍販売コーナーに行くと川田喜久治の写真集がずらり。さすがPGI。

代表作の「地図」やそれ以外にも様々な写真集が販売されていたのですが、ここで気になったのが右下の「20」と「VORTEX」。川田喜久治がインスタにアップロードした写真で作られた写真集と書かれていました。

あの戦後の日本を撮った「地図」の川田喜久治がインスタで写真集??となりましたが、興味が湧いてきてこの二冊を購入することにしました。これが写真集「20」と「VORTEX」との出会いです。


ずらりと並んだ川田喜久治の写真集 2022年8月撮影


写真集「20」と「VORTEX」について

写真集「20」は小型で薄いもので、2021年に発刊されました。最初に見た時はPhoto Zineかと思ってしまいましたが、実際手に取ってみるとかなり手の込んだ作りの写真集だということがわかりました。700部限定です。

インスタに投稿された30枚の写真で構成されていて、これに加えて文章の書かれた紙が入っていました。この文章はPGIの写真集の販売ページの商品概要にも出ていますのでぜひ見ていただきたいです。

「「咲き終わった月下美人」を皮切りに、2020年に始まった世紀の疫病時代の「赤と黒」の色彩を中継して、「男の影」へと続いている。」という言葉が冒頭に出てきて、「これからも続けたい。まだ空が明るく、目のまえの影が消えないうちに......。」で終わっています。

この文章の日付は2020年11月24日ですので、コロナ禍が始まりまだワクチンができていない頃でしょう。先の見えないコロナ禍の悲壮感の漂う中、大御所の写真家がコロナ禍による社会の変化をどう捉えて、どう写真に表現したかと考えるととても興味深い一冊です。

デジタルでカラーでインスタな時代のコロナ禍版「地図」なのかもしれないと思ってみたり。


限定700部の467番、サイン入り

写真集「VORTEX」は、「20」に続いて発行されたもので、「20」と同様にインスタにアップロードされた写真から構成された写真集です。「20」に比べてかなり分厚く盛りだくさんの写真集になっていて、見応えがあります。PGIの商品概要によると現代の東京の写真の中に数十年前の作品も紛れているそうです。

「VORTEX」とは英語で「渦巻き」を意味します。コロナ禍の時代や社会を捉えた写真集という意味合いもあるのでしょうか。

「VORTEX」



写真集「20」についてもっと深く知る

写真集「20」のことを深掘りしたくなっていろいろと調べていたところ「川田喜久治写真集『20』が生まれるまで」と題した動画を見つけました。写真集「20」のデザインを担当した町口景さんと編集の川田洋平さんへのインタビュー動画です。

またPGIのインスタライブの動画もありました。お二人に加えてPGIの高橋朗さんを交えて写真集「20」の制作秘話を語っています。

この二つの動画によると、写真集「20」はインスタで川田喜久治の写真を見ていた川田洋平さんの提案で企画が始まり、町口景さんのデザインのもと、bookstore Mで写真集となって発売されたそうです。ちなみに町口景さんは多くの写真集の名作を手掛けてきたことで有名な町口覚さんの弟とのこと。

大御所の写真家がインスタに投稿する写真に興味を持った若い世代の人によって作り上げられた写真集ということなのでしょう。あの伝説の写真集「地図」からは全く想像ができない、まさに今の感覚によって生まれた写真集。時代が変わったことを象徴する一冊の写真集として歴史に残るかもしれないですね。

お二人は写真集「VORTEX」のデザインと編集も担当され、こちらは赤々舎から出版されています。


bookshop Mの説明 写々者のページから引用

合わせて読みたい

より詳しく最近の川田喜久治氏の考え方を知るには、今年1月に発売された雑誌「写真」Vol.3がお勧めです。写真評論家・飯沢耕太郎氏との対談記事が載っています。ちなみに赤い表紙の写真も川田喜久治の作品です。

「写真 sha shin magazine Vol.3」


最後に


前回書いた写真集「地図」と今回紹介した写真集「20」「VORTEX」、50年以上も離れた別々の時代に作られた川田喜久治の写真集ではありますが、調べていくと、写真作家だけでなく企画、編集、デザイン、出版など周りの人と共に写真集が作られてる様子が理解でき、自分の中で写真集の見方が変わるきっかけになりました。

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