制服の「透け」問題を解決する、透けない白シャツとは【グッドデザイン賞受賞者に話を聞いてみた】
こんにちは!グッドデザイン賞事務局広報の塚田です。
今回の「グッドデザイン賞受賞者に話を聞いてみた」は、2020年度グッドデザイン賞の特別賞であるグッドフォーカス賞[地域・伝承デザイン]受賞作の透けない白シャツ「MIENNE」を開発した菅公学生服株式会社の山田彩加さんにお話を聞いてみました!
MIENNEとは?
「MIENNE(ミエンヌ)」は、学校で着る制服や体操服の「白シャツの透け」という誰もが経験したことのあるセンシティブな課題に対して、新しい生地を開発し、防透け性を高めることで解決したシャツシリーズです。
今回は、MIENNEの開発に携わった山田彩加さんに、プロジェクトの裏話や、制服・体操服への想い、そして在籍されているカンコー学生工学研究所の掲げる多様性のある制服づくりというテーマについてもお話を伺いました。(取材はZoomで実施しました)
最新の学生服トレンド事情
ーウェブサイトを拝見して驚いたのですが、今の制服や体操服って、ものすごくおしゃれになっているんですね。
体操服ブランド 「KANKO PREMIUM」
山田:ありがとうございます。制服では、さまざまなブランドやイラストレーターなどの著名人の方とコラボレーションをしています。体操服も、私が中高生のころは、真っ青や真緑だったりするのが当たり前で、生地は結構分厚かったのですが、今ではネイビーやブラックなどのシックな色も増えていて、生地もだんだん薄く、軽くなってきました。
ーそういえば私もかなり目立つ水色の体操服を着ていました(笑)。さまざまな製品がある中で、山田さんはどのようなお仕事をされているのですか。
山田:私の所属しているスポーツ開発課は、自社が取り扱っている定番ブランドの体操服の開発をメインに行うチームです。素材メーカーと一緒に新しい素材の開発をしたり、デザイナーさんと一緒になってデザインを考えたりと、商品を一から作っていくディレクションをしています。
菅公学生服株式会社 山田彩加さん
透けない、見せない、安心ウェア
ーMIENNEを一言でいうと、どんなものですか?
山田:「圧倒的な透けにくさをコンセプトにしたシャツシリーズ」です。元々は開発した素材をMIENNEと名付けたのですが、その素材を使った商品をMIENNEシリーズとして展開するようになりました。
最初は体操服の半袖・長袖シャツから始まって、今では制服用のポロシャツも含めて全部で10種類くらいのアイテムを販売しています。
ー「MIENNE(ミエンヌ)」という名前は、特徴をわかりやすく表したネーミングですね。
山田:この名前を決めるために、まず社内で候補を広く募集しました。その後、チーム内での検討を重ねて「(下着が透けて)見えない」というコンセプトを、メインターゲットである女子中高生に合わせて親しみやすくアレンジして「MIENNE(ミエンヌ)」という名称を採用しました。
ー製品の開発は、どうやってスタートしたのでしょうか。
山田:そもそも、制服にしても体操服にしても、着用者と購入者と決定者がすべて違うという大きな特徴があります。一般的な商品であれば買った人と使う人は同じだと思うのですが、学校制服では、着るのは学生、買うのは保護者、この体操服にしようと決めるのは学校の先生であることが一般的です。
そして、その3者のニーズを知るために調査を行った結果、「透け」という問題に着目して商品開発を行うことになりました。
ーいろいろな問題がある中で「透け」に着目したのは、どういう理由からですか。
山田:調査結果から、3者すべてに共通した悩みだとわかったことに加えて、個人的にも体育の時のシャツ下のインナーにはすごく気を使った経験がありましたし、当社の中でも常に課題として上がっていたので、今回「透け」対策という問題に取り組むことになりました。
山田:また、ヒアリングなどで分かったのは、女子学生が男性の先生から指摘されて嫌な思いをしたという問題もあれば、逆に男性の先生が女子学生に言いづらいという実態もあるということです。
ーこの製品でみなさんの課題を解決できたということは、かなり反響があったのではないでしょうか。
山田:そうですね。学生のみなさんにアンケートをしたところ、「白色のシャツでここまで透けないということにびっくりした」「インナーに気を使わなくてよくなった」などの喜びの声をいただいています。
制服の「透け」問題を解決するために
ー開発にあたって、苦労した点・工夫した点はどのあたりですか。
山田:透けを解決するもっとも簡単な方法としては、白ではなく濃色のシャツにすればいいというやり方があります。ただし基本的には、まだ「体操服のシャツといえば白色」という意見が大多数です。その中でどこまで透けにくい商品を提供できるかということを課題として捉え、素材メーカーと協力して新たな素材を開発しました。
具体的にいうと、MIENNEでは糸の中に酸化チタンを練り込ませています。
