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メジャー殺人事件

概要

創作大賞2024「ミステリー小説部門」応募作品。

シーン素材散りばめな未完成、もとい、規定2万字すら満たしていないので「審査以前」で即時落選でしょうが、前回から構想あった作品で、結局今回も間に合わなかった(私事大前提や、ネット活動そもそものの、その更に優先順位割り振り等)の中、正に「玉砕覚悟」で本選考の為に書いた専属応募作品として解放(破棄処分)する次第です。

日頃の感謝に代えて。色々と、一末端弱小零細クリエイターな面を披露する必要も出てきたし「書けない訳ではないです」位には、なれた、かな。普通に1万字記事書いてきた中で「小説は書けない」評など、おかしな話ですが。

あらすじ

二人の大学生が指定暴力団光文会事務所を訪問した。二人は一本の柱に注目した。今、一本の柱に興味を持った大学生達の不思議な冒険が始まる。

本文

「はー、推理小説か」

「推理って何だ?」

「何を書きたい?」

「そうだな。殺人事件だが、殺しだけでは駄目なのだろう?」

「導入の、手段に過ぎないからな。だから殺さずに、その入り口を開けられるならば、殺さずという手段もある」

「だけど殺しなのだろう?」

「メジャーだからな」

「嗚呼、もう、面倒だ。もういっそ『メジャー殺人事件』なんてどうだ?」

「俺の知った事か。というより、お前が良いのかよ?」

「考えるのも馬鹿々々しいわ」


 メジャーを買って来た。

「どこで買って来た?」

「どこだっていいだろう?」

「コンビニじゃねえよな」

「ある訳ねえだろう?」

痒い所に手が届くコンビニの手配は慎重だ。たとえばコルク抜きなどは、缶切りとの併用しかなく、酒屋を尋ねる方が早い位だ。

「ホームセンターか」

「俺がそんなところまで行くかよ」

「じゃあ、スーパー辺りか」

「そんなところでいいだろう?」

「で、メジャーで、どう殺すんだ?」

せいぜいが絞め殺す位しか用途が浮かばないが、メジャーでは強度が弱過ぎる。殺せない訳はないが、一人一つの使い捨ては必至だろう。

「時間あるか?」

夜も遅いとはいえ、遊びたい盛りの二人にとっては十分に「宵の時刻」だ。

「じゃあ、一っ走り行こうぜ」

「何処に?」

「俺について来いって」


「で、ここか」

「そうだ」

駅前だ。

「電車に乗るってか」

「そうだ」

「まさか、終点まで何て言わねえだろうな」

金額の問題に過ぎないとはいえ、払う金も時間もない。終電を乗り過ごす話となれば、事情は、全く異なってくる。

「安心しろ。23区内だ」

「で、何処に行くつもりだ?」

「何で聞いておく?」

数分刻みとはいえ、そこは東京だ。

「そうか」

「着いたが、どうするんだ?」

「だからさ。これを――」

メジャーをピー、と伸ばして建物の柱に貼り付けた。

「お、おい。そ、その建物は……!」

聞く耳持たず、メジャーを後ろへ回し込む。

「ふむ。一メートル少しか。随分太いな」

事実、人柱と、生け贄にされた犠牲者の死体が埋め込まれている、と言えば通ってしまいそうな見事な柱だ。

「基礎組みの際の支柱を再利用しているんだろうがな。おかしいよな、これ。構造的に」

「ん? どこら辺がおかしいのか?」

「推理しろよ、名探偵」

「いや、依頼じゃねえし」

彼を知るクラスメイトからは、その見事な推理力から「名探偵」と称されていた。一時は本気で私立探偵になろうと探偵事務所経営等を真剣に考えていたらしいが、浮気調査や日々のシノギ常套な所詮作り話と知り、早々に現実との妥協に切り替えた。

