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サッカーにおける温故知新 〜4-5-1のケーススタディ〜

戦術は進化しているのか問題

中の人は数年の中断期間(?)を経て、W杯からサッカーを再び見るようになった人間なんですが、見てて一番よく感じるのが「戦術は進化していない」ということ。確かにディテールの部分での細か〜いアップデートは一部の監督(主にペップ)で見られるものの、これが果たして進化と呼べるものなのか?と言われると微妙なところだと思います。
個人的な意見ですが、サッカーの戦術は基本的にほぼ全てアイデアは既に出し尽くされています。サッキ・ミラン以前にロバノフスキーがディナモキーウやソ連でプレッシングを、ミケルスのオランダ代表がオフサイドトラップをやっていましたし、スパレッティ・ローマやペップ・バルサ以前に"マジック・マジャール"と呼ばれたハンガリーが偽9番をやっていました。こんなのは氷山の一角に過ぎず、事例を挙げようと思えば他にもいくらでも出てきます。

エル・ロコ(奇人)と呼ばれるアルゼンチンの名将ビエルサが「サッカーの戦術は28種類しかなく、そのうち19が守備的で、残りは攻撃的なもの」みたいなことを言っていたらしいですが、彼の言葉は数の真偽はさておき「戦術のパターンには限りがあり、それは既に出し尽くされている」という点においてかなり説得力のあるものだと思います。なんせ25000試合サッカーを観た人がそう言ってるんですから。
そういうわけで、実際に昔の試合を色々見て「最近話題のこの戦術って実は〜年前からあったよね」というのを見つけていくのが狙いです。一発目となる本稿では「4-5-1の守備」をベースに今と昔のサッカーを比較していきます。

4-5-1今昔

4-5-1のメリット

4-5-1で猛威を振るったチームの代表例として、カタールW杯におけるモロッコ代表が挙げられます。
モロッコはレグラギ監督の下非常に組織的な守備とハキミ、ジエシュの右サイド中心のカウンターアタックを武器にアフリカ勢初のW杯ベスト4入りを果たしました。特に際立っていたのが守備面で、準決勝でフランス相手に失点するまでオウンゴールの1失点のみというデータはまさに驚異的と言えます。
そんなモロッコが採用していたフォーメーションが4-5-1(4-1-4-1)です。

このフォーメーションのメリットは、ハーフスペース(ハーフレーン)にいる相手選手に対するプレスが容易という点です。ベーシックな4-4-2のゾーン守備だと2トップの脇が空いてしまい、相手にプレスをかけづらかったりスライドが遅れるという弱点があります。しかし4-5-1の場合そこにはIHの選手がいるので、IHが飛び出して4-4-2のような形になれば解決します。簡単に図にしてみました↓

4-4-2の場合
4-5-1の場合

モロッコはこの守備方法でスペイン、ポルトガルといったヨーロッパの強豪国の攻撃を無失点に押さえ込みました。スペインはサイドの3人(SB、IH、WG)のローテーションやポジションチェンジで打開を試みていましたが、残念ながらゾーン守備はそういうグループ戦術にはめっぽう強いです。誰がどこに移動しようが、誰と誰が入れ替わろうが、結局ボールホルダーにプレスをかける人間が決まれば周りはそれに合わせて連動するだけなので、ぶっちゃけ効果はないです。

この4-5-1による守備ですが、主な使い手(?)が4人います。サッリ、シメオネ、アッレグリ、そしてモウリーニョです。実際の試合を見ながら彼らがどのように4-5-1を運用していたのか見ていきたいと思います。

事例① サッリ

まず最初に紹介するのはサッリです。サッリに関してはわざわざ過去に遡らなくてもつい先日ナポリとの試合において綺麗な4-5-1ブロックを見せているので、SPOTVに加入している方はそちらをご覧ください。この試合でサッリ率いるラツィオはナポリ攻撃陣を完封、ベシーノのスーパーミドルで1点をもぎ取り勝利を収めています。
サッリはイタリアサッカー界の中でもかなりゾーン原理主義的な傾向があり、基本に忠実なゾーン守備を見せてくれます。これはナポリでもチェルシーでも、現在のラツィオでも変わりません。一応ナポリ時代の試合があるのでそちらをどうぞ。