この方法自体は、糸の防透け性を高めるためのベーシックな手法なのですが、練り込む方法を工夫し、粒子を中心部に凝縮させることで、光の透過をより抑える効果のある糸になります。
山田:それから、密に編み込むことでも光の透過を抑えるようにしたのですが、あまりにも高密度に編んでしまうと通気性が悪くなったり、汚れが落ちにくくなってしまうというデメリットもあるので、そのバランスには苦労しました。
ー販売開始後の売り上げはどうでしたか。
山田:これまでの当社の商品では、一番よいスタートダッシュを切ることができた商品になりました。発売から4年ほど経つのですが、まだ継続的に新規の採用もいただいていて、売り上げ的にも好調をキープしています。
これほどMIENNEが求められているということは、それだけ多くの方々にとって「透け」は大きな問題だったのだと感じました。
ーMIENNEシリーズとして、今後の課題や目標などがあったら教えてください。
山田:採用校が増えれば増えるほど様々な意見を集められるので、それを改善に活用していきたいと思っています。実際に、今の透けなさをキープしながら、もう少し生地が薄く軽くならないかという声をいただいているので、それに合わせて新しい素材の開発をしているところです。
「自分らしく」という生き方を応援する
ーここからは、山田さんの所属しているカンコー学生工学研究所についてお伺いしたいと思います。学生を分析する「学生工学」という名前を掲げられていて、面白い取り組みだと感じたのですが、どのような問題意識からこの組織が生まれたのでしょうか。
山田:「学生にとって本当に価値あるもの」を創出するために立ち上げられた組織で、まず調査を行い、課題を抽出し、それに基づいて学生のみなさんに寄り添った商品開発をしています。制服と体操服の開発チームも、この研究所の中に組み込まれている形です。
ーウェブサイトを拝見すると「“かわいい”と制服の関係」「日陰を着る体操服」「LGBTQについて考える」というようなさまざまなテーマの記事が上がっていますが、これは研究所のみなさんが作られているのですか。
山田:そうですね。我々メンバーが一人一担当して、持ち回りで記事を作っています。
ー取り上げる題材はどうやって決めているのでしょうか。
山田:もともと会社で研究していたり、知見を持っているテーマの場合もあれば、ウェブサイトで先行して発信をすることで、意見を集めるのに利用することもあります。自社だけの活動ではなく、大学や専門研究機関、一般企業とパートナーシップを結んで研究していることも多いので、意見は広くいただくようにしています。
ー研究所では、「国籍・障がい・アレルギー・体型・成長など多様な学生たちにとって快適な制服づくりを目指し、実践している」ということですが、やはり実際に学校の現場では、そういった問題意識を抱えているということなのでしょうか。
山田:最近は多いですね。先生方からそれらの課題について何か取り組むことはできないか、とお声がけいただく状況はすごく増えています。
私たちは、学校生活の中で、例えば自認する性と違う特徴のある制服は着たくないとか、体型やアレルギーによってみんなと同じ制服が着られないということが問題にならないように、「自分らしく」という生き方を応援し、サポートするということが使命だと捉えて、解決に向けて取り組んでいるところです。
ー今後取り組んでいきたいテーマはありますか?
山田:いま“ウェアラブル”に興味があって、制服や体操服に測定機器をつけて、学生の健康状態や位置情報をモニターすることを検討したりしています。例えば、運動中に心拍数を測ることで、数値を見て、早期に熱中症を発見するような使い方ができればと思っています。
ただ、体操服は3年間着るということが前提なので、別の価値を付加することで耐久性が損なわれると、今度は体操服としての価値が失われてしまいます。MIENNEの場合もそうなのですが、透けにくさに加えて、快適さを維持しながら、3年間の製品保形を担保する必要があります。その上で、価格もより抑えたものにすることに配慮しています。
ーなるほど。みなさんはそのバランスを取るというところにすごく苦心されているということなんですね。
山田:そうですね。さまざまな面でバランスをとる必要があるというのが、一般のアパレルとの一番の違いかなと思います。
体操服部門、悲願のグッドデザイン賞受賞
ーMIENNEをグッドデザイン賞に応募することは、どのように決まったのでしょうか。
山田:当社としては、この商品を含め計6回受賞したことがありまして、ベスト100に選出されたのは、MIENNEで2回目です。ただ、今まではすべて制服関連での受賞で、体操服では一度も受賞したことがありませんでした。
グッドデザイン賞という消費者の方に広く認知されている賞を取ることで、この商品自体のアピールにもつながりますし、今回はMIENNEがセンシティブな課題に対して取り組んでいることをどうやって評価してもらえるかがすごく楽しみだったので、応募しようということになりました。
ー体操服部門で初めて受賞されたということなんですが、その時はチームのみなさんで盛り上がったりされましたか?
