僕はうんちをいつも持ち歩いてる
今日はちょっとうんちのお話。
トイレに行ってうんちをするとき、「ああ、うんちが出たー」とは思うが、「今までうんちが体の中に入っていたんだー」と思う人はあまりいないだろう。
うんちというものは体の中に入っている間はほとんど意識されない。ところが、うんちが外に出た瞬間、「やだぁ、汚い」という目で見られる。体の中にあって、ただ目の前に見えていないというだけで、うんちの存在は意識からはほとんどないのと同じになるのだ。でも、外に出ると、急にうんちは意識され、ついさっきまで一心同体だったはずなのに、いきなりバイバイ扱いへと変わる。
僕がある日、ふと、トイレで「今までうんちは体の中に入っていたんだ!」ということに明確に気づいたとき、考えてみればほとんど24時間ずっと僕の体の中にはうんちがあるんだということを意味していることにも気づいた。
うんちというものは出てからが注目されやすいが、実は出ていない間、僕らはいつもうんちを持ち歩いているのだ。夜にはうんちと一緒に寝ているのだ。走ればうんちも走るし、ジャンプすればうんちもジャンプするのだ。
僕らは、見えていないというだけで、まるでそれが存在しないかのような錯覚を起こしてしまう。僕らは、自分が認知できる範囲の世界観の中でしかいきていないんだろうと思う。
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