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episode6:狼たちの午後

「狼たちの午後、って映画を観たんだ」
日野は、どこかぼんやりとした口調で話し始めた。眠たいのか、どこか夢現じみている。
食材を切りながらも目線を上げると、頬杖をついて遠くを見つめている日野が目に映る。
「……どんな映画だった?」
続きを促すように問いかけると、日野は唇を尖らせて少し黙った。
「実話に基づいた映画でね、お馬鹿な銀行強盗が、人質をとって銀行に篭城するって話。この強盗たちが、本当に笑っちゃうくらいお間抜けでさ。早々に顔は見られるし、1人臆病風に吹かれて脱落するし、警察に囲まれて逃げることすらできなくなっちゃって。人質たちにもなめられてるんだよ。本当にどうしようもないんだけど、だからこそこう、ね、応援したくなっちゃうっていうか」
「ふぅん……」
「前半は、本当にただのコメディでさぁ。でも、少しずつ強盗たちの事情が分かってくるんだ。ソニーとサルの2人が、何故銀行強盗なんかしたのか? 単純に、金がなくて困ってた。それは勿論そうなんだ。でも、それだけじゃない。彼らは、社会に"すくわれなかった"人間だったんだ。追い詰められた人間って、なんでもしちゃうよね。実話なだけにそれが痛いくらい伝わってきて、苦しくなっちゃった」
日野は、くるりと椅子を回した。
「ほとんど、ソニーが警察と話したり人質と話したりしてて、単独犯レベルだったんだ。ソニーは、良い人なんだ。奥さんも、怒鳴ることさえしないような温厚な人だ、みたいなこと言ってたし、本来は犯罪なんか考えもつかないような人柄だったんだと思う。でも、当時のアメリカの環境とか、戦争での経験とか、貧困とか、気苦労とか、そういったものに押し潰されて、耐えられなくなったんだろうね。銃を手に、必死になって何かを手に入れようと足掻くんだ。やってることは犯罪だし、完全に狂ってるけど、憎めない人だった。きっと、誰かに自分の存在を知らしめたかったんだろうな。自分はここにいるんだぞ、生きてるんだぞ、伝えたいこともあるんだぞ、って。だからかなぁ、後半は哀しくて胸が痛んだよ」
しみじみと言い重ねる日野に、速水はジュースを差し出してやった。なんとなく、それがいいような気がしたのだった。
日野は嬉しそうに受け取ると、ひと息に半分ほどを飲み下した。
「ありがと。映画のコンセプトはストックホルム症候群ってやつで、犯人と人質が奇妙な連帯感を作り出しちゃうってのがストーリーの軸。でも僕は、追い詰められた人間のヤケクソな行動ってのがテーマとしてしっくりきたかな。やることとか、やらなきゃいけないことが山積みになってると、人間正常な判断が鈍るでしょ? それの極端な例だね。孤独感があったのも、ソニーが犯罪をするしかないと思った大きな要因だよ。奥さんも両親も、彼のことは好きだったかもしれないけど、それを上手く伝えられてない。もしくは、伝えてなかったのかもね。ソニーは、ずっと孤独だったんだと思う。だから何してもいいってわけじゃないけど、最後に見せたあの悲しそうで諦めたような目を見たら、誰も怪我させてないんだし逮捕なんか止めて、家に返してあげて欲しくなった。僕が裁判官なら、せめて執行猶予をつけるね」
「ずいぶんとその、ソニーに入れ込んだな」
「君も観たらわかるよ。あの哀愁が、どれほど優しくしてあげたくなるものか」
「ま、時間があれば観てみるよ。で、今日は何食べる?」
「じゃあ、ベーコンレタスサンド」

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