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【書評】『電氣人閒の虞』詠坂雄二【ネタバレ無し】【感想】

電気人間。遠海市という限られた地域で噂される都市伝説。
旧軍により作られ、導体をすり抜け、語ると現れる。
そして、電気で人を殺す。
この怪異に関わった人物たちが次々に不審死を遂げる。
雑誌ライターの柵馬は事件の調査に乗り出すが…。


『電氣人間の虞』(光文社文庫)

今作は詠坂雄二の3作目にして、怪異をテーマにしたホラーと、ミステリーを融合した作品である。
このミステリー要素というのが本作の肝である。
ホラーというジャンルも、ミステリというジャンルも、基本的に作品の構造はよく似ている。
どちらも、謎(≒怪異現象)が先立って発生し、登場人物たちはその正体を暴こうとする。
ここまではどちらも同じだ。
違うのはここからで、ミステリーの場合明かされるのは、必然的に求められる謎に対する論理的帰結である。
しかし、ホラーの場合、探検の末に分かるのは、往々にしてさらに理解し難い独自の世界観である。
前者は、論理という言語を扱うものであれば納得でき、また、雑に言ってしまえばリアリティもある。
しかし、後者は、理解不能なものの理由として、到底理解不能なものが継ぎ足されるだけで、読者はこれはこういうものだと受け入れる他ない。
しかし、このジャンル二つが融合するとひとつの疑問が生まれる。
即ち、謎は完全に、もしくは一部でも、論理的かつ現実的に解き明かされるのか?

作品について語っていこう。

赤鳥は県内の大学に通う学生である。
彼女は、小学校の時に怪異体験にあった。
小学五年生の頃、校舎の屋上に「何か」を見た赤鳥は、そのまま屋上へ向かう。
屋上への鍵が開いていたことから、何者かが屋上へ戻ってくると考えた彼女は、その人物を待つことにした。
しかし、彼女はそのまま眠ってしまう。
目を開けた時には、夜になり、学校は施錠されていた。
困った末に、彼女は都市伝説を思い出し、電気人間の名を呼ぶ。
すると、昇降口の方から、光った人型のようなものが現れて、ドアが解錠されたのだ。

こうした出来事から、電気人間に思い入れがあった彼女は、レポートのテーマの題材にすることに決める。
彼女は通っていた小学校を訪ね、旧軍が開発した地下壕の存在を教えて貰う。
管理者から鍵を借り、地下壕を探索すると、「第■電■■■験室」と書かれた開かずの扉を発見する。
並々ならぬ恐ろしい雰囲気が漂う地下壕をあとにして、彼女は宿泊するホテルに向かう。
ホテルにてレポートを途中まで執筆し、風呂に向かった彼女は、突如として耳鳴りに襲われる。
都市伝説が頭をよぎる。馬鹿馬鹿しい。
「電気人間なんていない」
そして___________________。

赤鳥の死亡後、彼女の事を好いており、彼女の遊び相手でもあった日積は、彼女の仇を取ろうと探索を開始する。
彼は赤鳥が辿ったルートを辿るが…。
ということで、内容紹介はこの辺にしておこう。
着目すべきはホラーとしての完成度の高さである。
紹介した学校での怪異エピソードの他にも、この小説には、殺人以外の怪異現象のようなものが起こるのだが、それが中々臨場感がある。
不審な出来事が次々と起こる、物語のテンポの良さも一級品だ。

また、謎もとても魅力的だ。
死亡した人間はすべて外傷なし、心臓麻痺で亡くなっており、警察も病死扱いにする。
また、赤鳥の部屋は普通ならば侵入は困難な状況だった。
もし人が殺していたとすればどんな手段を使ったのだろうか?
そもそもミステリー的に解決されるのか?

さて、ネタバレ無しで感想をば。
まず第一に、求めていたものを全て満たしてくれる傑作であった。
クライマックスのシーンまでの前振りというか、フラグ建築がよく出来ていて、読者の期待を存分に高めている。
切れ味の良い論理構成はミステリー小説としては及第点だし、恐怖を感じさせる展開の技巧もホラー小説としては十分である。
まさに読みたいものを読ませてくれた作品と言えるのだが、かといって読者の予想の範囲に留まるという訳ではない。
最後の大仕掛けは驚きもさることながら、この狙いは至極トリッキーで、堂々と鎮座しているのに中々気付かない。
そういった意味では、予想を良い意味で越えてきた、と言える事が出来るだろう。

また、今作は作品のメタ構造も、読者の想像を掻き立てる要因として機能している。
それを一番表しているのは、おふざけにしか見えない最後の2行だろう。
作品内に登場する詠坂は、なるほど、現実の境界線を曖昧にする面で一役かっていると言える。
相変わらず、詠坂雄二のセンスの高さを伺わせる凄まじい作品であった。


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