見出し画像

【日本一バカで美しい旅】国道1号踏破 #4 人造


前回はこちらから。


計画寝坊

 目が覚めると、もうすでに、時計の針が2本とも、頂上にさしかかろうとしている。
 けど、思わず寝坊したわけじゃない。
 これからの行程を考えたとき、滋賀県と三重県の境にある山をこえるのに、朝一から万全な状態でのぞもう、となって、その逆算で、今日はその手前まで行こう、とはじめから決めていたからだ。だから、しっかりと休息をとって、短い距離を着実に進もうとしたわけだ。


 そういうことで、今までで一番ゆったりと歩き始める。こころの余裕、ってやつだ。

 空もそんな自分のこころをそっくりそのまま映すように、これまでになく晴れやかだ。

故障


 しばらく、意気揚々と歩く。


 太陽がさっきの時計の針より少し遅れて、いちばん高いところに迫ろうとしているころだった。突然、からだの下半分に、ともすれば雷に打たれたと感じる衝撃が走る。

 空はこんなに晴れているのに、そんな急な落雷をうけて、一瞬思考回路がショートする。


 左ひざが痛い。歩くたび、かたいコンクリートからの反発力を一身に受けて、絶え間なく悲鳴を上げ続けている。
 陸上のトラックみたいにまっ平らじゃない、なんども踏みしめられて、ぼこぼこしている歩道を歩くたび、その尖りがぜんぶ、ひざに直接突き刺さってくるように感じる。冷汗がとまらない。

 さっきまでやわらかかった日差しも、急に残酷になって、全身を突き刺してくる。

プラモデル


 けど、立ち止まるわけにはいかない。明日は山を越えないといけないし、そこで終わりじゃなくて、そこからもずっとずっと歩き続けていかないといけない。

 歩きたいけど、歩きたくなくて、まだ、序盤なのにそんなことでつまづいている自分が嫌になって、地団駄を踏むみたいに、力強く歩くから、ひざが余計、痛む。


 いつか、ひまつぶしに作ったプラモデルを思い出す。あんなふうに、自分の足も簡単に取り外しして、新しいものにつけかえられたら、どんなにいいだろう。

 そんなふうに、現実逃避していると、だんだんスーパーやチェーンのファストフード店なんかは姿を消し始め、ぽつぽつと、工場や材木所があるだけになる。けど、そこにも当然、自分の足の代わりになるパーツなんか、おいてるはずなんてない。いよいよ、心に暗雲が立ち込める。

 そんな自分とは裏腹に空は依然として、カラッと晴れあがっていた。


追加装備

 もういよいよ、まちの喧騒がなくなりかけたあたり、国道1号沿いを少し離れたところに、それはあった。見えない霧をかきわけた先に、とつぜん現れたから、初めは蜃気楼にも思えた。

 広い駐車場をたずさえたそのホームセンターは、厳かな面持ちをしている。いつかどこかで立ち寄ったオアシスとは比にならない、その堂々としたたたずまいは、もはや砂漠の王宮である。

 最後のちからを振り絞って、その門をくぐり、広い城内をさまよって、ついにサポーターという名の追加装備を手にしたとき、どこからともなく、昔好きだったRPGゲームで再三聞いた、あのレベルアップ音がなった気がした。

だれもしらない

 ホームセンターをあとにして、ふたたび、ゆっくりと歩き出す。まもなく、家も店も、自販機さえない道にさしかかる。


足の痛みも忘れてしまうほどうつくしい。


 けっして、ひざの痛みが消えたわけではない。けど、まちの喧騒どこ吹く風なそんな風景を眺めながら歩くと、自然と心が踊る。

 せいぜい、車が猛スピードで通り過ぎていくだけで、人通りはいっさいない。誰もじっくりとは知らないこのうつくしい景色を、独り占めしていると、いつしか、自然と、きしむひざまで軽快に踊り始める。

田んぼとハイウェイ


 軽快に歩き続けると、真新しそうな高速が合流してきて、眼下には悠然とした田んぼが広がってくる。


高速道路と一直線につらなる雲が直角に交差している


 その、自然の田んぼと人工的な高速道路のコントラストもまた、とてもうつくしい。

 けど、一見、田んぼは自然のかたまりにみえても、実は、それは、荒れた本来の自然の土地をきちんと区切って、畔や水路なんをととのえて、効率よく作物を植えた、まさに人工物の集成なんだ、と思う。

 道だっておなじだ。そこには、自然の山も、人の集まる街もあるけど、それらを誰かがうまくひとつづきのものしたに過ぎなくて、仮に、誰の意図があるということもなく、気がつかないうちに、そこにあった道でさえ、それを道と認識して、それを道と名付けるまでは、それは道になり得ない。
 この国道1号だって、山を突き抜け、川をまたいで走っているけど、誰かが、そのひとつづきをそう名付けたから、今自分はその上を歩いてすすんでいる。

 自分自身だって、けっして自然に発生したわけじゃないといえば、そうだろう。
 じゃあ、自分の心は?
 
 もしかしたら、それを自分の心と認識している時点で、自然のものじゃないのかもしれない。何らかの、人間にはとうてい知りようがない、アルゴリズムにしたがって、一定のリズムで、上下を繰り返す、高次元的には無機物なのかもしれない。

 自分たちは、だれもしらないところで、計画的に故障やその修理をくりかえす、プラモデルみたいなものなのかもしれない。



 ふたたび、喧騒のあるエリアへたどり着くと、よくできたもので、ひざの痛みはすっかり引いている。飲み物みたいに流し込んだカレーは、明日の潤滑油になる。

 いつのまにか、空は一面、先の見えないところまで、闇に覆われていたけど、それもまた、しばらくしたら、きっといつもみたいに明るさを取り戻すんだろう。

3日目の成果

・踏破ルート おふろcafeびわこ座前(滋賀県)~水口道路さつきが丘口交差点(〃)   ーーーー約 23,700m
・総移動距離 92,000 / 539,300m

4日目はこちらから。


 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?