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ひまわり泥棒コバト

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2018年9月の記事一覧

ひまわり泥棒コバト 11

 開店とほぼ同時に先生が来ることは珍しい。とても疲れ切った顔をしていて、注文したレバーの数はいつもより1本多い、3本。疲れているからレバーを食う、なんて単純というかなんというか。 その上今日は中ジョッキだなんて言うものだから、さすがに俺も口を出してしまった。
「たくさん飲むのは、やめといた方が」
「なんでですか」
「先生の顔がいつもよりお疲れだから……」
「……じゃ、小で」
 本当は小ジョッキです

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ひまわり泥棒コバト 14

 コバトさんの庭は青臭い。トマトを育てているからだ。わたしはトマトが嫌いだ。あの、ぬるりとした種の食感と匂いがだめなのだ。たとえコバトさんに勧められたとしても、食べることはできないだろう。子供の頃からそうだ、わたしは生涯トマトとは仲良くなれない。
 わたしは青臭い庭の間を通ってコバトさんの家の玄関まで行くことができる。勝手に入って来てもいい、とコバトさんに以前言われたけれど、それはさすがに気がひけ

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ひまわり泥棒コバト 12

「もう諦める?」
 赤ペンを片手に自分のデスクで後輩のまとめた原稿に目を通していた私の頭上から、声がした。目を上げれば編集長の城山さんが、開いたノートパソコンの上からこちらを覗き込んで微笑んでいる。
「諦める? 何を? あ、これ? いや、内容自体はちゃんとしてますよ」
 私はそれまで読んでいた原稿の束をひらひらと振った。これを書いた新人の桐谷ちゃんは、顔のつくりとやる気には100点満点をあげてもい

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ひまわり泥棒コバト 13

 あのふたり、どういうことになってるんだろう。
 コバトさんは編集さんの家へ行くようになった。泊まったのはあの一回だけなのか、それともその後も何度かお泊まりしているのか。まあ、俺が考え込むようなことでもないのだけれど。
 コバトさんは雑誌の取材を頑なに断り続けているけれど、編集さんのことが嫌いなわけではないらしい。湯葉を分けてやったり、自分から家へ行っていいかと訊いたり。
 コバトさんも大人だ、恋

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ひまわり泥棒コバト 10

 〆切日、深夜。もとい、〆切翌日、早朝。ささくれ立った表情の佐野さんが原稿用紙の角を揃え、剣呑な目でわたしを睨んだ。
「確かに、17ページ、いただきまし、タッ」
 最後はほぼ舌打ちだった。わたしは椅子を降り、深々と土下座する。
 佐野さんは本来ならば昨日の夕方には原稿を持って帰社しなければならなかった。しかし彼の担当する無能な作家、つまりわたしがまだ扉絵しか完成させていないことを知ると手ぶらで一度

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