前の「4-5-1のメリット」で解説したような、IHの飛び出す動きが頻繁に見られるかと思います。下のシーンなんかは特に分かりやすいですね。

4-5-1→4-4-2に移行するシーン

ナポリにはアランという運動量豊富でボール奪取に長けた選手がいたので、彼の強みを活かすという意味でも4-5-1は有効だったと思います。
ボール奪取が上手い選手繋がりで言うと、チェルシー時代は地球の3割をカバーする男カンテをアランと同じ右IHの位置で使っていました。このカンテの良さが遺憾無く発揮された試合が、2018-19プレミアリーグ第16節のマンチェスターシティ戦です。シティのフォーメーションは4-3-3なので、噛み合わせ的にマークの対象がはっきりしていました。こういうシンプルなタスクを遂行するときのカンテほど厄介な選手はいないです。実際この試合でカンテは攻守両面にわたって大活躍し、先制点も決めています。

しかしスタジアム替わってアウェー・エティハドでのゲームでは、6-0と大敗を喫しています。なぜ全く違う結果になったのかというと原因はシティ側にあります。まずシティホームであること、アグエロが怪我から復帰していること、そして偽◯◯の多用、の3つです。先述した通りサッリの4-5-1はゾーン守備の原則に極めて忠実であるため、偽9番や偽SBといった「ポジションをぼかす」動きに弱いです。何故なのかは自分で考えてください(投げやり)。というのは冗談で、簡単な図を作成してみました。

シティのボール保持

シティのこういった偽9番、偽SBの動きによってチェルシーサイドはパニックに陥りました。一応海外の人が作った分析動画も載せておきます。

このように、シンプルな4-5-1ゾーンだと攻略方法がいくらでもあります。サッリはゾーンの原則に忠実すぎるが故にこのような失敗をしてしまうことが多々あります(だが、それでいい)。
そんなサッリとは違い、この先の監督達は少しずつ自己流のアレンジを加えて4-5-1をより強固なものにしています。

事例② シメオネ

続いてシメオネです。筆者はラリーガを熱心に追っている訳ではないのでアトレティコについてあまり詳しくはないのですが、シメオネが4-5-1を使っているのを見たのは2013-14 CL決勝のレアルマドリーとの対戦です。この試合、アトレティコは最初4-4-2で臨んだもののジエゴ・コスタが負傷で前半のうちに交代。そこから一時は4-4-2を維持していましたがマドリーとの相性が悪いと見ると途中出場のアドリアンが左SHに移って4-5-1になりました。

先ほど相性が悪いと書きましたが、何故そう言えるのかと言うとマドリーのフォーメーションは4-3-3で、両 IHのモドリッチとディマリアが降りてきてアトレティコの2トップ脇でボールを受ける動きが多かったからです。4-5-1にするとこの問題が解消され、マドリーはアトレティコ守備陣を崩すのが容易ではなくなりました。
しかし、試合はアンチェロッティの采配により流れが変わります。左SBのコエントランに代えてマルセロ、アンカーのケディラに代えてイスコを投入。その後マドリーは左サイドを中心に攻め立てます。

マドリーの猛攻

流石に4-5-1で守っていても、ここまで密集されるとどうしてもフリーの選手は生まれます。当然これはマドリー側にめちゃくちゃリスクがあるわけですが、アトレティコの選手達の体力が切れつつあったことも考慮して賭けに出たのだと思います。実際攻めに攻めまくった左サイドからのクロスをきっかけにコーナーキックを獲得。そのチャンスをラモスがモノにし同点に追いついています。

