【小説】「天国のこえ」2章・天国のこえがきこえますか?
仕事に忙殺され、毎日毎日、重い身体を引き摺るようにして、会社と、家とを往復していた。
私は疲れていた。
それにしても。
「はあ…今日は参った」
泣き腫らした目を擦りながら、なるべく他人から顔を見られないように、私はとぼとぼと歩いていた。
仕事の凡ミスで、まさかあんなに大声で怒鳴られるとは思っていなかった。仕事を始めてから六年目。新人ではないといえばそうなのだが、他部署に異動してから一年が経つ頃だった。
不慣れな仕事を、キャパオーバーなほど抱えていて、日に日に精神を削る日々だった。よりにもよって隣の席に座る、所謂お局様にも、好かれていないことはわかっていた。
しかし、別に転職を考えるほど思い詰めている自覚はなかった。
大きな規模の会社に運良く拾ってもらい、大卒だから月給もびっくりするほど低いということはない。週休二日、福利厚生もそれなりに整っている。
その大事な週休二日も、いつの間にか寝て過ごすようになってしまったが。
「本屋でも…寄ろうかな…気分転換に」
疲れはピークに達していたのだが、その頃の私は、まっすぐ家に帰る事をしたくなかった。
どうせまっすぐ帰っても、一人。
愚痴を聞いてくれる家族など、とうにいなくなってしまった。
両親は、私が二十歳の時に病死。きょうだいもおらず、親戚付き合いも薄く、一人暮らしもすっかり慣れたものだった。
一人暮らしも、最初こそ好き勝手に、休みの日も充実した日々を送っていたものだが。今は家で自炊をするのも面倒で、外食することも多かったし、本がこの上なく好きなので、本屋をぶらぶらして、大好きなミステリ小説の新刊がでれば手にとってゆっくり読むのが癒しになっていた。
会社近くの、県内いち大きな本屋は、いつ来ても魅力的なジャングルだった。
ふらふらと色んな本棚を眺める。気がつくと、「精神世界」と名がついたコーナーに立っていた。
「精神世界…?ってなんだ?」
私はひとりごちた。
誰もいないフロア。ここに立ち寄る人はそういないのだろうか。私も初めて見たコーナーだった。
本棚には、「神様と対話する方法」「運を良くする10の法則」などといった、普通の人なら「胡散臭い」と言わんばかりの本がぎっしりと並んでいた。
「えー、なにこれ面白そう…」
「おまじない好き」な私の心がうずく。
「こういうの読んだら…今の人生なんか楽になるのかな…」
すると、ふ、と目立つオレンジ色の本が目に入る。
表紙には、ポップな文字でこう書かれていた。
「天国のこえがきこえますか?」
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