インタビューに同席していた上司の佐藤さん:盛り上がるどころの騒ぎじゃなかったですね!(笑)
佐藤:体操服部門では、グッドデザイン賞に限らず、これまで受賞経験自体がなかったので、悔しい思いをしていました。そこで、ぜひにと山田さんに頼んで、手続きをしてもらいました。
学生工学研究所としても、これまでの制服での受賞に加えて、今回は体操服でも受賞したということで、研究開発の成果が認められた証になりますし、箔がついたと嬉しく思っています。
ーそれでは、山田さんが一次審査の書類作成からずっと担当されていたんですね。
山田:そうですね。MIENNEについて伝えるには、実際に透けにくさを見ていただくのが一番なので、どうやって文章でポイントをお伝えすればいいのかというところがすごく悩みました。文字数制限がある中で、わかりやすく収めるために、何回も書き直して、いろいろな人に見てもらってという工程を繰り返して作り上げました。
それから、審査委員の方に開発背景にある学生服業界のことをわかってもらうための表現についても工夫しました。
受賞対象についての説明文章
ー受賞が決まって、グッドデザイン・ベスト100にも選ばれ、その中から特別賞を選考するプレゼンテーションでも山田さんが発表をされていましたね。
山田:はい。早めの出番だったのですごく緊張しました。
社内の人間には恥ずかしいから見ないでくださいと言ったんですけど、勝手に見られていました(笑)
ーYouTubeにアップされていますからね(笑)
山田:そうですね(笑)。実際には、アップされた動画を取引先の方に見ていただけたり、私の祖父母も喜んでくれたので、すごくありがたかったです。
ー最終的には、特別賞のグッドフォーカス賞[地域・伝承デザイン]に選ばれました。反響はどうでしたか。
山田:社内の営業には、グッドデザイン賞、また初の特別賞を受賞したことでお客様に安心を与えることができていて、商品に対する見る目が変わるので、販売活動の支えになっていると聞いています。
それから、今年の春にMIENNEを採用してくださった学校のホームページで、グッドデザイン賞を受賞したシャツだと紹介してくれていて、本当に嬉しかったです。
個性を持ちつつも、等しくいられる
ー学生時代はどういう勉強をされていたのでしょうか。
山田:実はアパレル業界とはまったく関係がなく、社会学を専攻し、LGBTQに関する研究をしていました。LGBTQカップル専門の結婚式会社の方にインタビューをしてお話を伺うにつれ、性的指向が異なるだけで社会のさまざまな場面で冷遇を受けていることを知り、もっとこの問題に目を向けていかなければと思ったからです。
数多くの人にヒアリングして、どのような課題を抱えているのかを聞いてレポートにまとめたりしていたので、そういう意味では、今の研究所での仕事に生きていると思います。
ーこの会社への入社を志した理由を教えてください。
山田:地元出身で親しみのある会社ということもありましたし、学生服の開発を通じてさまざまな課題解決に取り組んでいるということを知り、好感を抱いて入社を決めました。
ー仕事をするうえで、新しいものを作るにあたって大事にしていることや心がけていることはありますか。
山田:どういう人がどういう場面で何のために使うものなのかということを真剣に考えて、商品開発を行っています。もちろん保護者や学校の先生に配慮しなければいけないのは当然ですが、まずは着用する学生の方々の気持ちに寄り添った商品開発をしていきたいと思っています。
ー最後に、今後の目標を聞かせてください。
山田:学校の中ではみんなが等しくいられる。その中で自分らしさを出せるためのものが制服そして、体操服だと思っています。
今後もこのような課題解決に貢献する新しい商品を開発して、またグッドデザイン賞を受賞できれば嬉しいです。