また4-5-1に限らずシメオネ・アトレティコの守備時の動きの特徴として「SBとCBの間にボランチが落ちる」というのがあります。SBとCBの間は、サイドの崩しにおいて一番使われやすいところであり、守備側からしたら弁慶の泣き所的なエリアです。そこにボランチの選手が降りてくる(もしくはSBが中に残ってサイドの対応をボランチに任せる)ことで、守備ブロックをより強固なものにしています。これはシメオネならではのアイデアと言えると思います(少なくとも他のチームでやってるのをあまり見たことがない…)。

SB-CB間を使わせないIHの動き

この一時的に5バックになる方法はクロス対応に強いものの、中盤は手薄になってしまいます。飛んできたクロスボールをきちんと前に跳ね返すことができれば問題ないのですが、それをミスると相手のCKになってしまいます。サッカーは「寸足らずの毛布」とよく言われますが、どこかを重点的に守れば必ずどこかが空いてしまう構造になっています。何を取り、何を捨てるかが監督の色が出る部分であり、サッカーの面白いところだと思います。

事例③ アッレグリ

3つ目に紹介するのがミランを率いていた頃のアッレグリが2012-13CL、ラウンド16のバルサ戦で見せた4-5-1です。
このときのアッレグリ・ミランの守備方法は、「全体的にスペースを圧縮しつつパスコースを消す」というもの。シャビがボールを持つとIHのムンタリがプレスをかけつつ周りの選手がメッシ、セスク、イニエスタへのパスコースを潰してバルサのボール回しを停滞させました。また一部でマンツーマンも織り交ぜており、パッツィーニがブスケツを、エルシャーラウィがアウベスをマンマークしてボールの出所を1つ1つ確実に潰していきました。

ミランの4-5-1ブロック

しかし、一転して2nd leg、カンプノウでの試合ではバルサが4-0で完勝しています。敗因はバルサが強すぎた、もうこの一言に尽きます。いくらスペースを狭めて4〜5人で囲んでもその状況から決められたらDF側はもう為す術はありません。先制点のメッシのゴールとかもうバケモンです、そんなんできひんやん普通。
この試合は監督がペップからビラノバに代わり、緩やかに衰退していったバルサがペップ時代の強さを見せた最後の試合だと個人的に思っています。

ミランが全盛期ばりのバルサにけちょんけちょんにされた一方で、全盛期のバルサ相手に120分無失点という偉業を成し遂げたチームも存在します。それが、次に紹介するモウリーニョ率いるレアルマドリーです。

事例④ モウリーニョ

2010-11シーズン、たった18日の間に4回(リーグ戦、コパデルレイ決勝、CL準決勝2回)もエル・クラシコが行なわれたことがありました。俗に言うクワトロ・クラシコというやつです。これらの戦いはクラシコであると同時にペップ対モウリーニョという当時世界トップクラスの名将対決でもあったため、ファン・メディアから非常に注目を集めました。
第1戦では本職CBのぺぺをアンカーの位置で起用、守備力の高いぺぺはバイタルエリアの番人としてある程度機能しました。しかし結果は1-1のドロー。白星を上げることはできませんでした。

それを踏まえてモウリーニョが2戦目であるコパデルレイ決勝で見せたのがぺぺをIHで起用するという策。ペペ、アロンソ、ケディラの中盤3枚はトリボーテ(トリプルボランチ)なんて呼ばれたりもしました。何がどう違うのかは実際に試合を見てみてください。

違いが分かりましたでしょうか?ぺぺのいる左ハーフレーンは、バルサの司令塔シャビがいる位置であり、メッシがドリブルを開始する位置でもあります。モウリーニョはその重要なエリアをぺぺに任せつつ、入れ替わったアロンソの負担を減らすことにも成功しました。IHとアンカーでは求められる守り方が若干違います(前者は潰しに行く積極的な守備、後者は空いたスペースをカバーする消極的な守備)し、ぺぺとアロンソのプレースタイル的にも入れ替えて良かったと思います。

