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【エ序3】インターミッション~邪術師二人~

老人の持つ魔法の通信符が、呼出の合図を告げる。

老人の名はマルホキアス。かつてベルリオース王宮でアルフレッドたちと闘った男。ペリデナ女王に仕え、ドワーフ軍事政権の宮廷魔術師を務めていた人物である。

その後、女王<悪魔>と抵抗軍の戦闘の混乱に乗じて王宮から逃亡し、今なおフルーチェによりベルリオース国内にて指名手配を掛けられている。

しかし彼の正体は魔術師などではない。彼は邪術師。それも壊滅した<悪魔>教団<破滅の預言者>の、生き残った2人の幹部のうちの1人なのだ。

そんな彼に魔法の通信符を用いて連絡をしてきた人物。それは生き残ったもう1人の幹部・邪術師レモルファスに他ならない。

『息災か? 我が盟友マルホキアスよ』

「貴方から連絡とは珍しいな。どうなされたのだ? 我が友レモルファス」

『実は、貴公に相談したい案件があってな』

「ほう。どのような?」

『その前にひとつ報告を。例の娘、マリアの確保に成功したぞ』

「何…………!!!?」

さすがのマルホキアスも驚きを禁じ得ない。まさに、青天の霹靂と云うべき報せだった。

「確かか!? レモルファスよ」

『ああ。ベトルとエミリーが守護していたからな。間違いあるまい。何より娘の顔立ちがアザリーそっくりだ』

「ベトルとエミリーが!? それで、2人はどうした!?」

『心配は要らぬ。我が頼りになる部下たちが始末をしてくれた』

「そうか……。いや、良くやってくれた。これは我らにとって、計り知れない大きな一手だ。アザリーめは、あの娘を決して見捨てることが出来ぬ筈だ」

『それで、相談と云うのは娘の処遇だ。アザリーは怖らく娘の現在地を追跡する手段を持っている筈だ。なので一刻も早く感知防御の機能を有した結界内に封じたいところなのだが』

「何処にどのような手段で運んだら良いか、と云うことか。ふむ、なるほどな……」

『感知防御の結界と云えば、まず思い付くのは我らの本部船だが……』

<破滅の預言者>の本拠地は陸上にはない。勿論、仮の活動拠点とでも云うべきアジトは各島に数箇所点在している。だがその本拠地は、幾種類もの魔法が魔化された、移動要塞とでも云うべき船なのだ。

船への魔法の付与や船体の維持管理は、すべて魔法技術者であるレモルファスが行っている。

また、船では幻覚の霧を発生させる能力を持つ海の魔物「霧影」を飼い馴らしている。

本来の霧影は知力が低く、単純な幻覚しか作り出すことが出来ない。だが、この船の霧影は違う。

レモルファスにより魔法的な改造を施されたこの霧影たちは、幻術に特化した知性が跳ね上げられている。そのため、本来はあり得ないような創造的で複雑な幻覚を作成・維持することが可能なのだ。

そう。霧影の能力を駆使すれば、この船はいかなる国籍の船にも偽装することが出来る。

ロベールとベルリオースが、互いに相手の軍船からの攻撃が戦端だと主張して始まった十年戦争の真相が、ここにある。

かの戦争は、<破滅の預言者>の本部船が様々な姿に偽装して立ち回ることで惹起された結果なのだ。

霧影の運用もまた、レモルファスの技術が可能としている。戦闘能力が無いにもかかわらず、レモルファスが幹部として軽んじられることの無かった理由が、これで判るだろうか。

話が逸れてしまったが、前述のように<破滅の預言者>の本部船には様々な魔法が魔化されている。《感知防御》の魔法も、そのひとつだ。

この船の内部に居る者も、そしてこの船そのものの位置も、容易に探知・追跡することは出来ない。

「本部船は我らにとって切り札そのものだ。いくらなんでも、娘を載せるのはリスクが高過ぎるだろう」

『同感だ。ところでマルホキアスよ。貴公は現在何処に居られる?』

「私か? 私はベルリオースに潜伏中だ。レモルファス、貴方は?」

『私はエクナ島だ。ベルリオースか……。ベルリオースには確か、新しく構築したアジトがあったな』

「ああ。潜伏用に新たに設けたアジトだな。あそこは確か、貴方が感知防御の結界を敷設していたな」

『そうだ。今は休眠中だが、動力炉に火を入れればすぐにでもすべての機能を起動出来る筈だ。よし、娘はあのアジトに運ぶことにしよう』

「まあ待たれよレモルファス。アザリーの奴めは移動中もマリアを追跡し続けている筈だ。そのマリアをアジトの結界内に連れ込めば、娘の反応は唐突に消える。感知を遮断したことが見え見えだ。娘の反応が消えた近辺をしらみ潰しに探されたら、アジトの位置に気付かれる可能性が高い」

『そ、そうか……。それでは奴らにアジトの位置のヒントを与えるようなもの……。だが、それならどうすれば……?』

そう云って邪術師二人、暫し思案に頭を捻る。

「…………確かベルリオースの山中に、放棄した旧アジトがあったな」

マルホキアスが思い出したように呟く。

『アザリーたちに発見されてしまったがゆえに放棄した旧アジトだな? それがどうかした…………あっっ!!!!!?』

レモルファス、何かに気付いたかのように大きな声を上げる。

「気付いたかレモルファスよ。あそこには、新アジトへの直通路の転移門(ポータル)が設けてあったな?」

『そうだ……! あれなら新アジト側の転移門を起動すれば、すぐにでも使用出来る』

「……よし。段取りはこうだ。まずレモルファス、貴方は今から最も早く出航する定期船にマリアともども乗り、ベルリオースに航って来てくれ。アザリーたちが探知しているかも知れないが、同じ船に乗り込まれない限り奴らに追い付かれることはない。私は旧アジトに最も近い、山麓の港街にて待機している。寄港したら、私が船に乗り込みマリアの身柄を引き受ける。そして船を下り、山中の旧アジトに向かいそこでマリアとともに待機している。貴方はそのまま定期船から下りず、新アジトに最も近い港まで向かってくれ。新アジトに到着したら炉心に火を入れ、転移門を起動して我々を迎えに来てくれ。我々が新アジトに転移した後、新アジト側の転移門を閉鎖してしまえばもう直通路は使えない」

『たとえアザリーたちがマリアの位置を追跡し続けていたとしても、その気配は旧アジトを最後に途絶える。そして奴らに、新アジトへと至る手掛かりは無い……か。見事だ。我が盟友マルホキアスよ』

「うむ。では早速、行動を開始してくれ。アザリーどもの追跡の手はもう背後にまで迫っているやも知れぬ」

『了解した。それでは、ベルリオースで逢おう』

かくて、精神操作系魔法を駆使し無力化したマリアを連れ、3人の護衛団とともに、レモルファスは海を航るーーーー。

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