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2022-23におけるサッカー界の升田賞を考えてみた

はじめに

皆さんは将棋やったことありますか?
中の人は割と将棋好きで小学生の頃から祖父や友達と遊んでたのですが、とにかく詰将棋が死ぬほど苦手でロクにトレーニングもしてないのでずーっと「下手の横好き」状態から抜け出せずにいます笑でも好きなことに変わりありません。
その将棋なんですが、毎年日本将棋連盟から与えられる賞の中に升田幸三賞、通称升田賞と呼ばれる賞があります。Wikipediaの説明を引用すると、

「升田幸三賞」および「升田幸三賞特別賞」は、新手、妙手を指した者や、定跡の進歩に貢献した者に与えられる。第22回創設。「新手一生」を座右の銘とした升田幸三の名にちなんで制定された。

受賞者はプロとは限らず、アマチュアでは第31回特別賞の立石勝己と第50回の嬉野宏明、奨励会三段では第35回の今泉健司と第38回の星野良生、第47回ではコンピュータ将棋ソフトのelmoが受賞している。

Wikipedia「将棋大賞」のページより一部抜粋

要するに今までにない、革新的な戦法や一手を讃える賞というわけです。藤井猛九段の藤井システムなんかは有名ですよね。自分を含め中身の理解はしていないが名前だけは聞いたことある、という方もいるのではないでしょうか。
本稿の企画は、これをサッカーに当てはめて考えてみようというものです。期間は2022-23シーズン(W杯も含む)で、選考基準は奇抜さ新しさは勿論、「他に似たようなことをするチームが出てきたか」という影響力も加味して考えたいと思います。また、中の人は19-20〜21-22の間サッカーをEUROとCL決勝以外ほとんど見てないので「これやってるチームなんてこの頃からあっただろ!」という批判は受け付けておりませんのでご了承ください。
賞の名前はそのままサッカー版升田賞とかだと味気ないので、4-4-2ゾーンディフェンスの生みの親の名前を取ってアリゴ・サッキ賞(サッキ賞)と名付けることにしました。怒られそうだったら名前変えます。受賞するのはチームと選手それぞれ1つということにしておきましょう。

サッキ賞候補一覧

候補① CBの列移動(偽CB)

従来のサッカー界の常識では、ビルドアップの局面においてCBができることといえば「下がってサポート」か「大きく横に開く」、もしくは「ボールを持ってそのまま運ぶ」くらいしか選択肢がなかったと思いますが、今季はボールを近くの選手に渡した後1列上がってボランチの位置に入る動きをするCBが増えた印象があります。
筆者が最初にこれをやってるのを見たのはカメルーンのカステレットです。スイス戦やセルビア戦でボールを近くの選手に預けた後ガンガン上がる彼の姿を見てて「え、そんなに持ち場離れていいの?」と心の中で突っ込んだ記憶があります。
今季のセリエAだとウディネーゼのビヨルやインテルのアチェルビがよくやっています。3バックからの4バックに移行して相手のプレスをかわしたいときに有効です。またフィオレンティーナ(ヴィオラ)のミレンコヴィッチもアタランタ戦限定ではありますがやっていました。

ミレンコヴィッチが上がって4バックが3-1の形になる
アタランタのプレスがハマらない状態

マンツーマンで守る相手に対し、ポジションを離れる列移動を取り入れるのは非常に合理的だと思いました。
また近いものとして、シティのストーンズがやっている偽CBが挙げられます。今季のCL準決勝2nd legマドリー戦のフルマッチ動画、FA杯決勝のマンチェスターダービーの画像・動画をご覧ください。

ストーンズの偽CB① FA杯決勝
ストーンズの偽CB② FA杯決勝

ストーンズに関しては一時的に上がるとかではなくもう普通にロドリと一緒にボランチとしてプレーしている時間の方が長いので、ただの列移動ではなく偽CBと言えると思います。しかしこれに関しては18-19のアーセナル戦におけるフェルナンジーニョという前例があり、特段新しいものではありません。強いて言うなら本職MFの選手をDFラインに置くのではなく、バリバリ本職CBのストーンズが中盤でもプレーする、という点がサッカーの進化を象徴しているような気がします。

