「かたち」を丁寧に言語化する〜2022年度グッドデザイン賞 審査の視点セミナー[プロダクト部門]レポート
4/15に開催した、審査の視点セミナー [プロダクト部門] では、審査委員長の安次富隆氏と審査委員の山田遊氏に、応募をご検討中の方に向けて、グッドデザイン賞の評価のポイントや応募に期待することをお話しいただきました。
また、昨年度グッドデザイン金賞・ベスト100に選ばれた3社をゲストにお迎えし、応募時に気をつけたことや注力した点、受賞の目的や意義などについて伺いました。
なお、当日の録画はYouTubeでも公開していますので、全編をご覧になりたい方は以下のリンクからどうぞ。
昨年度を振り返って
安次富 昨年度大賞を受賞した「遠隔就労・来店が可能な分身ロボットカフェ」にも言えることですが、大企業が緻密に商品を企画して提示したものではなく、個人の思いが地道な努力によって実現に向かっていたものが多く見られたことが、昨年度の大きな特徴でした。本日ゲストでお迎えしている株式会社ミヤゲンさんもそうですが、すごく迅速にアイデアをアウトプットして製品化されています。
山田 昨年度もプロダクト分野の審査を担当しましたが、生まれてくるプロダクトが時代の状況を色濃く反映しているということを感じました。コロナ禍で行動自体が変化したことによって、社会状況の写し鏡のようなプロダクトの応募が多くありました。
安次富 今年度のテーマは「交意と交響」です。人の役に立ちたい、社会をより良くしたいという意志の力が発端にある行為こそ、デザインです。それをさらに他の分野で、他のデザインと交えていくことがとても大事であるという視点で、このテーマを掲げています。
アイデアから商品化までを迅速に/株式会社ミヤゲン
安次富 なるべく小さなエネルギーで大きなことをやる、ということが個人的なデザインの指標であるので、「easy脱着ガウン」はその点でも高く評価しました。また、私自身プロダクトデザイナーですから企画から開発、製品化までのプロセスにどれほど時間がかかるか、大体予測できるところがあるのですが、「easy脱着ガウン」はコロナが起きて1年弱で製品化に至っており、ものすごく迅速に製品化されていることに非常に驚きました。開発から製品化まで実際にどのくらいの時間がかかったのでしょうか。
杉田(株式会社ミヤゲン) 商品開発に関する話し合いという段階ではおよそ1週間ほどでした。それからアイデアを実現するための機械の検討や導入などを含めて検討からおよそ2、3ヶ月で製品化に辿り着きました。
安次富 すごいですね。おそらく大きな会社であれば決定までのプロセスに時間を要することがあると思いますが、開発の決定権のある方が即断する環境があるということですね。
宮元(株式会社ミヤゲン) コロナの蔓延によって医療用のガウンが足りなくなり、地元のNPOの方々が手作りするというので、ガウンの材料となるゴミ袋を寄付しましょうというのがそもそもの始まりでした。サンプルを見せてもらったのですが、実用化には不十分だと感じ、それならば、従来の袋を製造する技術を使って量産できないかと、開発を始めました。「easy脱着ガウン」は、ワンマテリアルを実現するため、袖口や襟にゴムやマジックテープなどは使用せず、単一素材で仕上げています。
安次富 制限があったからこそ、ミニマムな製品ができたのですね。腕や襟など構造的に複雑な部分も多い中、安価に製造するために知恵の見せ所が随所にあり素晴らしいと思います。様々な工夫が施されていて、一度工場にお伺いしてみたいほどです。
山田 2ヶ月というのは驚異的な速さですね。コロナのような状況に見舞われたとき、トップがいかに決断して製品化を進めることができるのかが求められてきます。どうしても開発に時間がかかるプロダクトという分野において、経験やノウハウ、知恵を絞らなければ製品として一定のクオリティは担保できないでしょう。この製品が昨年金賞に輝いたのも、そういったところが高く評価されたのだろうと思います。
いかにわかりやすく伝えるか
