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裁判の傍聴に行ってきた話(5)

民事裁判の持つヒトの毒に当てられたまま、僕は法廷を移動して202法廷で行われる裁判を傍聴する事にした。

罪状は窃盗、いわゆる万引きだ。
被告は若い男性、黒のTシャツ黒のハーフパンツと言う出立だ。傍聴席には被告の知り合いだろうか、こちらも若い男性が一人座っていた。どちらの男性もB系ファッション。僕も、個人を見た目や服装で判断してはいけないことは、あらためて分かっているつもりなのだがまさか被告のTシャツの背中にイラストでLSDやマリファナ、マジックマッシュルームや覚醒剤、MDMAなどがデザインされている。
”おじさん世代”の僕は驚いてしまった。少しでも裁判官への心象を良くしようとは思わないのだろうか?などと声には出さないがモヤモヤと考えているうちに午前と同じ車椅子の裁判官が入廷した、書記官の声が響く。
「ご起立ください。」
被告人が証言台に移動する。そのとき被告人が、傍聴席にいる知り合いらしき男性と目が合い表情をゆるめた。傍聴席の男性も反応を返す。それも”おじさん世代”には受け入れられない。狭量なおじさんになってしまった事を恥じる。

それでは、事件の内容を少し書き出してみる。
証拠調べに先駆けて、弁護側から罪状認否に関して争わない旨が発せられた。

それでは、検察側の証拠調べから。

  •  起訴されていない窃盗歴がある。

  •  防犯カメラの確認で、入店から7分間で商品をカートに乗せて店外に持ち出した。

  •  カメラ画像からも犯行の様子に躊躇する様子が見られず、手慣れた感じがする。

  •  窃盗品をリサイクル店で販売し7万円を手に入れた。

  •  起訴されていない窃盗から、それほど期間をおかずに繰り返しているため、矯正教育のためにも禁固刑以上の刑が必要。

続いて、弁護側の情状証拠調べ。

  •  被害弁償の意思はある。

  •  結婚の意思のある女性おり、妊娠中である。

  •  女性が大阪出身であり、被告も大阪に引っ越しをし就職する予定である。

  •  大阪から面会に来た。

  •  就職を目指している工場ではライン工として勤務予定で、月給は25万以上。

  •  就職して7万円の被害弁償を行いたい。

検察の反対尋問

  •  窃盗を行ったが、預貯金含めていくらあったのか?(14万位だとおもう。)

  •  会社員として給与を得ているが、どうして窃盗を行ったのか?(飲酒などの遊興費欲しさで。)

  •  婚約者の両親に挨拶はしたのか?(まだしていない。)

  •  就職は決定しているのか?(決定はしていない。)

  •  弁償は一括で行う予定か?(できたらそうしたい。)

  •  大阪に引っ越しをしたらどこに住むのか?(決まっていない。)

そのどの質問にも納得できるだけの説得力を有する感じではなかった。

検察、弁護側どちらとも質問を終え、被告人が証言台から戻る時にはまた傍聴席の男性と目配せをし、お互いに頷くような様子が伺えた。きっとやるだろうと思っていたので、もう呆れてしまうだけだった。
「それでは閉廷します。」
被告人は腰縄手錠を装着されているときも知人男性の方をチラチラ見ている。裁判官も気がついていないわけではない。どのような判決になるのだろうか興味が湧いた。多分、初犯なので、執行猶予付きの判決が出るのでは無いだろうか。判決言い渡しは5日後と決定した。

初めて裁判を傍聴した僕は気持ちの昂りを実感していた。後頭部が少しズキズキするのは数日前から始めた断酒のせいだろうが、気持ちは高揚していた。『やっぱり裁判傍聴してよかった。』ハッキリと感じている。大学生の時の自分が、今考えるとちっぽけな理屈で行動しなかったことに落胆している。

ゆっくりと階段を降りながら、今日の裁判を反芻してみた。自閉症男性の傷害罪、闇バイト的な侵入窃盗、あとは・・・
「ポーッ!」
突然裁判所の館内に異質な音が響き渡った。

