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脚本:三点リーダ

●登場人物
朝倉 亮 <あさくら りょう> (48)
坂木 祐一<さかもと ゆういち> (28)
新山 雪 <にいやま ゆき> (16)

■都内の駅前
歩いているライターの坂本。

坂本M「俺はしがないオカルトライターの坂本。ウェブサイトやオカルト雑誌の隅で生きている木っ端ライターなのだが……」

坂本、ビルの電光掲示板を見上げる。
そこには『本日の自殺者数が過去記録を大幅に更新……』のテキスト。

坂本M「最近の流行には辟易としている」

■アパート・坂本の部屋(夜)
作業デスクのPCに向かっている坂本。
複数のウインドウで開かれたニュースのサイト、どれもタイトルは『未曾有の自殺増加……原因は』『不況によるものか……全世代に自殺広まる』『未来なき絶望の時代……』など暗いもの。

坂本M「謎の抑鬱症状の蔓延、それによる自殺の増加。世間は社会情勢の悪化を原因と見ているが、俺はどうしてもそう思えない」

デスクの上に積まれたオカルト雑誌を眺める坂本。

坂本M「この現象の原因は、俺の専門領域にあるのではないだろうか? そう考えた俺は、取材をはじめた」

■住宅街・民家の玄関前
坂本、その家の主婦らしき女性に取材している。

坂本「息子さんが亡くなる前、おかしなことはありませんでしたか? 人間関係で失敗したとか」

主婦「そう言われても……息子は仕事も楽しいと言ってましたし……彼女ともうまくいっていたそうですから……」

坂本「……そうですか」

坂本M「しかし情報はなかなか集まらなかった。死を選んだタイミングはまちまちで、憂鬱症状は劇的速度で進行するのだ」

■喫茶店
隅の席でメモ帳を拡げながら、眉をしかめている坂本。

坂本M「早くも俺は途方に暮れ、憂鬱になりかけていた」

首を垂れている坂本に前に、人影。
やつれた中年男性の新山が立っている。
深くお辞儀をする新山、軽く会釈する坂本。

   ×   ×   ×

席に座った新山を取材している坂本。

坂本M「新山――彼もまた娘を失った父親だった。彼に聞いてみても、やはり状況は他とそう変わらなかった――だが」

新山「……ご希望に沿えず申し訳ありません。あのかたなら、私より症状に詳しかったのかもしれませんが……」

坂本M「あのかた……?」

坂本M「雪の――娘の主治医の朝倉先生です」

■本の表紙
真っ白でシンプルな装丁。
『死への抗いかた 著:朝倉亮』。

坂本M「朝倉亮の名前は聞いたことがあった。メディアでも有名で患者の社会復帰支援に意欲的な精神科医だ。著作も数多い」

■街中(翌日)
スマホを持って歩く坂本。

坂本M「しかし今や彼の話を聞くことも不可能だ。何故ならば」

坂本、スマホ画面を見る。
『精神科医の朝倉亮 飛び降り自殺か』
というニュース記事。

坂本M「彼は新山雪の診察を最後に休職し、つい先日、自分も死んでしまったからだ」

■朝倉クリニック・外観
大きなビル、目立つ看板。

■同・診察室
巨大な本棚のある静謐とした室内。
扉を開け、坂本が入ってくる。

坂本M「ダメ元で遺族にアポを取ってみたら、診察室を見せてくれることになった」

診察用の机の上には書類とPC。

坂本M「朝倉の死はあまりに突然で、遺族もその原因を目下調査中であり、少しでも意見が欲しいそうだ」

ためらいつつ、机の引き出しを引く坂本。
そこにはカルテの山が。

坂本「カルテなんて個人情報――本来は他人が見るなんてもっての外だが」
パラパラとめくってみると、そこに『新山雪』の名前が見える。

坂本「新山雪……朝倉の、最後の患者か」

こっそり取り出す坂本。
つらつらと病状が記されているが、途中で『別途さ3』との赤文字が。

坂本「(怪訝)別途……? 病状以外に、記すことがあるというのか」

『さ3』に注目する坂本。

坂本「『さ3』――暗号か? いや、それにしてはシンプルすぎる……」

室内を眺める坂本、ハッとして。
本棚、索引の『さ』の文字。

