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『デザインのまなざし』のこぼれ話 vol.10

マガジンハウスが運営している、福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」で、グッドデザイン賞の連載『デザインのまなざし』の最新エピソードが公開されました。

『デザインのまなざし』とは
「福祉」と「デザイン」の交わるところにある、人を中心に考えるまなざし。その中に、これからの社会を豊かにするヒントがあるのではと考え、福祉に関わるプロダクトやプロジェクトと、それを生み出したり実践されたりしている方々を訪ねる連載です。
https://co-coco.jp/series/design/

第10回に登場していただいたのは、 2023年度グッドデザイン賞を受賞した「求人情報サイト グラツナ」を企画・運営するデザイン事務所〈株式会社方角〉の代表、方山れいこさんです。

方山さんとは、2022年秋に開催されたデザインシップに登壇された際に初めて会い、「なんて真正面を向いているデザイナーなのか」という印象を受けた方です。
クリエイティブを第一とされながらも、それをどう社会の中で、実装させていくかを真剣だが、なめらかに考えていらっしゃいます。

このnoteでは、本編には文字数の関係で載せきれなかった、方山さんがどんなデザイナーを目指していたのか、そして、グラツナが誕生のきっかけのお話を、こぼれ話としてお伝えします。

撮影:川瀬一絵/ 写真提供:マガジンハウス〈こここ〉編集部


株式会社方角 代表  方山れいこさん

―方山さんは、多摩美術大学の環境デザイン学科を卒業後、東京藝術大学のメディア映像専攻の大学院に進み、その後はビジュアルデザインスタジオ〈WOW〉に入社されましたね。学生時代は何を目指していたのですか?

方山:高校生の時に、深夜テレビで「COUNT DOWN TV」を見て、その舞台セットをつくりたいと思い、美大の環境デザイン科を目指しました。ある歌手が歌っていた舞台を見て「これをやりたい!」とビビッときたのです。

大学に入ったら、美大独特の就職などはせず「このままでいい」という魔境に入ってしまい、4年生になってもデザイナーとして就職するイメージが湧かず、自分の内側を表現したくなったので、大学院へ進みました。

当時の私は、ネットで最初に出会った人と、その後リアルで会うことがとても好きだったのです。ニックネームで呼び合う世界から、リアルな現実で再会するようなものが。

黒歴史だと思っていたのですが、大学院のまわりにいた人からは、面白いと言われたので、アプリで出会った人が、その後リアルではどのような接触をしたかを映像作品にしました。

―そして、新卒で〈WOW〉に入社したのですね?

方山:はい。大学院でも、就職は全く考えていなかったのですが、知り合いがたまたま〈WOW〉を紹介してくれたのです。受かるとは思っていなかったのですが、運良く入社することができました。入社後は、アシスタントプロデューサーを経て、インスタレーション系のデザイナーになれたので、高校生の時の夢は結果的に叶ったのです。

その後、デザイナーとして本格的に活動するようになり、転職をする予定で退職をしました。ですが、ちょうどコロナ禍になってしまい、転職活動が全てストップしてしまったのです。

オンライン活動を始めて、そこで、フリーのデザイナーと繋がる機会があり、フリーランスもありかもしれない、とその時、初めて気付きました。半年間フリーランスをやってから会社をつくったのは、女性のフリーランスだと、社会的に下に見られてしまうことが多かったからです。結婚していてフリーだとわかると、仕事は片手間でやっているような印象を持たれたのです。

経営者になったらそういうこと言われないと思って、会社をつくりました。

―グラツナ誕生の契機は、「エキマトペ*」のプロジェクトに関与したことだとお聞きしましたが、どのような経緯だったのですか?