「分からねえか」

「分からねえよ。いや、正確には分かりたくもないと言うべきか」

その途端、彼の口元から一気に笑みが消えた。

「ん? どうした?」

「はー、白けたわ」

「は? 何だよ、それ」

答えるのも不愉快だとばかりに来た道の方へ振り向いた。

「宿題な」

「タダ働きどころか、名探偵に宿題与える気かよ。偉うなったものだな」

もちろん、双方の信頼関係が成せる冗談だ。

「メシは奢るよ」

「交通費もな」

「はいはい」

名探偵を接待費で雇えるなど安いものだ。

「ああ、それと……女も」

「風俗店にでも行っていろ」

決まったところで、その日は事実上の視察で終わり、柱を後にした。




翌日の、ほぼ同時刻。名探偵の下に電話が鳴った。依頼者からだ。

「はい」

「よう。答えは出たのか」

「さあな」

「答える気にはなれんか」

「ま、預かっただけ、一応は考えてみるよ。期待しないで待っていてくれ」

「そうか。じゃあ、よろしく」


「じゃあ、乗りすがら」

「ああ」


「で、答えは?」

「まず整理させてくれ。あれから俺は一人で行ってみた。そして気が付いた」

「何が?」

「これだ」

スマホを見せた。携帯カメラで撮影した入口が移っている。

「だから、そのどの部分?」

「色だ」

「何の色だ?」

「だから柱の色だ」

「何色だからおかしいのだ?」

「黒だ。そして円柱。建物と一致していない」

「ほう。それがどうしておかしいのだ?」

「支柱なら支柱と普通は同じにするだろう? 経費的にも安くなる。しかしこの建物の柱は違う。わざと円柱にして、円状の覆いで円柱にして、これを黒に彩色してある」

「そこから何が分かると?」

「金はなかったのだろうか。いや、ある。黒覆いで円柱に仕立て上げるだけの金を、たかだか柱如きに賭けられた、預けられた。しかし、建物自身で円柱を覆い、部屋の空間を広げるだけのスペースはなかった、確保出来なかったのか。そう、出来なかった。だからギリギリまで出さざるを得なかった。しかし、出す以上は見てくれに凝る必要が出てきた。それは――」

「来館者を圧し、柱にビビるものは門前払いするという目的があった。舐められてはいけなかったからだ」

「そうだ。舐められてはいけなかった。舐められてはいけないと言えば――」

いくら高貴なる上流の経営者や官僚と言っても政治の穏便――左遷島流しや飼い殺し――で、決して物騒な真似には出ないものだ。

「暴力団!」

「そう。暴力団。極道と言えば聞こえば良いが、要するに反社組織だな」

「お、おい、そんな場所へ俺を連れて行った、って言うのかよ」

「これを観ろ」

動画のようだ。


「観たが」

反社組織の一覧が載った動画だ。

「とりあえず書いてはいないな」

「一部だって書いてあるじゃねえか!」

「ならば実地調査だ。何処の反社組織か、俺達自身で確かめよう」

「もう警察相手の話だろう? お前一人でやれよ。最早不発弾撤去位の物騒な話で、俺としては自衛隊の出動でもいい位だ」

「そうか。分かった」

「で、これの出番というわけだな」

相変わらずのメジャーだ。流石に買い替えてはいない。

「しかしこの柱は何だ?」

打って変わって


ぶら下がっていたハチの巣が棒で突かれた後の様に、早速若い衆が飛び出して来た。

「君達、何をしているんだ?」

言葉は鷹揚なものの答えは決まているかのような口ぶりだ。

「えーと、建物の寸法を測りたく――」

苦し紛れの言い訳をするが通じる筈がない。

「おい」

「は」

若い衆が腕を上げる。

遅れて数人の屈強な背広組に囲まれた一人が現れた。

「へー、興味あるんだ。良い所に目をつけたな」

「は、感無量であります」

二人は詫びを兼ねて必死に頭を垂れた。

「ちょうどいい。思い出作りにこの黒柱の意味、教えてやるよ」

知りたくないです、の声は、若い衆に伝えた男の指令にかき消された。

「……」

二人は事態を悟った。男は黙って腕を振り下ろした。


 数分後、二体の肉塊が血溜まりの上に転がっていた。

「捨てておけ」

「は」


「――本部事務所に設置された機関砲で市民を殺害したとして、警察は、東京都文京区音羽に本部を置く指定暴力団光文会を家宅捜索、ならびに、事件の指揮的立場にあった若頭、鈴木二人容疑者他、事件に直接関与したと思われる組員を、逮捕しました。警察は、捜査に支障が出るとして、詳しい事情を明らかにしていません」。


