Vol.11 「ないから、つくった」の先の話 えひめICT・印刷共同受注窓口e-ICAの現在について
世の中で生まれているあたらしい働き方、"Good Job!"を見つけ出す取り組み、Good Job! project。2017年までのアワードで受賞した団体の今を取材しています。
Vol.11となる今回の団体は、えひめICT・印刷共同受注窓口e-ICA(エイカ)。その名のとおり、愛媛県内の複数の事業所が、事業を共同で受注するための窓口です。「なかったから、つくった」と話すのは、設立の呼びかけ人であり、代表の川崎さん。設立から、現在のことまで、詳しく伺いました。(2021年1月26日収録)
きっかけは、障害者優先調達推法
―えひめICT・印刷共同受注窓口e-ICAを立ち上げた、きっかけについて教えてください。
2013年に障害者優先調達推進法が施行されました。なかなか障害者施設の工賃が上がらないなかで、まず国や地方自治体といった、公的な機関が積極的に発注を増やしていこうという法律ができたんですね。そのパンフレットを見たときに、全国で、共同受注窓口がない都道府県が3箇所ありまして。愛媛県もその1つだったんです。全国的に、県の社協とかが共同窓口を担っていたんですが、愛媛県はなかった。当時、私が県庁の障害福祉課に行って、「こういう法律ができるのに、愛媛県で共同受注窓口を作らないんですか」っていう話をしたら、「今のところ、愛媛県では作る予定はありません」っていう返事をもらったんです。それで「共同受注窓口がないと、せっかくそういう法律ができても発注する側も困るんじゃないか」と思ったんですね。
発注をする側にとってみたら、どこの障害者施設がどんなことができるのかとか、どんな品質でどのくらいの分量でできるのかとか、全く知識がないわけですよね。あと、事務的な手続き。例えば、印刷の仕事1つにしても、データを作るとか、イラストを作るとか、実際に印刷して製本するとか、複数の事業所が関わっているケースが多いんですけども、その一つ一つの事業所と、県や市役所が契約するとなると、契約書をそれだけ作らないといけなくなる。お金のやりとりとかも、複数あればあるほど大変なことになるので、それを一括してコーディネートして、契約も一本化しないと、この法律ができても受注が増えないだろうなと。
当時、私はすでに、特定非営利活動法人ぶうしすてむの理事長として、ITと印刷に特化した仕事を行う就労継続支援A型事業所を運営していました。それで、愛媛県内のIT・印刷関係の事業所とは繋がりがあったので、みなさんに声をかけて、共同受注窓口を作ることにしたんです。誰かがやらなきゃいけないなと思って。事業所主体で共同受注窓口を立ち上げたというケースは、他にはあまりなかったようです。
設立当時の参加団体は11団体。現在(2021年2月)は17団体となった。
知ってもらわないと、始まらない
「みんな、知らない。知ってもらわないと、始まらない」という問題意識があったんです。印刷、IT、ウェブサイト管理とかにしても、技術的に優れている障害当事者の人もいるんだけど、そういうことができる人がいることすら、多分知らないだろうなあと。なので、そういう窓口を作って、市役所や県庁にアピールに行って、うちに相談してくださいっていうのを始めたという感じですかね。それをしないと、受注に至らないだろうなという考えだったので。
―設立以前から、他の事業所と一緒に何かするようなこともあったんでしょうか?
ぼちぼちはありました。例えば、ぶうしすてむでデータを作って、その印刷を他の事業所にお願いしたり。よその県の人からもよく言われるんですけども、愛媛県は、割とIT関係の事業所が多いんです。もともとのそういう地盤もありましたね。それから、ぶうしすてむがA型事業所(障害福祉サービス)を始めたのは、2011年からなんですが、それ以前、2000年くらいから、障害のある人のテレワーク支援を、助成金をもらったりして、やっていました。なので、その頃から横のつながりはあって。そういう土台があったから、この共同受注窓口設立もスムーズにできたというのがあります。
共同受注窓口の仕組み
―2013年に共同受注窓口を設立した時は、どんな仕事が出てくるか予想がつかないと話されていましたが、実際はどうでしたか?