候補② アンカーの列移動、6 to 6

6番、所謂アンカーの選手に求められる役割とは何か?チームのゲームモデルによって多少変わるところはありますが一番は"そこにいる"こと、つまりポジションを守ることだと思います。
しかしセリエAを見ていると、アンカーが持ち場を離れ、相手のアンカーにまでプレスをかけに行っているシーンが散見されました。筆者はこれを6番の選手が6番にプレスをかけるので6 to 6と名付けました。
その代表例がフィオレンティーナのアムラバトです。ヴィオラのフォーメーションは基本的にアムラバトがいたら4-3-3(いなかったら4-2-3-1)なんですが、アンカーの位置でプレーするアムラバトは相手もアンカーがいるフォーメーション(4-3-3、4-3-1-2、3-5-2…)のとき、相手アンカーにプレスをかけに行きます。じゃあアムラバトが元々いたスペースはどうなんねんと言いますと「そもそもトップ下やシャドーの選手がいないから大丈夫」か「トップ下にはCBの片方がついてカバー」するかの二択になります。百聞は一見にしかず、とりあえず見てみてください。

vsエンポリ①
vsエンポリ②
vsナポリ①
vsナポリ②

またこの動きはアムラバトの専売特許ではなく、他のチームの選手もたまにやっています。やはりハイプレスをかけて前からハメに行きたい場面では「IHの選手が相手IHをマークして、アンカーの選手が相手アンカーをマークする」と決めてしまう方がプレー原則がシンプルになって良いのかもしれません。いちいちスライドしてマークを受け渡してたら面倒ですもんね。

レッチェのヒュルマンド
ユベントスのロカテッリ
ウディネーゼのワラセ

マンツーマンはタスクがシンプルかつ明確になる代わりに体力、精神的にしんどいというデメリットがあります。ヴィオラもアムラバトがいないときは4-2-3-1にしてボランチを1枚増やしていますし、他のチームにおいても局所的な使われ方をしている印象です。やはりあれはアムラバトにしかこなせない仕事量なのでしょう。

候補③ デゼルビ式ビルドアップ

欧州サッカーでは、年々マンマーク志向のハイプレスを行うチームが増えています。これはポジショナルプレーの普及・浸透と表裏一体の関係と言えるでしょう。この記事でも書きましたが、マンツーマンという戦術はポジショナルプレーを志向するチームが生み出そうとする数的、位置的優位を消すことができるからです。
その対抗策として生まれたのがブライトンのデゼルビ式ビルドアップです。彼のやり方は相手のハイプレスを誘引し、ギリギリまで相手を引きつけてから一気に縦に速くボールを繋ぐので一部では擬似カウンターとも呼ばれています。画像は前に書いた記事でも使ったものです。

デゼルビ式ビルドアップ

擬似カウンター自体はインテルなど他のチームもやっています。形は少し違いますが目的は一緒です。インテルに関して言えばGKがやたらボールを持つところも似ています笑

インテルの擬似カウンター vsナポリ
インテルの擬似カウンター vsアタランタ

正直デゼルビのやり方はサッスオーロでもシャフタールでも一緒なので、戦術としての真新しさはないです。しかしブライトンのクラブ事情を鑑みると選手が入れ替わっても一定のクオリティを保てる再現性の高さ(この辺はポッターのおかげもあるかも)は素直に凄いと思いますし、何よりBIG6と呼ばれるプレミアの強豪クラブをどんどん倒していく様は痛快でもありました。また何かデータがあるわけではないので印象論に過ぎませんが、他の擬似カウンターを行うチームに比べグラウンダーのパスの使用頻度と精度が高いようにも見受けられます。そういうサッカーは見てて気持ちが良いですよね。
またブライトンに影響されたのか、ペップ率いるシティも似たようなことをやっていました。それが今季の天王山だったアーセナル戦です。