翌日。普段は閑静な一角が騒然となった。何十人もの機動隊員が盾を翳して入口を塞ぐ中、屈強な男達が続々と同建物に続々と入っていく。

しばらくすると署員が段ボール箱を抱えて出て来た。

「無駄だと思いますけどねぇー。そもそも本部事務所は聖地なんですから。そこでチャカをぶっ放して死体を作る組員なんていませんよ」

総本部長の田中がニタニタと下卑た笑みを浮かべながら証拠物件を漁る署員達を野次る。思えばこの田中自身が鈴木を生贄に逃げ延びた組員の一人だ。組全体の序列が現場元締めを上回るとは皮肉な話だ。

「お前の意見の話じゃない。我々司法機関が決める話だ」

「はいはい」

相変わらずの慇懃無礼さだ。


署では段ボール箱が次々に開いては中の証拠品が各自に回されていく。

しかし何れも芳しい結果は得られなかった。田中の言う通り、拳銃はおろか、衣服一つ残っていない。

「こんな中で、どうして光文会の犯行だと分かったんですか?」

「銃痕を確認した所、光文会の犯行と断定出来たのさ。詳しい事情は不明だが、歴代の犯行から、この銃撃が光文会の犯行だって事だけは断定出来ている。今回の犯行も、その前例に倣って、とりあえず若頭はアウト、という寸法だ」

