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10月の読書感想文:クレイジー・フォー・ラビット/奥田亜希子先生

この本は、秋の夜長に読む本としてはちょうどいい切なさを与えてくれるかもしれない。
窓から流れ込む金木犀の香りと、鈴虫の音色も相まってそんなふうに感じた。 

この本は、愛衣という少女の小中高大、そして30代を過ぎてからの日々を切り取った連作短編集だ。

奥田先生の書かれる文章は、あの頃の私達を思い出すぶんには充分なほど丁寧な描写で、友達と歩いた渡り廊下の埃臭さや、プールの塩素の臭いなどが鮮明に蘇ってくるようだった。

小学校高学年から中学生までの、思春期特有の面倒くさくて、しんどくて、甘ったるい青春。
大学に入ってから、一人でいることはごく普通だということが皆の常識だと分ったときの、肩の荷物が降りたような感覚。
そういう心理描写が具体的に描かれていて、タイムスリップしたかのような本だった。 

あの頃は息苦しかった学校生活も、今じゃ懐かしいなと思えるくらいに、もうずいぶんと時が過ぎたんだなぁと驚いた。 

あのときの、誰かを傷つけてしまい、また、誰かに傷つけられた記憶の心苦しさよりも、そんなに懐かしむことができるほど自分は歳を重ねていて、それでいて自分は充分に成長できているのだろうかと振り返るほうがつらいことに気がついた。
中学入学から高校を卒業するまでの6年間と、
大学を卒業してから社会人になってからの今がちょうど同じ6年だ。

最近は1日1日が駆け足で過ぎ去っていくので、もう年末なのかとびっくりする。
ティーン時代の6年間は、楽しいこともあったけど、辛いことのほうが多かった。
それでもあのときのほうが得るものが多かったと、今だからこそ思うことができる。

そして、ジタバタもがくことが醜いと思うこともあったけど、一生懸命取り組むことが尊いことなのだと気づけたあの日。
そこからが私にとっての、子どもと大人の分岐点だったんじゃないだろうか。

主人公の愛衣は、誰かが隠し事をしていると匂いで分かってしまう特殊体質だ。
そのことで友情がうまく続かないことがコンプレックスで、親友の存在を渇望する学生時代を過ごしている。

特殊体質はないけれど、誰もが愛衣のように、周りと浮かないように、友達がいない子だと思われないように必死に生きたことがあるのではないだろうか。
もちろん私もそうだ。
だから、愛衣の気持ちに共感でき、冒頭の通りあの頃の気持ちを鮮明に思い出すことができた。

奥田先生の文章ですごいと思ったものが2つある。

小学生の頃、香りつき消しゴムが流行らなかっただろうか。
私も友達とチョコの香りがする消しゴムを買ったので、思い出があるのだけど、その香りつき消しゴムに関しての文章。

下駄箱で運動靴に履き替えた。昇降口は夏でもひんやりと涼しくて、埃の匂いがする。
梅雨空の下に飛び出しながら、愛衣はまだ香りつき消しゴムのことを考えている。
消しゴムにハサミを入れた瞬間の、くにゅっとした不思議な感覚や、友だちがどれくらい切ってくれるのか、息を呑んで見守っていたこと、欠片を手に載せられたときの、心が満たされるような喜びのことを

P9,「クレイジー・フォー・ラビット」奥田亜希子

シール交換もそうだけど、自分はちゃんといいものを貰えるのか。自分があげたものと同等のものを交換できるか。
この貰える前の不安や貰ったときの安堵感は、損得の問題じゃなくて、相手が自分をどれくらい大切に思ってくれているかを可視化する出来事なのでここまでドキドキするのだと思う。
その気持ちが文章化されてて、小学生の自分を思い出して懐かしかった。

次に、愛衣の中学生時代から。

「ね、怪しいよね」
香奈恵の声で鼓膜が揺れるたび、こんなに高かったかな、と疑問に思う。しかし、小学生だったときの彼女の声は、もはや思い出せない。

P56,「クレイジー・フォー・ラビット」奥田亜希子

小学生の時仲良かった子が、中学生になって別のグループになって疎遠になるということ。
香奈恵は愛衣と仁美の3人グループで、仲良く小学生時代を過ごしていたけれど、中学に入った途端、なんの相談もなしにテニス部に入部した。
今や、一緒にいる友達はみな運動部で、いずれも構内で悠々と振る舞っている女子達に囲まれている。

はっきりと書かれていないけど、香奈恵と仁美・愛衣のスクールカーストを匂わせていて、
私も小学生の頃仲良かった子が、中学に入った途端、イケイケなグループに行き気後れしたので、あ〜こういうこともあったなぁと共感した。
そういう中学生時代に誰もが経験したであろうことを、その時の空気感や場の温度感などを上手に書かれているから、この本はとても面白かった。
愛衣は香奈恵とあまり仲が良くなかったので、そんなに香奈恵にフォーカスは置かれていないけど、もし仁美の視点だったらすごくドロドロしていただろうなぁ。

今じゃこういうこともあるなぁ、学校にいる人たちだけが世界じゃないんだよと思えるけど、あの頃の閉塞感は自分の人生の一部を暗くしていたと思う。
中・高時代の閉塞感に悩む愛衣を見ていると、愛衣のおばあちゃんになって抱きしめてあげたいなぁ。

そして次の大学生時代。
自分で全てを決めていく必要があり責任を伴うけど、とにかく自由。
ひとりでいてもおかしくないという周りの価値観。
中・高時代の周りと浮かないようにしなきゃ、友達がいる子だと思われるようにしなきゃ、という空気感はなんだったんだろうと思えるほどの清々しさ。
それが描かれていてとても良かった。

そして、最終章は30代になり娘をもつ親となった愛衣のお話。
今までの小学校からの愛衣を知っているからこそ、しみじみと。また、私より年上になった愛衣の話だから、こういう悩みもあるんだろうなぁ、どう解決するんだろうと読み進めた。
結果、読み終えてすごく満足できる本だった!
最終章も、もう少し歳を重ねてから読んだらすごく共感できる話なんだろうなぁと思う。
なので、また読み返す楽しみが生まれてよかった。

奥田先生は、今回の本が初めてだったのでこれから別の作品も読んでみたいと思う。
これから寒くなり家に籠もることが増えるこの季節に、奥田先生の作品を知ることができてよかった。
そう思える一冊だった。


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