坂本「ああ……なんてことはない。本棚のさ行、3冊目か」

坂本、本棚に近づき、さ行三番目に並べられた厚い手帳を取る。

表紙にも何も表記がないが、汚れている。

坂本「使い込まれているな……」

1ページを開く坂本。
『新山雪の診察から見る全世界的自殺流行の原因考察』とある。

坂本「……! これは……!」

■診察室・過去
T『数か月前』

壮年男性の朝倉が、セーラー服の少女、新山雪を診察している。

朝倉M「はじめて来たときの新山雪の症状に、他の患者との大きな差異はなかった」

新山はとても美少女なのだが、雰囲気が儚く暗い。

朝倉「それで、理由は思い当たらないのに気分が落ち込むと」

雪「はい、どうしても……暗い気持ちに引っ張られて……」

朝倉「趣味のようなものも続かないですか」

雪「SNSは続いていますが……なんだか自分や人のSNSを見るだけでも……沈んで……」

朝倉「SNS疲れのようなものかもしれませんね。苦しいときはSNSから離れてみるという手もありますよ」

雪「はい……」

  ×   ×   ×

窓の外から見える、診察室の風景。
また別の日、朝倉が雪を診ている。

朝倉M「しかし投薬でもカウンセリングでも彼女の病状は好転しなかった。それどころか日に日に悪化している」

  ×   ×   ×
カルテを見て悩む朝倉。

朝倉M「虐待やいじめのような問題もなく、どれだけ本人に聞いても心的外傷として定義できる体験や記憶がない」

朝倉、カルテとは別に、手帳を開く。

朝倉M「なるほどこれは、流行の連続自殺と関わっていると私も気づいた」

■住宅街
雪、悲壮な表情でスマホを見ている。

朝倉M「彼女を診察することで、世間を覆う病理の真実に迫ることができるかもしれない。それは私の使命に思えた」

スマホ画面には、SNSらしき画像。

朝倉M「通常、そこまで私生活に踏み込むのは医師としては禁忌ではあるが……私は彼女のSNSを追跡した」

雪のアカウント名はnew_snow06、書き込まれたいくつかのポスト。

『……今から部活……大会も近いので頑張るぞ』

『気になっていた……アクセを購入……明日からつけて学校行こう……』

『特に理由もないのに気が滅入る……どうしてだろう……?』

朝倉M「一見普通の、思春期特有の不安を抱えた程度の内容だろう。しかし私はどうにも気にかかった」

■診察室
PCでSNSを凝視する朝倉M。
『気になっていた~』の呟きを凝視する。

朝倉M「『……』――つまり三点リーダが発言に多すぎる。ほぼ全ての発言に三点リーダが登場するのだ。彼女だけではない」

他、ランダムに様々な人間の書き込みを表示させる朝倉。

少年の書き込み『今日は……観たかった映画を観に……映画館に来ました……』

漫画家の書き込み『本日配信日です……高得点……お願いします……』

女性の書き込み『バイトでイケメンと……遭遇……いい日になった……』

朝倉M「三点リーダが、ネット上に蔓延している。いつからかはわからない――そのものは、以前から普通に使われているからだ」

  ×   ×   ×

朝倉M「特に娯楽小説などで、三点リーダは作家によって多用されていた。若者向けの作品では特に乱用されていたものだ」

小説の表紙らしきページの一部。

  「なん……だと……」

  『圧倒される俺にあいつは言った……。』

  「……これで……終わりだッ……!」

  ×   ×   ×

朝倉M「そういった流行に、リアルの言語が影響されることはあるだろう。だがそれにしても――使われすぎている」

さらにPCを眺める。
そこには雪が書いた、長文のSNS。

『今日はとても調子がよかったです……夕飯のお寿司も最高で……彼氏も優しくて……いつも……こんな日が続けばいいな……』

朝倉M「ほとんどの三点リーダは、文脈と関係なく使われはじめ……やがて、文脈を侵食する」

別の日の書き込み。

『今日も……いつも通りで……希望を感じない……』

  ×   ×   ×

翌日の診察室、雪を診察する朝倉。

朝倉M「それからも彼女が記すSNSも日に日に『……』が増え、診察中に話す彼女の言葉にも、沈黙の間が増えていった