「あ、アウトって――」

それ位、法として成敗出来る時代になったとはいえ、流石の飛躍に、まだ若い彼はついていけなかった。

「そうだろう? しかし――」

「『証拠がない』?」

「そうだ。で、お前の方はどうだ?」

「駄目ですね。PCから業務用の手帳、ホワイトボード、シュレッダー裁断の紙まで、原紙復元の上精査してみたのですが……」

「そうか」

思いの外、応対した警部は冷静だった。

「という事は計画的犯行ではないという事だな」

もちろん「殺人」という事実以上の刑事事件論拠に変わりはない。

「衝動殺人ですか。では、どのような経緯で彼らを犯行に及ばせたのでしょうか」

「恐らくは向こうから喧嘩売ったんだろうな。そして相手が悪かった――」

もちろん「殺人」の実力行使に出ては全てが暗転・優先する。彼ら、あるいはその協力者たる殺人犯の逮捕に変わりはない。

「よくある話ですね」

「そうだ。今のところはな」

「今の所って……?」

「最後まで気を抜くな、という事だ」

若手が言葉を呑んでいる間に警部が次の指令を出す。

「証人への聞き取り調査だ。急げ!」

唯でさえナマモノを取り扱う話だ。


「止めておけ、って言ったんですよ。それなのにあいつったら……」

少年は残念そうに言うが、不思議とそれ以上の感情は湧いていない。

「やけに冷静だな」

もちろんそこには『お前がやったのだろう?』という含みを含ませた物言いだ。

「しょうがないでしょう。自業自得の話ですから。今更『死んで来い』なんて言いませんが仕方のない事です」

「その時何処にいた?」

アリバイ確認だ。少年の顔が苦難に歪む。

「どうした。言えないか」

「……事務所の監視カメラの映像でも確認してください。押収しているでしょう? そんな『証拠』が抑えられている中で言いたくないですね」

家宅捜査の経緯は彼の情報網でも捉えていたようだ。

「その時間を減らすことが出来る」

「口頭を信じるんですか?」

「そうではないが心象は良くなる。何より作業が捗る。疑わない訳ではないが、疑っている中で問題がないのと、疑わない中で問題がないのでは、雲泥の差がある」

「あなたの気分の問題なら興味ないですよ。勝手に疑ってください。仕事でしょう? 胃潰瘍になってでも見つけてください」

「そりゃそうだな。分かった」

人を思いやる気概はないようだ。

手帳を閉じ、少年の期待する姿へと戻る。

「何かあったら、またお伺いするかもしれません。その時は、どうぞよろしくお願いします」

「無駄だと思いますけどねー」

刑事の卵は見つけ難くても、反社の卵は見つけやすいものだな。俺はそうごちつつ、その場を後にした。


「さて、どうするか」

「考えていてもしょうがない。目撃者、いや、生存者は、あのザマだ。残るは……」

「はぁ、そうですね」

もとより分かっていた事だ。


「さっさと吐く気にはなれんか」

「早く刑務所に入って国へ無償奉仕したいですね」

見ての通りの返答だ。反省の色はなさそうだ。もっとも、捕まってからが出番位の気概がなければ若頭なんて重責は無理か。

「無期という手もあるぞ」

現に銃器をもったハチの巣殺人なのだから司法関係者に見識を問うまでもない。

「願ったりだ」

「二度と自慢の御殿には戻れなくなるぞ」

「無血開城に比べれば大した事じゃない。第一、俺自身、詰めていたんであって、住んでいた訳じゃない。住人、いや、家主という意味なら、下っ端の住み込みの奴らや責任者の総本部長の方が余程か住人だ」

「自宅にも帰られなくなるぞ」

「同上」

「なら上がらせてもらうぞ。はっきり言って鶴の一声なんだからな」

正確には事務手続きは存在するし事前通告も行う。いくらでも証拠物件は隠蔽出来る。しかしばれたら証拠隠滅だ。だから隠さない。微妙な釣り合いの中での信頼関係の下で捜査が成り立っている。皮肉な話だ。

「どうぞ。解けるものなら」

再度のガサ入れは決定的なものになった。

「お前の了承として入るぞ」

「どうぞ」


「こんなものが見つかったぞ。鑑識によると、やはり被害者の血痕だった」

メジャーを叩き付ける。

「首でも括ったのでしょう? 見上げたものです。住み込みの若い衆より余程才覚があったのに。惜しい限りだ」

「もっとも、才覚が有ろうとお前らの輪に入るとなると、話は別だろうがな」

「それはもう、私らの立場に立って組への良きご縁がございましたら、と言ったみたまでですよ」

「待て待て。だから、銃殺された筈だろうが。何で締め上げた話に飛躍するんだ?」

「楽にしてやったのでしょう。現に介錯という安楽死の歴史がございましょう?」

 打ち首という刑罰があった中、斬首が腹を切った相手への情けとは、思えば皮肉な話である。

「血が滲むほど締め上げたにしては、やけに体内から発見された弾数が多かったそうだな。ほぼ即死とも聞いている」

「そうですか」

司法解剖の結果、短時間に多数の銃弾を浴びた事が判明している。

「さて、不自然な箇所がある。ほぼ即死の筈なのに、何故か首を締め上げている。おかしいな。何故死体を首を絞める必要があったのだ? 無駄に証拠物件を残す事になる」

「ですから、名誉の死と若い衆が、せめてもの手向けを、情けを掛けてくれたと言っているじゃありませんか」

鈴木の口元に笑みが浮かぶ。やはりこいつは反社なのだな、と思い知る。

しばらくの内に再び若頭の顔を変えて厳かに続けた。

「死んだ、死んでいない、ではないのです。名誉の死が大事なのです。武士の情けというヤツですね。殊に肉塊とまで果てた中で名誉の死と昇華するのは実物を見た中で大変な勇気だとは思いませんか」

「その極道の常識を彼は承知していたのか」

「知りません」

いや、知っている。ほぼ即死の中で彼が判断出来た筈はない。

「ではお前らが、銃殺の上、名誉の死と、でっち上げたと認める訳だな?」

「ですから知りません、と、是も非も私には判断付きかねます、と言っています」

「お前の指揮ではないのか」

「露払い一つに、そんな足がつく真似はしませんよ」

「では、そもそもが名誉の死でなかった訳だ」

「そこを名誉の死と我々が讃えたのです」

「偽装工作だ。犯罪だ」

「はいはい」

「ほう。入る覚悟は出来ているか」

「凶器は?」

「ない」

鈴木が高笑いを上げた。遮るように俺は一段と声を上げた。

「だが銃弾はある。俺は彼の死を無駄にはしない」

「なるほど。まさにホシを捉えた訳ですね。楽しみです」


「何で現場にメジャーがあったんだ?」

「さあ」

「お前だったらどうする?」

「どうするって」

「鈴木は名誉の死をでっち上げたと証言した。不自然だとは思わないか」

「それは思いますが、でも彼が何を考えていたかはさっぱり」

「では現場に行ってみるしか答えは出てこないだろうな」

「そうでしょうね」


光文会の事務所。見事な作りだ。十階以上の階層。

正面からでは見えないが後部では皇居が臨めるらしい。良い身分だ。

「しかし見事な出来ですね。資金活動はどうなっているのでしょうか」

「さあな。いずれにせよ、余程バックがデカいのだろうな。装飾に金かけられる余裕があるなど、本部事務所という前提があるとはいえ、アパートやマンションの一室が組事務所何て二次、三次連中とは考えられない話だ」

