tanakanakanaka

たなからしい

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最近の記事

深夜のひとりごと

 別に死にたいわけじゃない。俺はただ生きるのが怖いだけなのだ。臆病でのろまでグズな俺だから、明日を生き抜く自信がないだけなのだ。  とはいっても不安に駆られるわけでもない 。焦燥に胸を焼くこともない。ただただ生きる意味を見出せず、他者からもそう見限られるのが恐ろしいのだ。  昔からそうだった。俺はどこか皆んなとは違う別の世界に生きているような気がしていた。皆んなみたいに晴れやかに笑うことも、一度だってできたことはない。俺ばかり、いつも下を見ているのだ。ゴツゴツとしたアスファル

    • 日記(2024.2.29)

       長い夢を見ていたのかもしれない。一人で過ごす時間に生の実感が伴っていなかったのは、決して憂鬱のためなんかではない。もっと浅はかで低い次元にある、あるいは卑俗な、些末な本能のためである。それに突き動かされたのは、ともすれば憂鬱が原因の一つであるかもしれないが、憂鬱こそが原動力であるはずがない。  久しぶりに自室へ帰り、溜まったごみが未だ異臭を放ってはいないことに安堵してすぐにそこから出る。エレベーターでマンバンの男子大学生とすれ違い、エントランスに貼られた注意書きや住民向けの

      • 燃ゆる

         少年はユスリカという昆虫だった。胴体は柔らかな毛が生えた太い部分とうっすらとした縞模様をもつ細い部分に分かれ、ビニールのような半透明の二枚目の羽は胴体とほとんど同じ大きさであり、体長は一センチメートルに満たない。六本の足は細長く、関節ごとに大きく屈折している。夏の水辺に立ちのぼる白い蚊柱を形成するのは少年とその仲間たちだった。 「あいつらは愚か者だ」  少年は夕焼け空の真ん中で煌煌と光るお日様を見上げ、誰にともなく独り言ちた。 「深く考えることもなく、ただ馬鹿の一つ覚えみた

        • 頭に浮かんだことをそのままに

           死にたいとき、いつも思い出すのは彼女の顔だった。記憶の中の彼女は十五歳で、瞼は未だ一重だ。頬に肉を乗せた彼女はまっすぐ私を見入り、今にも泣きだしそうに喉を震わせる。 どうして、彼女は泣きそうなんだろう。記憶との細やかな齟齬が咽頭の奥に突っかかる。  私は彼女の涙が見たかったのかもしれない。彼女の心にとびきり大きな傷をつけて、その後出会うどの男にも私の影を浮かばせたかったのかもしれない。血縁なんかよりも強いしがらみを、彼女と私の間に結び付けたかったのかもしれない。私は、私の中

        深夜のひとりごと

          発作とこれからのこと

           胸に咲いた花がきりきりと肋骨に絡み付いていくのを感じた。それは明瞭な痛みを持ってして脳で知覚された。  数日前に見た夢の光景がフラッシュバックし、醒めると視界の端々に小さな蠅が集っていた。払うため腕をあげようとすると、それは鉄塊のような重量を持っていて、指先は小さな痺れを訴えた。蠅々が消えた刹那、私にはそれが現実であるのかわからなくなった。あるいは先刻の夢の映像が実際に私のものなのか、あるいは蠅が実在しないものなのか、私には判別できなかった。意識するよりも早く、脳内を那由多

          発作とこれからのこと

          五月病

           大河から枝分かれしたクリークに架かった小さな鉄橋に、砂塵のように小さく揺蕩う儚げな羽虫が集り、石に弾ける雫が忙しなく鼓膜を揺らす。  気温変化の激しい時分に胸を悪くして食欲を失くした私は、それでもと気持ちばかりの栄養剤を買い込み、叱られた子供のように首を垂れて、急かされるようにただ歩みを進める。学校に行かなくてはならない。義務感は焦燥を招いて、休養する足を失くしてしまった。靴底から伝わる地面の凹凸は焦燥に拍車をかけて、ついに止まることもなく、行くべき場所へとひたむきに向かう