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鬼怒川旅行① 1日目 銀座ランチと鬼怒川温泉郷

 コロナが明けてから久々の旅行、私は友人2人と共に東京行きの飛行機に乗っていた。
 今回の旅はこの2人の他に東京で合流する友人1人を加えた計3人とのぶらり旅なのだが、友人A、友人B、友人Cなどと書いていたら誰が誰だか分からなくなること請け合いなので普通にそのまま表記したい。
 文中に急に「おば」「ユカコ」「ユキ」の名称が出てくるかと思うが全て友人の名前なのでお気になさらず。

 とにもかくにも無事に羽田空港についた我々3人は、残り1人と合流するとさっそく銀座へと向かった。
 本日の旅の目的地は鬼怒川なのだが東京から鬼怒川に着くまでなんと3時間近くかかるらしく、先に昼食を食べる事にしたのだ。
 せっかく東京で食事をとるからには何か特別感のある良いものが食べたい。漠然とした希望を元に導き出された場所、それが銀座だったのだ。

 辿り着いた銀座、煉瓦亭の前には昼時ということもあって多くの人が並んでいた。
 飲食関係の仕事をするユキ曰く、ここ煉瓦亭という洋食屋はそれはもう歴史ある店で、カツレツやら何やらはこの店が発祥と言われており名前は忘れたが数々の著名人も訪れているらしい。そんなに美味しいのか。高まる期待、進まない行列。
 待つことしばらく、私達はようやく2階への階段を登り、煉瓦亭の中へと足を踏み入れた。

 煉瓦亭の中は意外と庶民的だった。とりたてて豪華ということもない、昔ながらの町の洋食屋といった風情で、なんだったら友達の家のような感じすらする。ただ一つテーブルの上に置かれたメニュー表の値段だけは町の洋食屋からはほど遠く、ここが銀座である事実を我々に突きつけてきた。

「嘘やろ…ランチよな?ハヤシライスで3千円、カツレツで3千円…?せっかく来たから両方食べるかと思ってたのに、流石に昼に6千円は…。しかも、ライスは別…料金…だと…?」

「銀座やからね。銀座はこれくらいはするよ。」
 慄く私に淡々とコメントを返し、平然とカツレツを頼むユキ。

「この辺り地価がめっちゃ高いから。なんか坪単価が日本一高いらしいよ。」
 メニューからこの辺りの地価に意識が逸れ、急に坪単価を計算し始めるおば。

 さっきからろくに話も聞かず携帯でスラムダンクのエロ二次創作を見て、一人で日本一高い地価を暴落させているユカコ。

 三者三様の方法で自分の気持ちと銀座の地価に折り合いを付けた我々は、各々カツレツにヒレカツ、ハヤシライスを注文する事にした。

 再び待つことしばし、私たちの前に注文の品々が提供された。

ハヤシライス
カツレツ
ヒレカツ


 私が注文したハヤシライスはほとんど黒と言っても良い色合いで、見るからに深みがあり美味しそうだ。友人達が注文したカツレツもそれぞれ大ボリュームで、ヒレカツに至っては子供の拳程ありそうな塊がゴロゴロと盛り付けられている。

「うん、美味い。衣サクサクで美味しい。ちょっと量多すぎるけど。」
「なんかハヤシライス苦いんやけど、これ焦げてんの?それとも食通の間ではこの苦味がたまらん、みたいなやつなん…?」

 好き勝手なことを言いながら食事を進める我々。味はどれも普通に美味しく、日本の洋食の原点なだけあり、まさに『町の洋食屋さん』といった味わいだった。

 たらふく料理を食べた後、私はここで一度友人達に別れを告げた。この時期、銀座のバーニーズで私の好きな作家さんのポップアップが開催されていたのだ。行かない手はない。
 バーニーズには生まれてこの方一度も行った事はなく、「なんか手袋をしたイケメンがドアを開けてくれる選民意識の凄そうな店」という印象があるだけだ。その本丸である銀座本店…。実は当日臆して入れなかったらどうしようと事前に地元にあるバーニーズに何の用もないのに練習のため入店しようとしたのだが、それにすら臆して入れなかったのだ。教会と悪魔くらいの相性。

 意を決して入ってみるとバーニーズは意外とカジュアルな雰囲気だった。もっと百貨店の新館レベルの近寄りがたさかと思っていたのだがそこまでもなく、作家さんが柔らかい雰囲気の方であることも相まって挙動不審ながらも目当ての品を買うことができた。

 銀座で買ったばかりのイヤーカフを装備した私は、意気揚々と友人達の後を追った。
 途中北千住駅の初見殺しの乗り換え(駅のホームと思った場所からさらにゲートを通った場所がけごん号の乗り場になっている)や車両に私と爆音の韓国ソングを流し続けるガリガリの男性2人だけになり地獄のひと時を過ごす等、多少の困難には見舞われつつも無事雪けぶる川治湯元駅に着くことができた。