雪「先生……私……どうなって……しまうのでしょうか……」

朝倉「悲観的に未来を決めつけなくてもよいのですよ。ゆっくりと憂鬱の理由を考えていきましょう。天候の影響もありますしね」

雪「…………は……い…………」

朝倉M「その対応がその場しのぎであることは私も理解していた。早急に原因を探求しなければと私は焦った」

  ×   ×   ×

数日後の診察室、新聞を読んで怪訝そうにしている。

朝倉M「しかし事態は、想像以上の速度で悪化していた」

新聞の紙面、ところどころ『……』があらゆる文章を侵し、虫食いのようになっている。

朝倉M「SNSだけではない。新聞や書籍のように校正が入っているはずの媒体にも『……』が溢れ」

テレビ画面に映る動物バラエティ、可愛らしい猫。

テロップ『今日の……にゃんにゃん……』

朝倉M「テレビ番組のテロップにすら『……』が侵食していた。そして明くる日」

■雪の部屋
首を吊って死んでいる雪、そのだらりとぶら下がった足。
朝倉M「新山雪が死んだ」

■診察室(夜)
冷や汗を書きながら、手書きの手紙を読んでいる朝倉。

朝倉M「彼女の遺書は、私にも宛てられていた。だが、その内容は……」
手紙の一面。

『先生、お世話になりました………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

と、真っ黒になるほどの三点リーダ。

朝倉M「私は結論づけざるを得なかった――三点リーダが、人間を滅ぼそうとしている、と」

狂ったように、手帳に考えを記していく朝倉。

朝倉M「私達は対策を講じなくてはいけない。わかっていることは二つ。それを多用すれば、激しい自殺願望に襲われること」

朝倉の傍ら、PC画面にはSNS画面。

朝倉M「本人は無意識で使ってしまうこと。であれば、自覚的に三点リーダを使わないように生活すれば……」

ペンはどんどん早まっていく。

朝倉M「言語に気を遣えば、症状から逃れられるのではないか。『発信』するときに強く三点リーダを避ける意識を持てば……」

瞬間、何かの気配にゾッとする朝倉。

朝倉「……なんだ? 誰かいるのか……」

ひたり、ひたり、ドアの向こうから足音。

朝倉「今日の診察時間は終わった。職員も皆帰っているはずだ」

朝倉M「――私は想像もしていなかったのだ。三点リーダが意思を持って人間を滅ぼそうとしているならば。抗おうものなら――」

重い音を立てて、ドアが開く。
暗い照明の下、何者かが蠢いている。
それは縦に連なり繋がった、天井にも到達する、三つの巨大な人間のような瞳。

朝倉M「『敵』を止めるために、行動する」

黒目はどれも、絶望したかの如く下を向いている。

朝倉M「それは……」

ぐねぐねと朝倉に近づいてくる、それ。

朝倉M「それは物質化した三点リーダだった」

絶叫する朝倉――その両の黒目に、三点リーダが浮かぶ。

■診察室・現在
朝倉の手帳を片手に、奮えがとまらない坂本。

坂本「まさか、いや――俺もわかってはいたはずだ。この世のあらゆる発言に異常が発生していることは」

手帳をめくる坂本。
だが、めくってもページは三点リーダにあふれている。

さらにめくってもすべて三点リーダ。
めくってもすべて三点リーダ。
めくってもすべて三点リーダ。
めくってもすべて三点リーダ。

めくってもめくってもめくってもめくってもめくってもめくってもめくっても。
三点リーダ。

坂本「ひぃっ!」

恐怖に手帳を落としてしまう坂本。

坂本「この取材はもう終わりだ。人間に勝ち目はない。そうだ、触れず、知らず、発信しないことでしか逃れられない!」

弾けるように部屋を飛び出る坂本。

■ビルの前・歩道
ビルから出てきた坂本、荒れた呼吸を整えて。

坂本「俺は何も知らない。何もしない。そうだ、俺はもう大丈夫」
ホッとした表情で空を仰ぎ見る坂本。

坂本「俺は、助かったぞ! ……」

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