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地球の上を滑る

旅好きの僕はこれまで何度も飛行機に乗ってきた。だけど、陸地に足をつけていることに安心するタイプの僕にとって、飛行機は何度乗っても慣れることはない。何しろ地上から10,000mも上を飛ぶのだ。その高さは、僕の身長で言えば、5,882人分に当たる。5,882人分の高さに向かって飛行機が離陸していくとき、同時に現実世界とも離れていくような気がする。普段であれば、僕と日常は強力な磁石でくっ付いている。でも、飛行機はそれを引っぺがす力を持っているのだ。

離陸して、日常からも浮遊した僕は一瞬とても自由な気分になれる。出かける前に皿洗いをしていたことなんて、はるか遠くの出来事に思えてくる。5,882人分の高さに向けてだんだんと上昇していく飛行機が、次々と薄い雲を突き抜けていく。未来の僕はもう皿洗いをしなくてもいいんだ、そんな意味不明の錯覚にさえ囚われる。

やがて飛行機は上空10,000mで安定した飛行を始める。だけど、僕は頭の中に地球儀を思い浮かべて、少しがっかりする。はるか遠くに飛んでいるはずの僕は、単に地球の上を滑っているに過ぎないからだ。地球の直径は12,742kmであり、飛行機は地上から10kmに位置している。地球の直径からすれば、その割合はわずか0.08%に過ぎないのだ。そう、日常から脱したかに思われた僕は、本当はわずか0.08%しか離れられていなかったのだった。やはり強力な磁石の影響は凄まじいようだ。

ひとつのみかんを想像する。ヒマラヤ山脈さえも、地球の直径の大きさからすれば、それは表面のちょっとしたデコボコに過ぎない。ちょうど、みかんのデコボコのようなものだ。僕らは海外旅行に行くとき、みかんの上を飛行機で滑るようにして移動する。0.08%の浮遊は飛んでいるというよりも、滑っているといったほうが実際に近い。みかんの表面のあっちへいったり、こっちへいったりしているだけなのだ。

そう考えると、僕らは地球のほんとうに限られた場所にしかアクセスできないのだ。地球の皮を剥いて、地中に潜ることもできなければ、普通の人は深海へ旅行に行くこともできない。地球の空気の皮の外側である宇宙に行くのも一般人には程遠い夢だ。

今の僕らにできることは、せめて地球の皮の上を自由に移動できることに感謝して、面白がることだ。皮の上にもまだ面白いことはたくさん残されているはずだから。


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