数台の監視カメラで我々の行動は周知しているだろう。しかし。住み込みの連中が露払いと出て来る様子はない。鈴木の手配の賜物だろうか。

「それにしてもこの柱、凄いですね。何で六本もあるんですか?」

「暴力団事務所としてはありだよな」

「そうですね」

「創業に貢献した六人を記念して支えてもらっているとか」

「……正に人柱ですね。救いなのは誰かを埋め込んでいる訳ではなく、省庁としての柱か」

「そうですね。しかしメジャーとは」

「ん? なんでそこでメジャーが出て来るんだ?」

「警部。検診されてますか」

「そりゃな」

「じゃあ、胸囲とか、計った経験、ないですか?」

「そりゃ……ん? まさか…」

「そのまさかですよ。有り得ない訳ではないでしょう?」

「ううむ……」

胸囲を測るように、かれらもまた柱に惹かれ、計測したのだろう。しかし、それが何だというのか。

「直前に何をしていたのかは分かった。しかし、それで、何故彼らの悪ふざけが血痕が付くのに至ったのか」

もしそうならば、彼らは住居侵入を始めとした民事的な微罪で済んだのかもしれない。もちろん、刑事事に至った彼らが鈴木を抑える罪が正当防衛と無罪放免になることはない。不幸な話ではあるが彼の死には報いる必要がある。

鈴木の取り調べが無駄に終わった事は後は、現地調査に至った経緯に進むだけだ。

「しかし太いですね。一メートルはある――」

「そりゃこの高さの支柱なら当然だろう」

窓の数から十階以上、仮に十階、一階当たり二メートルとしても二〇メートルの高さだ。そこから更に、あの塔屋まで含めたら、二五メートル位はくだらないだろう。

「さて、調査だな」

「そうですね」

光沢と手触り具合から何かの石と知る。

「柱を石で囲うのかよ。すげえ金持ちなんだな」

「普通は一部として溶け込むものですよね」

しばかく手触りを味わうが格別気になった個所はない。

「どうだ?」

「駄目ですね。唯の石柱です」

「石で覆ったな」

「そりゃあ、そうですが」

もしも本当に芯まで石の石柱ならとんでもない事だ。

「極道にしてはおかしいですね」

「そうだな。ま、個別の思い入れを気にしてもしょうがない。今は物証の確保だ」

「それはそうですが……」

警部が下を向くとギョッとした表情を見せた後、突然屈みこんだ。

「お、何だこれ?」

「どうしました?」












「柱?」

警部は驚いた顔をした。

「そうだ、そうだ」


「所詮、城塞か」


メジャーが回収された。

「」


「市民が何者かに銃撃され重傷を負った事件で、警察は、指定暴力団光文会の組員藤野容疑者を逮捕しました。藤野容疑者は『殺しが見たかった』などど供述し、容疑を認めている模様です」


「凶器は?」

「……」

「黙秘かい」

「まぁ、鈴木よりはマシだ」

「どうしますか。一つ――」

「俺達は警察だ!」

「冗談ですよ。警部が間違わないかどうかと」

「俺を試すなど十年早い」

「左様でございます」

「となると――」


「光弾会」

住み込みの電話番だろうか。しかし何とも武闘派な名前だと感心する。一息置いて一気に捲し立てる勢いで告げる。

「俺だ」

流石に腹の内を化かし合う兄弟仲ではないが、一線を置いての仲で

「…令状をお願いします」

「違う違う。光文会の件で捜査に協力願いたい」

「……光文会の話です。知りません」

案の定だった。そもそもが光文会が引き起こした衝動殺人の話を一次団体の責任など出来ない。慎重に言葉を置くように一拍置くも、取り次ぐ事もなく電話番が続けた。断りまでワンセットなのだろうか。

