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連載小説【正義屋グティ】 第11話 若きコンプレックス


11.若きコンプレックス

僕はパターソン。今はあの宝探しから約一年が経過して、僕ら正義屋養成所のメンバー12人は無事二年生に進学できた。でも僕の心はまだスッキリしていなくて、まるで一年生に心だけを置いてきたような感じなんだ。だから僕はあの事件以降、ニコルのしたかったこととかイーダンやナタリーの犠牲はいったい何だったのとか、グティは狼だったのかとか、なんで僕はグティのお父さんとの『誓い』を守れなかったのかとか、色々ずっと考えていたんだ。そしたら、ふと二年前の出来事を思い出した。正義屋養成所に入る前の総合分校でのことだ。もしかしたら、あの時から僕は『小さな誓い』を破っていたのかもしれない。

2年前 カタルシス州総合分校

「なぁ、パターソン。にらめっこしよ」
僕がいつも通り授業を受けていると、隣からグティが肩をゆすってきた。
「何言ってんの?今、授業中じゃんかさ」
こんなこと滅多にないから、僕も少し驚きながらそっけない答えを返して、鉛筆をまた滑らし始める。だがグティはそんなことお構いなしに、僕の机に椅子を寄せつつ、両手で顔を押しつぶす。
「笑ったら負けな」
「だから今は授業中!…ふふ、はははっ。ちょっと笑わさないでよ」
「そこ!うるさい!パターソン、キミ減点ね」
なんで僕?と顔をしかめ、メガネのおばさん教師を軽く睨んでから隣を見ると、グティは取り組んでもない参考書とにらめっこをしてケラケラ笑っていた。
「グティ。君ってやつは…」
僕が半分ふてくされてそっぽを向くと、また先生の怒鳴り声が聞こえた。
「ソフィア!こんな問題も解けないの?!そんなんじゃどこの養成所も入れてくれないわよ」
「すみません」
声の方向を意識して向いてみると、昔から仲の良いソフィアが問題を解けなくて、みんなの前で怒られていた。僕はそんな怒られるレベルなのかと思いその問題を解いてみるが、手も足も出なかった。そう、ソフィアはあまり先生によく思われていなかった。それは先生からだけではなく、クラスの生徒のほぼ全員からいじめを受けていたんだ。
「こんな問題も解けないとかマジ?」
「アホすぎだろ!」
「あの正義屋養成所すらムリなんじゃね?」
先生の攻撃に乗じてクラスの男子が声を上げる。ソフィアは周りの生徒よりも小柄で内気で仲間外れにされることが多く、それがいじめへと発展していった。このため、背の低さと性格がコンプレックスになっていったようだ。僕はこの時から子供がいかに残酷なものかというのを理解しているつもりだった。それゆえ、僕はいじめの矛先が自分に向かうのを恐れて、助けを差し伸べることが何一つできずにいた。
ソフィアが両手で顔を覆い、肩で激しく息をし始めると、チャイムがKOのゴングのように鳴り響き、先生はいそいそと教室を後にした。
「パターソン。これ、何回目だろうな」
「へ?これって?」
「ソフィアへのいじめの件だよ」
さっきまで、人のことをおとしめて遊んでいた人間の顔とは思えないほど、その言葉を発したグティの顔は真剣だった。グティは突然席を立ち、廊下へと走り出した。
「どこ行くの?!グティ!」
僕だけじゃない、周りも何事だと廊下に注目する。その視線の中にはソフィアのものも含まれていた。
 
5分後
「先生。ちょっと質問がありまして、よろしいでしょうか?」
僕が後を追いかけた時には、グティは既に先ほどのおばちゃん先生を職員室から呼び出しているところだった。
「はい、ヒカル君ね。隣の質問室が空いています。行きましょう」
職員室から出てきたおばちゃん先生は、少し面倒くさそうに早歩きでグティを先導し始める。グティは一体何をしでかすつもりなのかと不安に思い、後ろをゆっくりとつけてみることにした。
ギー バタンッ
古びた木造の扉が鈍い音を立てて閉まると、中から何やらグティの話し声が聞こえてきた。
「先生。単刀直入にお尋ねします。なぜあそこまでソフィアを攻撃するのですか?」
よく言った、と思う半面、自分自身の行動力の低さを恥じた。と、そこへ後ろから小さな足音が僕の耳に入ってきた。
「ソフィア… どうしたの、こんな所で?」
そこには恥ずかしそうに、小さな歩幅を進めるソフィアの姿があった。
「グティのことだから、多分怒ってくれてるんだろうなと思って、様子を見に来たの。パターソンは?」
「同じだよ」
僕も少し頬を赤らめ、とっさに全く関係のない方向に目をやった。その後、少しばかり沈黙の時間が続いたが、突然質問室が騒々しくなってきた。
「もー、うるさいわね!ソフィアはいじめなんて受けてないし、私もそれに加担していません!あんまりうるさいとソフィアだけじゃなく、あなたの内申点も下げるわよ!」
「なに11歳に対しておばさんがムキになってるんですか?先生のような人がこの国に溢れているから、内申点制度みたいな理不尽なルールに、僕ら子供は縛られているんです!」
「もういいです。あなたの今の行動をすべて内申書に書きますからね!まったく、こんな息子を持ったあなたのご両親が逃げ出したくなった気持ちがよーく分かりましたよ。」
僕は最後の先生の言葉を聞いて、なぜだか冷や汗が出てきた。10歳の頃、グティの父から授かった警告を思い出すと、この薄い一枚のドアの先で何が起こっているのかが何となく想像できてしまったからであろう。ドアの前で呆然としている僕に追い打ちをかけるように、グティの叫ぶ声が聞こえた。
「先生、僕は生徒の心の傷を平気でえぐる、先生のような『間違った人間』は許さない!!」
何が起きた?僕がそっとドアノブに手を掛けた瞬間、
「ぎゃああああああああ…!!」
と、質問室の中からおばさん先生のかすれた叫び声が聞こえた。
「なに?グティは何をしたの?」
ソフィアが震えた声で僕の背中にすっと隠れる。驚きで固まっていた30秒ほどの時間が、僕には一瞬のようだった。恐る恐る扉を開けると僕の予想をはるかに超えた光景が広がっていた。物置部屋のように積み重ねられた椅子や机がそこら中に転がっており、おばさん先生が首から大量の血を流し横たわっていた。
「先生…死んじゃったの?!」
僕の口からついて出た言葉への反応はなかった。ソフィアはあまりの恐怖に声は出ず、代わりに何度も嗚咽を繰り返した。今にも餌付く勢いだ。そして一番の衝撃は、血だらけの先生の隣に気絶して倒れこんだグティの姿だった。返り血は一切浴びていなかった。
「あ、あ、あ…」
僕は死んだ魚のように目を点にさせ固まっていたが、放課後のチャイムが鳴り、我を取り戻した。そしてそのまま、グティを質問室から引きずり出して、何事もなかったかのようにその日は下校をした。この事件が判明したのは、なんと翌日のことだった。幸い防犯カメラはなく、僕らを除けば目撃者もいない。正義屋の捜査の結果、『事故』として処理された。今思えば、これもグティ、いや、あの『狼』の仕業だったのかもしれない…。
 
 
 
        To be continued… 第12話・緑眼
   次回は謎の男が再登場!2022年6月12日(日)午後8時投稿予定!お楽しみに!

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