【社内改革事例】才能あふれる作曲家は社内にいた! 部署・職種を超えて挑む風土を体現した「弥生のオリジナル保留音」プロジェクト
アワードの受賞・ノミネート取り組みに限らず、全国のみなさんが取り組むさまざまなGOOD ACTIONを取材しご紹介していきます。
【企業・団体名】
弥生株式会社
【取り組みの概要】
中小企業・個人事業主に向けて、クラウド会計ソフトなどの多様な事業を展開する弥生。20年以上にわたり使い続けてきた電話保留音を変更するにあたり、外部サービスを活用するのではなく、音楽に高い専門性を持つ社員(音楽大学出身、個人活動としてピアノ講師も担当)にオリジナル音源の作曲を依頼し、正式な保留音として採用した。完成した保留音は社内で好評を得るだけではなく、電話口で聴いた顧客からも「とても良い曲」「どこで販売しているのか」といった好反応が寄せられている。
音楽制作の専門部署があるわけではなく、社内での本業も音楽とは無関係である社員の「得意」に注目したのはなぜだったのか。その背景には、課題解決に向けて部署の壁、本業の壁を軽やかに乗り越えていく同社の風土があった。
●スタッフから寄せられた「保留音の問題点」
どんな企業でも当たり前のように使われている電話の保留音。しかし、保留音が社員や顧客にどのような影響をもたらすのかを真剣に考え、追求している企業は決して多いとは言えないだろう。
弥生株式会社の「オリジナル保留音プロジェクト」を進めた原翔太郎さん(顧客サービス本部 PMOファンクション)は、ふとしたきっかけから保留音の意義を見直すことになったと振り返る。
「私が所属するPMOファンクションでは、お客さま向けの電話受付システム改修やアウトバウンドでご案内する際のオペレーション運用など、顧客サービス全体に関わる基盤作りを担っています。その業務の過程で、お客さまと直接向き合っているオペレーターから『保留音が気になっている』という声を聞いたのです」(原さん)
「保留音の音割れを不快に感じる」
「お客さまから『保留音がうるさく感じる』というご意見をいただいた」
スタッフ向けアンケートから浮かび上がってきたのは、原さん自身もそれまであまり意識したことがなかった保留音の問題点だったという。
●顧客から頼りにされている電話対応だからこそ
ただ、近年ではカスタマーサポートのあり方が多様化し、メールやチャットなどのオンライン対応に力を入れる一方で、電話対応にかけるリソースを削減する企業も増えている。
そうした企業にしてみれば、保留音は究めて限定的で小さな問題だと感じるかもしれない。なぜ弥生は、あえて保留音の見直しをプロジェクト化したのだろうか。
「もちろん当社もカスタマーサポート業務の効率化には力を入れています。しかし当社の強みである業務ソフトのサポートにおいては、お困りごとを抱えているお客さまへ電話で丁寧に対応することが欠かせません。
年間で見れば約120万件の電話お問い合わせがあり、確定申告に関するご相談が急増する繁忙期には特に電話が集中します。私自身も入社当初は確定申告に関する電話対応を経験しており、お問い合わせ内容によってはお客さまをお待たせしてしまうこともありました。そんな現場を知っているからこそ、保留音に問題意識を持つメンバーの気持ちは痛いほどよく理解できました」(原さん)
そこで原さんはプロジェクトを立ち上げ、保留音の見直しを進めることとなる。
以前の保留音は1980年代の人気映画のテーマ曲。音源はCDから録音したものをそのまま使用していたため、ところどころに音割れも見られた。そのため原さんは保留音を販売する外部サービスをあたり、さまざまな音源を試聴してみたものの、「これだ、と思える音源には出会えなかった」という。
「そんなときに同じ部署のメンバーから『音楽に深い素養を持つ社員がいる』と聞き、オリジナル音源の作曲を依頼できるのではないか、と考えたんです」(原さん)
●会社公式のオリジナル音源を作るプレッシャー
保留音プロジェクトが進む中で白羽の矢を立てられたのは、顧客サービス本部に所属する立田敦之さん。
物心も付かない頃からピアノを習い始め、音楽大学へ進み、最終的にはドイツの国立大学で学んだ音楽の専門家だ。弥生の社員として働く現在も、プライベートでは個人活動としてピアノ講師を務めているという。
ただ、そんな立田さんも、社内で日頃担当しているのは音楽とは無関係の仕事だ。原さんからオリジナル保留音の作曲を依頼された際には「不安もあった」と打ち明ける。