シティの擬似カウンター①
シティの擬似カウンター②

どうですか?2枚目の画像とかめちゃくちゃブライトンっぽいですよね。先制点で見られた、アーセナルが高い位置からプレスをかけていたところをストーンズからハーランドへのロングフィードでかわし、その落としに反応したデブライネが自ら持ち運んでシュート、という形は理想的だったと思います(エデルソンは安易なCBへの横パスでめちゃくちゃキレられてましたが…笑)
しかしこの戦術には明確な弱点があって、それはハイプレスに強い反面引いてゾーンで守られると弱いということ。ブライトンはエバートンにホームで1-5と大敗しましたし、インテルも格下相手にしょっちゅう勝ち点を取りこぼしていました。
相手がゾーンならポジショナル、マンツーなら擬似カウンターと使い分けることができれば最強なんですが、現実的に考えてそれができるのはシティくらいですね。

候補④ 中盤マンマークの"ボックススリー"

ボックススリーとは以前書いた記事で個人的に命名した戦術で、「誰か1人だけマンマーク&その他はゾーン」という守備戦術をボックスワンと呼ぶのになぞらえて「中盤3枚をマンマーク&その他はゾーン」という守備戦術のことを指します。これは比較的ポゼッションを重んじるチームにかなり有効です。筆者がこの守り方を初めて見たのが、カタールW杯のスペイン対ドイツにおけるドイツ代表です。
ミランやユナイテッド、ユベントスなど似たようなことをやっていたチームと比べても、やはり一番完成度が高かったのはドイツだと思います。他のチームだとどうしてもアンカーの選手がゾーン気味にバイタルをケアする時間が増えたり(カゼミロ、トナーリ、ロカテッリ)、SHの守備タスクが緩かったり(ラッシュフォード、レオン)しますがドイツはフィールドプレーヤー10人全員がしっかり守備をしていましたし中盤のマンマークとそれ以外のゾーンがはっきり分かれていました。勿論自陣深い位置でリトリートするときは中盤の3人もゾーンで守備ブロックに参加します。

ドイツのボックススリー①
ドイツのボックススリー②

またドイツの素晴らしいところはSHがハーフスペースにポジションを取って相手のIH(ガビ、ペドリ)をサンドイッチしている点です。これによって自然とボールがサイドに流れやすいようになり、スペインのパス回しを無効化しました。
似たような戦術を採用したユナイテッドはシティ相手に、ミランはナポリ、ラツィオ相手に勝利を収めました。ユーベは負けはしたもののかなり良い勝負に持ち込めてたと思います。

ユナイテッドのボックススリー vsシティ
ミランのボックススリー vsナポリ
ミランのボックススリー vsラツィオ
ユーベのボックススリー vsナポリ

指導者の方は相手のフォーメーションが4-3-3でポゼッション志向のチームのときに、是非試してみては如何でしょうか。来季のセリエAではナポリ、ラツィオを止めるために試すチームが増えるかもしれません。

受賞チームと選手

「はじめに」で述べた奇抜さ、新しさ、影響力といった観点に照らし合わせてこの中から受賞チームを選ぶとするなら、やはりスペイン戦におけるドイツでしょう。パッと見たときに「なんだこれ?」と思わせる新しさがありましたし、その後真似するチームが出てきたのでそこそこ影響力もあったと思われます。またボヤけがちなゾーンとマンツーの境目が割とはっきりしていたのも個人的に好印象でした。
受賞選手はインパクト重視でアムラバトです。アムラバトのプレーを見てやっぱセリエAっておもしれーな、と純粋に思いました。イタリアは戦術的な実験が日々行われている、戦術オタクからしたらたまらない環境です。
純粋にこのサッキ賞を受賞したチームと選手を称える一方で、その対応策も既に生まれつつあることも言及しておきたいと思います。ボックススリーもアムラバトの6 to 6の動きも、結局はマンツーマンの亜種。ブライトンのようなビルドアップだったり、ポジションチェンジの動きなどにはどうしても後手を取ってしまいます。そうなってくると有効になるのがゾーンディフェンスです。サッキミラン以降日進月歩でアップデートしている4-4-2ゾーンですが、これから先どのような進化を見せるのでしょうか。
来季も新しい、画期的な戦術が見られることを期待しましょう。

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