【トゥバ共和国への旅2】寺院跡地で考えた。人類の来し方、そして未来、って、これまた大それたことを…
ワタクシ、改めて申し上げますが、お坊さんでして、今回の旅には、復興中のトゥバの寺院を訪ねるという、本業にも密接にかかわる目的もありました。
●●宗教弾圧
みんな忘れているかもしれませんが、ロシアはかつてソビエト連邦、縮めてソ連といわれる大帝国でした。社会主義国ですから、宗教は人民を堕落させるアヘンであるとし、長らく弾圧の対象になっておりました。トゥバの宗教は「チベット仏教」なのですが、1917年のロシア革命以降、お坊さんは追放され、お寺は破壊されてしまいました。信教の自由がおおっぴらに認められたのは、ソ連崩壊後になります。
仏教徒のはしくれであるボクも、コンサート開催でご縁のできたトゥバの寺院再建に協力しようと、日本で募金活動をし、2度にわたってご寄付しました。感謝状もいただいております。
その文面がまたいいので紹介しときます。
「聡明で強壮な人間は、病弱な人が起き上がるのに手を差し伸べる、そのときのみ人を上から見おろす」
トゥバに伝わる言葉でしょうか。ちょっと、ぐっときませんか。
●●寒暖差は100度近く
さて、車で寺に向かいます。さらっと言いましたが、道中、ちっともさらっとしてません。当地の気温は、夏はセ氏40度を超えます。冬はマイナス40度よりも下がるのです。年間の気温差が激しすぎるからでしょうか、道路は穴ぼこだらけ。補修予算もないようです。町には飲酒運転の車多数。その間をかっ飛ばすわけです。郊外のドライブなんか、命がけのジェットコースターですわ。怖いのなんの。
チベット寺院に着くや、お茶の接待がありました。住職さんからいただいたのは「シャイ」と呼ばれるトゥバ式のミルクティー。甘くはなく塩入りです。
チベット寺院ですから堂内は当然、チベット様式で、日本のお堂とは趣を異にしています。正面には金色に輝くお釈迦(しゃか)様がまつられ、脇にはダライ・ラマ14世の写真も飾られていました。
お寺に参拝した後、ボクたちはさらにその先、チャダーナ市に向かいました。このチャダーナ市には、仏教寺院跡があるんです。トゥバの仏教の一大聖地だったようですが、ロシア革命後の約百年前に寺院や僧院がほとんど破壊され、今は土壁の一部にその名残をとどめているのみです。
●●日本でだって
仏像破壊とは、タリバンの大先輩といったところでしょうか。と、他人の批判をしておりますが、日本にも廃仏毀釈の嵐が吹いたこともありますね。社会が動くと宗教は標的になりやすいようです。社会が大変動しますと、ものの考え方も大変動します。宗教は守旧派の代表選手のように映るのでしょうね。古い上着よ、さようなら、というわけです。
世界にはいろんな民族が存在し、いろんな風習、文化があって、いろんな宗教がある。多様な価値観を大切にしなければなりません。今となっては自明のことですが、人類の歴史始まって以来、少なくとも人類が想像力を持って以降、いまだに身についてはおりません。なかなか寛容にはなれないようです。なぜですかね。
多様な価値観を尊重する。つまりはいろんな知恵を共有すること。それこそが、悲しい争いの歴史を繰り返さない第一歩であり、本当の人類の幸福に繋がるのだ、と愚僧はそう思うのですが、そんな日がくるのはいつのことでしょう。