最初は、印刷物のデザインから製本、アンケート入力。手書き原稿をワードに打つとか。そういうのが中心だったんですが、最近は、ウェブサイトの作成、更新業務。動画の撮影から編集までを一括でやるような仕事が増えてきています。
その意味では、発注を受ける仕事の内容は、設立時と今では変わってきましたね。ここ数年の新しいことで言えば、アノテーションという、AIに機械学習させるためのデータを作るような仕事も、させてもらうようになりました。これまでに付き合いのあった企業の紹介で、東京の、AIのデータを作っている会社から、こんなことできますか?という依頼を受けて、やるようになったんです。
まあ、IT業界は技術の革新が早いので、せっかく覚えたものが、すぐに廃れてしまうこともあります。なので、常に新しいものにチャレンジしていく。そこは、これからもずっと続いていくんじゃないかなと思っています。
仕事を、断らなくてもすむように
ー共同受注窓口を設立して、よかったと思うことについて教えてください。例えば、アンケート入力みたいな仕事は、大量の仕事を短納期でやらないといけない。人数が必要なんですよね。だから、複数の事業所で手分けしてやる。逆に、ウェブサイトを作るのは、必要な工程ができる人が1人でも、どこかの事業所にいれば、そこと共同してできる。そういう量的なものと、質的なものと、両方で、この共同受注窓口のメリットが最近出てきたなと感じています。以前は断らざるを得なかったような仕事を、断らなくてもよくなった。忙しい事業所と暇な事業所があった時に、暇な事業所が引き受けてやってくれると、全体の底上げにもなるし。研修会も、個々の事業所ではなく、共同受注窓口としてやることによって、全体のレベルアップにもつながっていくという、そういうメリットもありますね。
―発注元は、愛媛県内からが多いのでしょうか?
自治体は、地元が多いです。民間は、東京、首都圏からが多いですね。距離があっても特に支障はなく、メールとか、オンライン会議システム(zoom)とかでやりとりをしていて。そういう意味で、やりとりはしているけれど、1回も実際にお会いしたことがない人もいます(笑)。
「障がいのある方の全国テレワーク推進ネットワーク」の立ち上げへ
―Good Job !Award 2016への応募のきっかけ、動機を教えてください。
こういうのがあるよ、と声をかけてもらって。大事だなと思って応募したんです。優先調達の時もそうだったんですけど、障害のある人がこういう活動をしているとか、こういう仕事ができるってことを知らない人も多いので、Awardは、知ってもらうきっかけになるなあと。やっぱり、知ってもらう機会が、圧倒的に少ないんですよ。
―Good Job !Award 2016入選の影響は何かありましたか?
いろんな問い合わせをいただきましたね。インターネットで障害者の就労支援をしたいという事業所から連絡をいただいて、連携することも増えました。
それから、2017年に、全国版のネットワーク「障がいのある方の全国テレワーク推進ネットワーク(全障テレネット)」を立ち上げることにもなりました。
障がいのある方の全国テレワーク推進ネットワーク(全障テレネット)
:IT活用で障害者の就労・就職支援を行っている全国8団体によるネットワーク組織。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響
―2020年、2021年は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が多方面にありました。ぶうしすてむの皆さんは、どのように過ごされていますか?
今、うちの利用者さんは、A型は20名(定員20名)。 B型は定員10名で、利用登録は22名います。週に1回しか来れない人とか、長期来れない人とかも含まれているので。22名の登録はあるんだけれど、平均利用は10名くらいですね。年齢は10代から60代まで、まんべんなく。男女比率も同じくらいです。
もともと、うちの事業所は、半数以上の人がテレワークで働いていたんですよ。例えば頚椎損傷で、移動が大変な人もいますし。対人恐怖症とか、精神障害、発達障害などで、聴覚過敏や感覚過敏があって、周りに人がいるような環境では集中できないっていう人もけっこういるので。
コロナ禍になってからは、さらにテレワークをすすめてきました。今は、徒歩や自転車、車など、単独で通所できる人で、来たい人は通所していますが、公共交通機関を使う人は、基本的に在宅にしてもらっています。
―それによって困ったことはありましたか?