「そうか。失礼した」

「……」

受話器が切れる。

「どうでした?」

「駄目に決まっているだろう?」

「それはそうですが……鈴木も駄目、不二三も駄目ときました。後は」

「徹底的に光文会を叩く。令状の準備だ!」

異例の特例が通達された。全フロア集中取り締まりにより総本部に全組員の立ち退き、拒めば現行犯逮捕される令が命じられた。唯でさえ若頭不在の中、立ち退く者は一人もなく、全員が拘置所送りとなった。

「そんなに簡単にいくものなのですね?」

「当たり前だ。泳がしているだけだ。突入など、いくらでも出来る。理由を模索しているだけだ」

現に最強の組織は「桜田門組」だと、真しやかな噂――ブラックジョーク――で業界では知られている。いくら拳銃からロケット弾で武装しようが、その気になれば、人海戦術は無論、自衛隊までついてくる中、本部立て籠もりなど何の意味もない。米軍を経た超法規的措置なら、ミサイルをもってもろとも一発終了の話だ。

「どこに隠した」

「知りませんよ」

それ以上は不可能だ。

「どうします?」

「決まっている。破壊する」

資金繰りや解散で事務所を明け渡す必要になった場合、民間機関へ売却、あるいはそれさえもされずに解体処分される。組の所在地を知っている組員達の標的になるのを恐れる為だ。

だがそれも組員達の自主措置の話だ。腕ずくで破壊活動を行うのでは訳が違う。

「わかっている。鈴木だ、鈴木」

「あ、なるほど。しかし、上手くいきますかね」

「どうせ組員が組員だ」

「なるほど」

「……分かっていますね?」

流石に言葉に詰まりながらも、やはり他の組員達の安全を確保は、有利に動いたようだ。

「やれるものならやってみろ。お前たちには悲劇以上の悲劇が待っている。国の礎となれるのなら本望だ」

「ご勝手に」



「草原組」

戦中、光弾会と光文会が新艦砲をもってシマ一帯を守り切るも、焦土と化し草一本生えない中で、千代田区から離れた飯田橋を守り抜いた老舗組織だ。今は正業なシノギに精を出し、静かに末端の任侠団体として生き抜く事を選んでいるそうだ。

「光文会で殺人事件が起きた」

「そうですか。残念なことです」

「マシンガンのようなものでハチの巣にされたそうだ」

「それはご愁傷様です」

光文会の話だ。草原組には何の意味もない話だ。

「まさかとは思うが光文会に武器給与などは、してはいないよな?」

戦中、草原組は、膨大な戦闘機や戦車を所有し、国から応援を要請されていた。しかし今は一切を国に献上し、裏取引で得た何倍もの豊富な資金の運営をもって余生を過ごしている。

「足を洗いました」

「惚けるな!」

「していないというよりも、しようがございません。ないのだから」

「だからどこに凶器を隠していると言っているんだ! 凶器を隠し持っているなら同じだと言っている!」

「刀を持った侍が廃刀令で取り上げられ、経営者として見返した記憶を、お忘れですか?」

事実、今日の日本を築いた中に元士族が存在する。代表的なのは渋沢栄一だ。生来の士族家系でなく農民から士族、そして経営者となった成り上がり者だが立派に士族の道を歩んでいる。