杉田 グッドデザイン賞では一次審査が書類、二次審査では商品を会場に設置して見ていただく現物審査で、直接ご説明できる状況ではありません。いかに文字だけで、特殊なことをわかりやすく説明するか、工夫していることをディスプレイでいかにわかりやすく見せていくか、が最も重要だと思います。
▼[easy脱着ガウン]説明動画
山田 書類で見るのと現物で見るのとでは、審査における解像度は当然変わってきます。プロダクト分野は建築や取り組みに比べると現物を確認できるので比較的審査しやすい感覚がありますが、その中でもどのように伝えるべきかと考えられていることは、実際に審査する身からしても大事なことです。ものだけが置かれているよりも、伝えかたに心遣いや工夫があることは大切ですね。
課題を熟知したデザイン/株式会社ドリーム
安次富 ご説明の全てに説得力があり、微に入り細に入りリアリティがあります。避難所にはどんな問題があるのかを熟知してデザインされています。ここまで丁寧に作り込まれた防災寝袋は見たことがなく、感動しました。
山田 昨年度の審査の際、担当カテゴリーに応募されていたので、とてもよく覚えています。避難所での犯罪や女性や子供を守るという視点で作り込まれていることがわかり、ここまで配慮の行き届いた防災グッズはなかなか存在しないと感銘を受けて、グッドデザイン・ベスト100の候補として選出しました。
▼[SONAENO クッション型多機能寝袋]説明動画
客観的な視点で商品を見つめる
渡邉(株式会社ドリーム) グッドデザイン賞への応募を検討する際には、グッドデザイン賞が掲げる「審査の視点」を参照して、実際に応募する前に社内で採点しあい、客観的に応募する商品を選定することにしています。
山田 ドリームさんの製品は別の応募カテゴリーでも審査させていただいたことがありますが、多岐にわたる製品を作られている中で、社内でそのような機会を持たれていると知り驚きました。
グッドデザイン賞を受賞する意義
渡邉 グッドデザイン賞に応募する意義は複数あります。ひとつは、お客さまからの信頼や安心です。一度だけではなく、毎年受賞することで信頼感を積み重ねていくことが重要だと考え、受賞できる企業体制やものづくりのあり方を模索しています。また、弊社は60~70名ほどの規模の会社ですが、企画者やデザイナーが自分ごととして捉えられるという点です。名前が外部に出ますし、社内のモチベーションにつながっていると思います。最後に、他社とのコラボレーションなどの広がりです。ひとりでも多くの方の目に触れる機会を増やしていくためにも、毎年応募しています。
山田 グッドデザイン・ベスト100への選出は初めてですよね。
石川(株式会社ドリーム) はい。とても光栄です。受賞によって各種メディアで取り上げていただく機会が非常に増えていますし、ニュース番組だけではなくバラエティ番組など、様々な媒体で取り上げられています。社内でもトロフィーや表彰状をショールームでご覧いただくことで営業活動に活用しています。
社内で相互に連携し全体をデザインする/富士フイルム株式会社
安次富 昨年度グッドデザイン金賞を受賞された富士フイルム株式会社さんの「DR CALNEO CROSS」のポイントは、21年度のグッドデザイン・ベスト100に選出されたデジタルX線画像診断装置 [FUJIFILM DR CALNEO Flow]と放射線治療計画支援ソフトウェア [SYNAPSE Radiotherapy]、これらが組み合わさり一つの製品となって威力を発揮しているという点です。単体をデザインするという視点ではなく、それぞれが相互に連携している。大きな企業の中でやり遂げていくのはかなりハードルが高いことだと思います。担当部署も異なる、工場も異なる、といった中でどのようにマネジメントされているのでしょうか。