具体的な守備方法ですが、これは試合の1シーンを切り取った画像を見ていただけるとすぐ分かると思います。

綺麗な4-5-1ゾーン
中盤はマンマーク①
中盤はマンマーク②

サッリやシメオネに比べると、ゾーンの基本原則であるディアゴナーレ(1st DFの斜め後ろにポジションを取ること)を多少無視してメッシ、シャビ、イニエスタらをマンマークしていることが分かります。この守備戦術で特に輝いたのが再三名前を出しているペペです。CBな選手らしく対人守備の強さを見せ、何度もカウンターの起点になりました。最後に一応図でまとめておきました。

バルサのMIX対マドリーのトリボーテ

中盤でマンマークするとはいえこの記事で紹介した「ボックススリー」と違い、状況に応じてマークを受け渡したり、メッシに対してはマークを外して2人がかりで奪いに行くなど柔軟な対応をしていました。これはマドリーの選手達のサッカーIQが非常に高いからできる芸当であって、いくらプロでもそう簡単に真似できるものではありません。

しかしこのトリボーテスタイルは次のシーズン以降見られなくなりました。あくまで推測に過ぎませんが、守備的過ぎて選手からあまり評判が良くなかったのでしょう(情報の真偽は怪しいですが『三年戦争』とかを読むと当時のモウリーニョは選手達からかなり嫌われていたみたいです)。2011-12からは普段通りの4-2-3-1で真っ向勝負を仕掛ける試合が増えます。

まとめ

このように、同じ4-5-1でも監督次第で色んな形がありました。尺の都合上面倒くさくてカットしましたが、今季エバートンがアーセナル相手に見せた4-5-1はハーフスペースにIHのオナナ&ドゥクレを突撃させつつ、アーセナルの両WGに対してSHとSBのダブルチームを行なうという、4-5-1の中でもかなり守備重視のやり方でした(ちなみにアーセナルはこの4-5-1に対してもシティ同様偽SBと偽9番で攻略、ホームで4-0と圧勝)。
勿論チームやリーグの状況など諸条件が異なるのは承知の上ですが、最近のモロッコ、ラツィオ、エバートンより10年以上前のチームの方が工夫を凝らしているところを見ると、戦術の進化が緩やかになっているのがお分かりいただけるかと思います。
これから先、近い将来新しい形の4-5-1を見せてくれるチームが出てくることを期待するしかないですね。

余談 フォーメーションをどこで区切るか?

本稿では一貫して4-5-1と呼んでいた例のフォーメーションですが、人によっては4-3-3、4-1-4-1、はたまた(2シャドーがサイドに開いた)4-3-2-1と見なすこともあると思います。
特に最後のモウ・マドリーは迷いました。ぺぺ、アロンソ、ケディラのトリボーテとエジル、ディマリアが別のユニットとして機能しているようにも見えたからです。しかし全体として見たときにやはり4-5-1と見た方が適切であると考え、4-5-1の事例の1つとして取り上げることにしました。

フォーメーション表記で大事なのが、「どこがユニットとして動いているのか」ということ。前線3枚と中盤3枚が分離しているなら4-3-3だし、アンカーの前の中盤4枚がユニットなら4-1-4-1、中盤全体がユニットなら4-5-1という風に分かれます。それぞれ(色んな時代の)バルセロナ、EURO2008のスペイン代表、カタールW杯のモロッコが代表例です。
4-3-1-2と4-1-3-2にも同じことが言えます。ピルロ、ガットゥーゾ、アンブロジーニがユニットであるミランは前者だし、ネドヴェド、ロシツキー、ポボルスキーがユニットであるチェコ代表は後者と見なした方が適切です。4-2-3-1と4-4-1-1(4-4-2)もダブルボランチと2列目の3人の関係次第で変わってくるでしょう。

勿論これは主観が入るので人によって意見が分かれる可能性を多分に含んでいます。リージョが「フォーメーションなんてただの電話番号」と言ったのはこういったことが理由かもしれません、知らんけど。

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