「我々草原組も同じです。真面目に働いています」

「真面目と言ってもシノギだろう?」

「今はその問題で来たのではないのでしょう?」

「……本当にないのだな」

「はい」

「よし。証拠は押さえているからな」

同意なしに記録が録られる事は先方も理解している。

「ご勝手に」

どこかで聞いた台詞を残して草原組との聴取は終わった。

「どうでした?」

警部は首を横に振る。

「どうします?」

「次は……光弾会だな」


「またですか」

「今回は武器給与の話だ」

「していませんよ」

「以前はしていただろうが! いや、お前らが親分格だろうが」

光弾会は光文会の二次団体である。つまりは幹部に光文会が含まれるという事だ。

「担当が不在です」

「呼び戻せ」

「先方の都合がございます」

「知るか」

「知りませんよ」

「取引を経って何が悪い」

「その分賠償してくれるという事ですか。家族が路頭に迷ったらどうしてくれるのです? いや、どう説明するつもりですか?」

「案ずるな。金などいらん。ムショでただ飯が待っているぞ」

「ん?」

警部の体を一筋の閃光が覆った。

出席のなかった警部を節に思いながらも増員を用意する。

黒焦げになった死体が転がっていた。

警部は応援を呼ぶ事にした。


やはり死体は警部のものだった。

本部前に転がっていた大学生、本部内で黒炭と果てて転がっていた警部。これで一連の犠牲者は二名になった。早速、追加の予算が組まれ、徴集がかかり、次の警部が光文会の捜査にあたる事になった。