方山:当社は、デザインを行う会社として2021年に創業しました。現在でもウェブやアプリケーションなどのデザイン業務が中心の会社です。

創業半年後に、学生時代の知り合いで富士通で「Ontenna*」を手掛けている本多達也さんから、開発中のプロジェクトに参画してほしいと声をかけてもらいました。試験的な取り組みとして、小回りがきく当社を指名したのだと思います。

*エキマトペ
駅のアナウンスや電車の音といった環境音を、文字や手話、オノマトペとして視覚的に表現する社会実験で、2022年度グッドデザイン賞を受賞。

*Ontenna
音の大きさをリアルタイムに振動と光の強さに変換し、伝達する新しいユーザインタフェース装置で、2019年度グッドデザイン金賞を受賞。

エキマトペ

方山:ロゴマークも私がデザインさせてもらいました。最初のエキマトペは、JR巣鴨駅で2021年9月に3日間限定で、ホームにあったキヨスクの跡地に、ボックスの中にLEDディスプレイを仕込んで、映像を表示させるもので、テキストやアニメーションなどをデザインしました。

最初は「見え方のカッコ良さ」を第一にデザインしたのですが、富士通のろう者の社員に見てもらったところ、もっと「わかりやすさを重視すべき」との指摘を受けたのです。それまで私はかっこいいデザインを率先し、そうした観点をあまりもっていませんでした。

2022年6月から約半年実施した第2弾の上野駅では、アップデートしたエキマトペをデザインしました。省スペース化やコスト削減を意識し、筐体の改善を図り、駅を地域とのタッチポイントとして機能拡張できるよう、地域情報を掲示する機能を追加しました。

―その過程で、大きな衝撃を受けたそうですが、どんなことでしたか? またその衝撃はどうグラツナに繋がったのですか?

方山:特に聴覚障害の当事者から「待っていました」などの直接メッセージを多数いただきました。

その時に「日本には多くの聴覚障害のある方がいること」自体を知ったのです。そうした方との関わりはほとんどなかったので、とても驚きました。

それまでの私は、聴覚障害のある方は、生活ができるだけのお金は保健で受け取り、補聴器をつければ普通の生活が送れるものだと、勝手に思い込んでいたのです。ですが、エキマトペに関与し始めて、聴覚障害のある方の多様さと、多くの苦労をされていることを知りました。

そして、聴覚障害のある方の人たちの生活に関心を持つようになり、その方が、少しでも幸せになれることをしたいと強く思ったのです。当社はデザイン制作会社なので、これをきっかけに、何かプロダクトをつくりたいと考え、いろいろなアイデアの中から、最終的に求人サイトに行き着いたのです。

―そこで「なぜ聴覚障害のある方だけが努力を強いられている社会なのか」と感じたということですね?

方山:はい。例えば、東日本大震災の際に、聴覚に障害のある方が、何人も逃げ遅れてしまったことや、亡くなった方の比率がとても高かった話を聞いたのです。

私が雇われている立場だったらできなかったのでしょうが、私は経営者なので、私が社会に対してインパクトのあるものをやろうと思えばつくれると考えました。会社としての使命はこれだと思い、シフトしたのです。

―昨年、会社のミッションを「障害のある社会をデザインで変える」で、「聞こえない・聞こえづらい人たちが自分らしく生きられる社会構造をつくる」をステイトメントにしたのも、そうした理由からなのですね。

方山:私は「障害は、個人ではなく社会にあるもの」と認識しています。そして、うちの会社が、仮にものすごく大きくなったとしても、デザインという軸は絶対に変えません。ずっとデザイナーとしてやってきましたし、障害のある方との出会いを通じてその可能性をますます感じているので、ミッションの中に「デザイン」の一言を入れたかったのです。

グラツナのトップページには「聴覚障害があってもキャリアを諦めないあなたへ。」のヘッドコピーが掲げられています。
聴覚障害のある人が、知りたい求人情報を簡単に検索でき、ご自身にある障害に合わせた仕事を探すことができます。また筆談か音声認識か、手話かなど選考方法も明記するなど、利用者視点を重視した構成になっています。
それは聴覚障害のあるスタッフを今では9人雇用したことで実現したのだと思います。「ユーザーセンタード・デザイン」という表現は、一般的には形骸化してしまった感があるが、グラツナはあくまで利用者を基軸にして、そしてデザインで社会を変えていこうとしています。
詳しくは、「こここ」の連載『デザインのまなざし』本編を、ぜひご覧ください。