人と関わることが少なくなってしまって、話す機会が減り、ちょっとストレスが溜まって調子を崩した人はいましたね。なので、テレビ会議で、週1〜2回おしゃべりするような時間を作るようにして。だいぶそれで、気分が楽になったって言っていますね。
―仕事の受注についてはいかがでしょうか?
受注量は、増えたんです。一番大きな影響を感じたのが、セミナーに関わる仕事が増えたことです。例えば、愛媛県が毎年開催していたような、精神障害者の支援をしている事業所向けのセミナーとか。会場で開催できなくなったので、それを撮影して、動画を編集して、流したりするような仕事ですね。あとは、zoomのセミナーの運営サポートの依頼もいただきました。ウェブ上で申し込みフォーム作ったり、アンケートフォーム作ったりとか、事務局代行的な部分も含めて、トータルで全部お願いしますっていうケースも多かったです。うちはもともと、そういうzoomを使ったりといったことには慣れていたので、これまでの経験を生かして、対応できましたね。
他に、出張などがなくなったので、予算を組み替えて、この機会にウェブサイトを作りたいということでの、ウェブサイト制作依頼も多かったです。
それぞれの事業所が、互いを紹介しあえるような関係性に
―活動のなかで、一番大事にしていることは何ですか?
僕たち、よく勘違いされて「ぶうしすてむさんは、共同受注窓口やっているから儲かるでしょう」みたいなこと言われるんですが、逆に、僕らは持ち出ししているくらいで…笑。最近やっと軌道に乗ってきましたが、設立から数年はずっと赤字でした…。最初から、営利目的ではなかった。というか、他人の利益を優先するじゃないけど、自分たちよりも、一緒にやっている事業所さんたちを大事にする。そういう気持ちでずっとやってきたようなところはあります。
―そういうふうにやってきてよかったなあと思うことは、ありますか?
ありますね。だんだん結果がかえってくるようになった。やっぱりこれだけ長く一緒に協力してやり続けられていることも1つの結果だし、団体の数が増えていることも1つの結果だと感じています。信頼も上がって、県や一般企業からの受注量も増えてきている。それも結果かな。
それと、3年ほど前から、県内全域の、IT以外のところ(清掃、草刈り、農業、物販とか)とも一緒にやることが増えてきました。今までは、例えば農業だったら「うちは農業しかやっていません」みたいなところがあったんですけど、そういうところから「どこかHP作れるところないか」って紹介をもらったり、逆に、僕らのネットワークの農家さんから「誰か収穫の手伝いにきてくれないか」って言われて、農業の団体を紹介したりとか。お互いにお客さんを紹介しあえるようことがだんだん増えてきたのも、この共同受注窓口をやってよかったところですね。印刷、ITの枠から飛び出て、ネットワークができてきたことによって、それぞれの事業所ができることをお互いに知って、紹介しあえるような関係性ができてきました。
いつでも安心して休めるような環境づくり
―働いている皆さんは、どんなところにやりがいを感じているのでしょうか?