 電車から降りて思ったのだが、さっむい。日ももう落ちているためか、肺が凍るほど空気が冷え切っている。
 親切な宿のおじちゃんの送迎車に乗り本日の宿泊場所へと向かうが灯りも少ないためか全体的に周囲一帯が薄暗く、山が迫ってくるような存在感がある。

 「つきましたよー。お疲れでしょう。お連れ様は食事会場にいらっしゃいますので、荷物は私がお部屋にあげておきますね。」
 おじちゃんの声に視線を前方に向けると、暗闇の中に橙色の灯りが見えてきた。灯りがあるだけでなんだか落ち着く。これがようやくついた、本日の宿だ。

 宿は昔ながらの温泉旅館仕様で、ロビーも年季が入っていい雰囲気だ。通された食事会場は個室になっており、円卓を囲むような形で友人達が座ってだらだらと過ごしている。
 目の前に並ぶ地元の食材を使った料理の数々はどれも美味しく、特に宿名物のビーフシチューと味噌と塩麹を使った雪見鍋は冷えた身体に染み渡るうまさだった。

この宿名物のビーフシチュー
前菜盛り合わせ(中央)と雪見鍋(左上)

 追加で栃木名物の苺ワインや苺ソーダも注文し、ご機嫌な晩餐はすすむ。

「いやー、もうほんと、大変だったんだわ。」
 苺ワインをぐびぐび飲みながら、おばがしたり顔で続ける。
「川治湯元の窓口でPASMOが使えない事を永遠に難癖つける理系男(偏見)がいてさ、やっぱ東京の人間はPASMOが使えない事なんて人生でないんかね(偏見)?お前紙の駅は初めてか?力抜けよ、って」
 ドヤ顔で理系男を嘲笑しているおばだが、おばはおばで川治湯元駅に着いた瞬間菓子の袋と一緒に切符をゴミ箱に捨てており、理系男をようやく捌いた窓口のおばちゃんを続けざまに困惑させる存在になっていた。

 事実私達の降りた川治湯元駅は自動改札が無いためPASMOが使えないのみならず、そもそも東京からだと途中で路線が切り替わっているため切り替わった後の区間については現金で精算しないといけないのだ。ついでに言うなら復路は川治湯元から切符を買って乗ればいいが、PASMOは未処理状態のままである為どこかの有人駅で事情を話し別途処理する必要がある。理系男が難癖つけたくなる気持ちもわかるめんどくささだ。どうにかしてくれ。

 ともあれ今日一日の出来事を話しながら美味しいご飯をたらふく食べ、人心地ついた我々は宿自慢の温泉に入ることにした。開放感あふれる露天風呂のほかに、ゆっくりくつろげる家族風呂もある。家族風呂は内湯と露天が併設されている形で、しんしんと冷たい空気の中月を見ながら静かに熱い湯に浸かっていると心が洗われるような気持ちだ。

家族風呂の露天風呂。熱い。

 風呂に入り、ついでに宿にあるカラオケルームで懐メロを熱唱し尽くした我々は、明日に備えて眠ることにした。充実していた。いい1日の終わりだ。

 布団に入り、誰からともなく声を上げていた。
「短くない?」
 そう、短い。
 全員の掛け布団が、ちょうど足首が丸っと出るくらいの長さしかないのだ。
 確かに我々は160後半〜170前半くらいの身長で、一般的な成人女性よりは多少でかいかもしれない。
「けどさすがに…子供用か?」
「今更やけど、浴衣も短いよね。スネ出てんな、てずっと思ってたけど。」
 本当に今更ながらの感想を言うユキ。
 この布団の長さが宿のデフォルトなのか、はたまた宿側のミスで代えてもらえるものなのか。就寝前の静寂の中、禅問答のような空気で真実の追求が始まった。

「スネは出てるけど腕の丈はちょうどいいし、この浴衣の長さが宿のデフォルトなんやない?だいたいこれが全員子供用なら、こんだけの大人が揃いも揃ってスネ出してるんやから、宿の人が気付くやろ。」
「なら一旦ここが小人の村である可能性が出てきたか。それならどうする?足首部分に座布団でも置く?」
 もそもそとユカコの足首部分に座布団を積み上げるおば。
「これヤバい客とか来たらむちゃくちゃクレーム付けるんじゃない?さっきのレスバ理系男ここに泊まってないよね?大丈夫?」
 駅での怨念を未だに引きずっている。彼女はしばし熟考した後、一つの結論を出した。
「対角線に寝れば良くない?この布団の長さを最大限に活かすには我々がルート3になるのが最適解やね。」
 さすが慶応理系卒。俺たちがルート3になれば良かったのか。嘘やろ、どんな状況やねん。
 ともあれ割とマジでそれが最適解では?という話になり、全員等しく傾斜して寝る事になった。くつろぐはずの宿でこんな対角線を強いられるなんて、この宿にやばいクレーマーが泊まらないことを祈るしかない。

 「これさぁ、やっぱり足平行四辺形になった方が一番いいかも。」
 数学15点のユキの言葉と共に、1日目の夜は静かに更けた。

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