「私はクラシック音楽を通じて過去の偉大な作曲家の作品から学んできましたが、作曲自体を専門としているわけではありません。以前に所属部署のテーマソングを作ったことはあるものの、電話保留音となれば会社公式で、外部に向けて発信されることになります。その意味ではプレッシャーもありましたね」(立田さん)
それでもプロジェクトからの依頼を二つ返事で引き受けたという立田さん。
「入社以来ずっとお世話になっている会社と仲間たちのために、自分の得意領域を生かして恩返しをしたいという思いがあったんです。やるからには、たくさんの方に喜んでもらえる曲を作ろうと決意しました」(立田さん)
●「ハ長調」と「3拍子」に込めた作曲者のこだわり
立田さんが依頼されたのは1分間のオリジナル音源だった。その制作にあたり、「保留音は場合によっては何度もくり返して聞かされることになるので、ループしてもできるだけストレスにならないメロディーや構成を意識した」と振り返る。
「今回の保留音では、ハ長調(ピアノの白鍵のみで構成される音階)を採択しています。これは、「熊蜂の飛行」を作曲したリムスキー=コルサコフが、12音階ある調性を自身の共感覚で色に例えているんですね。その中でも、ハ長調は白と表現されており、弥生のイメージにも近しいことから参考にしました。
また、3拍子にするという工夫も凝らしています。1つの小節を3で割っても完全に割り切ることができない不完全さ≒人間らしさを3拍子のリズムで表現することで、自然な温かみが生まれることを意識したんです」(立田さん)
完成した曲は立田さんの知り合いのピアニスト・丸山耕路氏に弾いてもらってレコーディングし、プロジェクトへ納品。制作期間は全体で約2週間というスピード仕事だった。
無事にリリースされたオリジナル保留音へは、作曲者である立田さんが想像していた以上の反響が寄せられているという。
「新しい保留音を聴いた人からは『癒やされる』という声をたくさんいただいています。まさに私が狙いとしていた部分なので、この反応はうれしかったですね。
電話対応にあたっているメンバーからは『お客さまに新しい保留音をお褒めいただいた』という声も。保留音に対してお客さまが感想を寄せてくださること自体に感謝しています」(立田さん)
見事にオリジナル保留音の制作をやり遂げた立田さん。その評判は社内に広がり、2023年には人事部門から「ラジオ社内報のオープニングテーマを作曲してほしい」という新たな依頼が寄せられた。
「弥生という会社の中に、曲を作る仕事がこんなにたくさんあるとは思いませんでしたね」と立田さんは微笑む。
●保留音の事例を通じて「小さなチャレンジ」を後押ししたい
「短期間のプロジェクトにも関わらず、立田さんが作ってくれた音源は想像をはるかに超えるクオリティで感動しました」。プロジェクトを主導した原さんも、驚きを込めてそう語る。
新しいオリジナル保留音は2022年11月に社内発表され、2023年1月より大阪と札幌のカスタマーセンターで運用が開始された。その後は東京本社でも導入され、最終的には弥生全体で使われるようになった。
社員の本業以外での才能に着目し、事業全体に影響を与えることとなった保留音プロジェクト。その舵取りを進めた原さんには、社内のメンバーへ本業以外の仕事を依頼することに抵抗はなかったのだろうか。
「弥生ではもともと、困りごとがあれば別の事業部のメンバーにも気軽に相談する文化があるんです。だから立田さんにオリジナル保留音の作曲を依頼することについても、まったく抵抗感はありませんでした。
加えて、これまでの慣例を廃し、新しいことに挑戦してみたいという思いもありました。外部購入すれば一瞬で導入できる保留音を、あえて社内の才能あふれる人に作ってもらう。そんな取り組み事例が、今後の小さなチャレンジの後押しにつながっていけばいいなと」(原さん)
事実、弥生の社内ではさまざまなプロジェクトが立ち上がり、所属部署や担当業務にとらわれることなく、社員が主体的に手を挙げて挑戦する光景が広がっているという。
日々の業務で感じる課題は、自分自身のアイデアと行動次第でいかようにも乗り越えていける。オリジナル保留音が体現しているのは、そんな同社のスタンスなのかもしれない。
WRITING:多田慎介
※本ページの情報は2023年12月時点の情報です