自分たちが作ったウェブサイトが公開されて、いろんな人に見てもらえるっていうことは、モチベーションになっているようです。それから、ウェブサイトに限らず、なるべく、お客さんの声が、制作に関わった利用者さんに直接届くようにしています。電話でお話してもらったり、zoomでお話するときに一緒に入ってもらったり。そうやって参加してもらうことによって、役に立っているなっていうことや、達成感を実感してもらえるようにしている。やっぱり、お客さんから直接「ありがとう」と言ってもらえるのが、励みになるみたいなので。そういう機会を、すごく、大事にしたいと思っています。
工賃は、B型は月に17万、18万稼いでいる人もいますが、週に1回しか来れない人もいる。高い人と低い人の差があって、両極端になっています。平均では2万円前後くらいですね。それで良いのか、という話もあるんですけども。ただ、このぶうしすてむのB型は、もともと、A型で毎日4時間働くのが難しい人とか、でもパソコンで仕事をして少しでも社会参加をしたいっていう人のために作ったところがあります。そういう思いで作ったので、わりと緩やかというか。もちろん、工賃を高く目指している人もいるんですけど、まず、その、安心、安全な場所として。ずっと家に引きこもっていた人が、週1回でも出てこれるような、そして、いつでも安心して休めるような。そういう場所として考えているところがあるので、居心地の良さというか、ここなら安心できるという空気を大事にしています。
働きたくても、働けない人のために 在宅勤務のサポートに力を入れたい
―設立から、今に至るまでのお話を伺いました。これからの活動について、教えてください。どんなことに取り組んでいきたいと思っていますか? Award入選後に立ち上げた、全障テレネットでは、厚労省にいろんな意見を出したり、制度の改定についての意見書を出したりしています。こういう全国の組織ができたことによって、テレワークに関する要望が、比較的、取り入れられるようになってきたんですね。今まで、個々の団体で要望書をあげていても、なかなか聞いてもらえなかった。やっぱり、全国の、テレワークをやっている障害者の施設の総意として出すことで、届くようになったと感じています。この全障テレネットで、これからテレワークをしようっていう人向けに、情報発信をしていきたいと考えています。
今、コロナ禍で、厚労省も、障害者の在宅勤務の推奨をしています。でも、テレワークを推進するには、テレワークの経験が必要です。福祉の経験だけではなかなかできない。重度の障害のある人、例えば、キーボードが打てなかったりとか、マウスの操作ができなかったりする人のために、いろんな支援機器もありますが、そういう情報も行き届いていない。私たちは、そういった経験とか知識、ノウハウを持っているので、動画を作ったり、セミナーを開いたりして、伝えていきたいと思っています。
その結果、全国版の共同受注窓口を展開していきたい。全国の、お家で仕事をしている、障害のある人たちで、一緒に仕事をしていくような仕組みができたらいいなと思っています。
さらにその先を言えば、障害者に限らず、なかなか外に働きにいけない人にも仕事を発注していきたい。ひとり親世帯の親御さんだったり、ガンや難病の患者さんだったり、長年引きこもっている人だったり。外で働きたくてもなかなか難しい人がたくさんいることを知っているので、そういった人たちが、社会参加できるような仕組みができるといいなと考えています。
また、今後、障害者雇用で、テレワークで雇うというケースも増えてくると思うので、その導入サポートもできたらいいなと思っています。こういう配慮が必要ですとか、こういうふうにすると、長く働き続けられると思いますとかね。実際これまでも、うちの利用者さんで、東京のIT企業にテレワークで雇用された人もいます。愛媛に住みながら、東京の企業に一般就労したんですね。
今だからこそ、できること
―仕事作り、働く環境作りにも積極的に取り組まれている、そのモチベーションは?
自分自身も、生まれつきの脳性麻痺で、足や手に障害があるんですが、プログラマーとして若い頃からずっと仕事をしてきました。20歳の頃っていうのは、インターネットがなかったから、車で1日600kmくらい走っていたんですよ。フロッピーディスクを持って、プログラムを入れ替えるために走っていた。その当時は、今みたいな働き方は、まずありえなかった。それが、インターネットが普及して、かつ高速回線が普及したことによって、大きな動画のデータでも、東京の企業とやりとりができるようになって。テレビ会議で打ち合わせもできるし。インフラが整ってきたわけですよね。今回、コロナ禍で、全国的に色々なところでテレワークが進んでいます。今だからこそ、できることがあるんじゃないかなと思っているところなんです。
(構成、text:井尻貴子)
えひめICT・印刷共同受注窓口
特定非営利活動法人 ぶうしすてむ
HP:http://www.e-ica.com/
FB:https://www.facebook.com/ehime.ica/
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