「知らないか」

「知りませんよ」

「監視カメラがあるだろうが」

「事務所内にはありません。そういうものです」

「突入されたらどうするのだ」

「外のカメラで十分です。入ってくる以上は必ず写っていなければならない」

「他から入ってこられたらどうする?」

「例えば?」

「あさま山荘事件のように壁を破壊して入ってくるとか」

「それまでにカタがついているものです」

確かに。捨て身だったからこそできた所業だ。

「拳で鉄板を叩き割るのですか? 我々でも不可能です」

ダンプやトラックといった大型車両による突撃からの防御以上に侵入経路を絞らせる意図もあるのだろう。

「では調べるぞ」

「ご勝手に」


今回は複数人での参加となった。誰かが残れば良いのである。証拠を携えて。

「殉職」が話題になった刑事ドラマに感化された上司がいるのだから苦労はない。

「警部」

「ん?」

「これ見てください」

部下が壁を指す。

「なんだ、煤けているな。それがどうした?」

「火事でもあったのでしょうか」

「知るか」

「そういえば確か警部は焼死体で発見されたのですよね?」

部下は意図を伝えた。

「少なくとも室内で火が上がったのは確かなようだな。だがそれがどうした。火元が、火種が見つからなければ意味がない」

火は消し止められており焼死体運搬の救急車のみで、消防を手配する必要はなかった。延焼の懸念は消えたが、代わりに捜査は、証拠隠滅も併せた難儀な捜査となった。

「同じだ」

「どうした?」

「弾を撃った後と」

「どんな?」

「撃った後、煤けるでしょう? 同じ論理です」

「まさかこの部屋自体が銃口だとでもいうのか? バカバカしい」

「その可能性も一理あるという事です。私もそこまで信じていません」

「証拠を集めろ」

「分かりました。では壁一面を拝借願えないでしょうか」

「鑑定させるのだな」

「そうです」

「サンプルだ。採取程度にしろよ」

「分かっています」

早速重機部隊が急行し、壁が剥がされた。

「警部。やはり壁面に銃弾のような痕跡がありました。やはりあの部屋一帯が銃口のような作りとなっている模様です」

報告には数日を要したが待っていた甲斐があるものだった。

「なるほど。では警部は部屋に入った途端に即死となった訳だ」

「残念ながら」

「でも、ま、これで皮肉も二件目の方が先になった。続いて一件目だな」

落ち込む部下の尻を警部が叩く。

「そうですね。遺体も安らかなものだったそうですし、事件解決には代えられません」

遺体の様子から部屋中に熱波が生き渡った段階で即死だったようだ。

「これはどうなっている?」

「進展はありません」

事務所前だっただけに、記録に残しながらも早々と通行規制は解除されていた。今は事件前と変わらない姿を見せている。

「また本件も同じような荒唐無稽が――」

「決めつけは良くないぞ」

「それは分かっていますが」

「気晴らしに光弾会も見てみるか」

「気晴らしですか」


「ご勝手に」

あっさりと通った。

「おい、これ見ろ」

「え?」

「同じ建築家かな」

「それが何か?」

「同じという事は何かがあるはずだ」

「デザインが気に入られたのではないでしょうか。しかしデザインが同じというだけで何だと言うのです? 事件と何の関係があるのでしょうか」

「無理が利く訳だ」

「無理とは」

「共犯だ」

「まさか、それはないでしょう」

「表向きの稼業が不動産とか、よく聞く話じゃないか」

「と言われましてもね。先に証拠を固めていく方が」

「おう、そうだな。ん?」

「どうしました?」

「おっと、何をしていますかな?」

拳銃が握られていた。どうやら機密保持の為の処置らしい。

「やはりそういう事か。焼死体と一緒だな。焼死体は入り口だったが、今回は柱という事で問題はないようだ」

「人柱に興味はないですかな」

如何に銃を構えようと複数人相手には虚勢にして組に殉じる覚悟なのだろう。

「我々は事件解決を願っている。協力を願いたい」

「人柱の方向でご協力を願えればと思います」

数人が軽傷を負うも無事された確保した。これで光文会に続き、一次団体の光弾会にも足がついた格好になった。事件は迷走を極める事になるのは必至の事態となった。

当然に取り調べで組員は黙秘を続けた。しかしヒントは聞き出せた。光弾会先である事、光文会は、親分直々の寵愛を受けての建設となった程度で、事件の成り立ちには一様に口を閉ざし続けた。

「昔なら拷問なのにな」

「そんな無茶な」

「冗談だよ。もしも、だ」

「で、どうするというのです?」

「決まっているだろう? 壁の次は柱だ」

「また大掛かりな捜査になりそうですね」

ふと影が覆った。周囲から悲鳴が上がった。見ると、二、三十メートルはありそうな巨大な砲塔が魔の前のある。

砲塔が光り輝くとともに辺り一帯の気温が上がり出した。

二人の対話が続くことはなかった。


光弾会をも巻き込んだ騒ぎは、瞬く間に全世界に通達される騒ぎになった。中には、すわ、戦後のゲンバクか、などという論調まで踊り出していた。一反社組織でしかない筈の任侠団体から信じられない兵器が出現した事に世界は震撼し、核保有国がミサイル発射の応援を要請してきたが、平和国家を掲げる政府は丁重に辞退した。

国の威信を賭けた捜査は、あっという間に警視庁他、他道府県警察の応援を要請する事態になった。一説によると自衛隊への要請も進んでいるという。光弾会には日夜アパッチヘリが飛び交い、パトカーに変わり戦車が砲塔を向け、監視を超えた籠城戦のような趣きとなった。もちろん徹底抗戦の一組織でしかない光弾会に全世界の軍を相手にしてまでの矜持はなく、数日で落城する運びとなった。

柱の一角に穴が開けられた。柱はマシンガンになっており、普段は地に埋まっている形になっていたそうだ。



全ての始まりとなった光文会は本部事務所を明け渡し、即日解体される事になった。解体に際し、徹底的な家宅捜索が行われた。捜査の中、高層部にも部屋があり捜索する事になった。駆け付けた一同は部屋の一様に息を吞んだ。部屋には腐敗衆が立ち込め大量の使用済み注射器と腐乱死体が見つかった。判別不可能な惨状だったが辛うじてまとった衣服から女性と判別させた。また胎児と思わ色腐乱死体も確認された。どうやら日夜、最上階では地獄の宴が繰り広げられていたようだ。

部屋は完全防音。密閉空間になっており、戦中は、籠城の際の最後の指令室として作られたらしい。戦後は改修され、完全防音の収容所となっていた。鑑識の結果、死亡推定時刻は明け渡す辺りと推定された。立ち退きに同行する事さえ許されず処分となったのだろう。自然死に任せるより、即死で応えさせたのは、せめてもの情けという事だろうか。

「惨いことを」

「言ってもしょうがない」

「それはそうですが」

「気にしてもしょうがない。飯でも食いに行くぞ」

「終わったばっかりなのに」

「俺の奢りだ」

「そういう問題でなくて。気分の問題だ」

「ソバなどどうだ。夜鷹そばというだろう?」

「…その昔、本当にそんな値段でね」

「で、どうなんだ?」

「まぁ、そば位なら」

「コンビニにあるだろう? 現代の夜鷹そばが。コンビニも」

「結局、ね」

「そういえばメジャーだったな。メジャーなソバだ」

「お後がよろしいようで」

今は無き立ち食いソバで食べた太い麺。かの思いを噛み締めながら思いながら食べてみよう。そう思うと部下の方から声が出ていた。警部は答えず足を踏み出した。