「ポーッ!」
僕は驚きながらも音の方に歩を進めた。
「ポーッ!ポーッ!」
裁判所の入り口に一人の男性が立っていた。
年齢は60歳を超えているだろうか。日焼けして真っ黒な肌、黒光りしているという表現がぴったりだ。足元は静岡ではゴムじょんじょんと呼ばれるいわゆるゴム草履を履いている。頭には赤いキャップが良く目立つ。鮮やかな緑色のTシャツを着ている。イメージとしては大友克洋の『童夢』に出てくるチョーさんに近い。ところで、音の正体は何だろうか。良く見れば、篠笛のようなものを手に持っている。良く見ないとわからないくらい、黒漆の篠笛と日焼けした男性の腕の色が一体化していた。裁判所の受付の警備員が男性に声を掛けた。
「大石一郎さん!(仮名)」
僕は警備員が名前を呼んだことに驚いた。大石さんはまた笛を鳴らした。
「ポーッ!」
警備員は声かけを続けた。
「大石さん、今日は海の帰りですか?」
え?あぁ確かに!音の鳴る笛に気を取られていたが、それよりもはるかに大きい浮き輪を腕にしていた。
「大石さん、ここは裁判所なので笛を吹くのをやめましょうか。」
そう言われて大石さんはようやく笛を吹くのをやめて、裁判所の玄関から外に出ていった。警備員も少し距離をとりながら、大石さんが裁判所の敷地から出ていくのを見守っていた。大石さんは時々笛を鳴らしながら裁判所から出て、駿府城公園に向かって歩いていった。
戻ってきた警備員に僕は聞いた。
「あのおじさん良く来るんです?」
警備員は帽子を外し、汗を拭いながら笑顔で答えてくれた。
「2回目ですね。前は数ヶ月前に来たんですよ。その時も笛を持っていたんですが、今日は浮き輪も持ってましたね。」
僕は警備員さんに言った。
「かわいいおじさんですね。」
警備員さんも目を細めながら言った。
「憎めないですよね。場所がここじゃなければ良いんですけどね。流石に裁判所で笛はちょっと。」
最後の方は自分で言っておきながら笑っているようだった。
「また、来ますかね?」
「来るかもしれませんね。」
僕と警備員さんは、大石さんが歩いていった駿府城公園の入り口を見ていた。ふと、僕は時計を確認した。帰りの電車の時刻が近づいていた。警備員も館内に戻る雰囲気だ。
「僕、今日初めて裁判傍聴に来たんですけどね。いろいろ見て裁判て面白いなって思いました。また機会があったら来ますね。」
「また来てください。」
そういうと警備員は自動ドアの中に姿を消した。僕も駅に向かって歩き出した。
駿府城公園に入るとまたあの笛の音が聞こえてきた。
「ポーッ!」
大石さんの笛の音だ。少し遠くに大石さんの姿を確認することが出来た。変な生き物を見るかのように、女子高生が大石さんを見ている。園内では清掃作業も行われている。みんな、大石さんの存在には気づいているのに、知らぬ顔を決めている人が殆どだった。
知的な障害を持っているであろう大石さんに対する、一般の人の態度を見てインクルーシブ社会という言葉に違和感を覚えた。「かわいそうな人」を見るような目で見ている人が多いではないか。では、今日裁判で見た自閉傾向だったり境界知能の被告人に対して法はどうなのだろう?罪を犯した人を法は裁かなければいけない。しかし、何らかの障害を持った人が罪を犯さなくても良い世界はできないだろうか?できない人の分を、できる人が支えることがもっと手軽にできたら良いのにな。障害を持つ人も、法の元では平等なだけに、法に触れずに済むようなコミュニティーの力を模索していく必要がないだろうか?

初めての裁判傍聴の1日は、とてつもなく濃密な1日だった。
「ポーッ!」
大石さんの笛の音が遠くで鳴っていた。

1日目終わり

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