小倉(富士フイルム株式会社) まさにそこが最大のポイントでした。医療機器のデザインにおいてはシステム全体への視点が必要だと思っています。我々メーカーが一製品の性能を高めるだけでは、医療の現場において検査全体を改善することは困難です。そのため、検査プロセスをよりよくするという観点から、装置を開発しようと考えました。つまり、社内でシステム全体への認識を高め、現場に対する想いや価値を共有していくことが重要なのです。以前はそれぞれの担当部署によって考え方が異なっていましたが、現在は同じ目的を持つことを重視するという姿勢が現れ始めています。
山田 過去の受賞作を見てもデザイントーンが踏襲され、一貫性が見え、純粋にデザインとしてかっこいいものを作られているという印象があります。これら目に見えるデザインにおいては御社らしさをブランドとして整える際に意識していることはありますか。
小倉 プロダクト面ではカラーリングが今回の特徴でした。通常の医療機器は検査室などで使用されることを想定し、処置に集中させるため白いものが主流です。ただ、手術室やICUなど救急の現場では視認性や明瞭性を高めるため機器だけでなく空間全体のカラーがそれぞれに最適化されています。そのため今回の製品ではブラックアンドシルバーという機能的なカラーを採用することになりました。LEDやモニターを明瞭に見せるブラックと、汚れが目立ちにくいシルバーとをカラーリングし、機能的な目線で思考した結果が反映されています。
岡部(富士フイルム株式会社) UIも、単に専門の医師や技師がわかればいいということだけではなく、端正な美しさを盛り込むことを意識しています。画面の中だけではなく、機器全体、空間全体としての使い勝手や操作性、体験としての心地よさを考慮したデザインを心がけています。
グッドデザイン賞に応募する意義
小倉 グッドデザイン賞の特徴として、デザインはもちろんですがそれ以上に社会的価値や社会的意義の部分を審議されている印象があります。医療関係者に製品を提案すると、現場での使いやすさにばかり目がいってしまいがちです。しかしグッドデザイン賞に応募することで、いろいろな分野のデザイナーに純粋にデザインを見てもらい、製品の意義を問うことで本質がよりわかりやすくなる気がします。私たち自身の指標になりますし、腕を試されているなとも感じます。
小倉 審査では、直接製品の説明をできるわけではないため、言語化と可視化が重要です。その中でも特に、「言葉にならない思い」や「ユーザーの思い」を言葉ではない形でも見せられないかと工夫しています。現場の温度やスピード感も含めて、製品の本当の価値を審査委員に伝えるためにも、動画やビジュアルを工夫して、他の手はないかと模索しながら、チャレンジしています。
今年度の応募に期待すること[プロダクト部門]
安次富 3社の皆さんのお話を聞き、応募者の方々にお会いしてお話を伺える時間が最も幸せだなと感じます。グッドデザイン賞は、単に上からの評価ということではなく、これから世に出るものや、まだ世の中で価値が定まっていないものを応援する、という側面が強くあります。こうして後押ししていくことが審査委員としての一番の使命ですね。
山田 応募書類や現物の隅々にまで目を通し、他の審査委員と話し合いを重ねていくうちに、審査委員というよりもサポーターのような感覚で製品や企業の方々と接することができ、毎年感慨深いです。
安次富 グッドデザイン賞の応募対象は、プロダクト以外にも建築やサービス、仕組みのデザインなど形のないものも含まれています。その中で、プロダクトデザインは単なる物のデザインのことだけであるかのように誤解されている傾向があります。しかし、実際受賞しているのは、その「物」があることで「事」が変わる、つまり「物事」がセットで考えられているものです。審査委員は応募シートを非常に読み込みます。ですから応募の際には対象となるその物自体ももちろん大切ですが、周りの物や事とどう響き合っているか、その物があることによって何がいいことなのか、というところをしっかりと伝えてください。ただスタイリッシュだから、綺麗だから、ということだけではない、「かたち」の言語化を丁寧にしていただきたいなと思っています。
皆さんのご参加をお待ちしております。