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スプライトとルーフトップ

バングラデシュという国に行った。もう5年以上前の話だ。

あまり有名な国ではない。少し地理に詳しい人なら、日本の国旗に似た、日の丸のようなデザインの国旗を見たことがあるかもしれない。

インドの東、本州の3分の2ほどの大きさに1億人以上が住むこの国には、不思議なほど観光客が少ない。

もちろんこの国にも世界遺産はあるし、国全体に広がる沼地やジャングルは、それこそベンガルトラのような貴重な動物の生息地としても知られる。

だからこの国に観光に資するものが何もないわけではない。しかし隣国のインドなどと比べると、外国人、それも観光目的でやってくる人々の姿はほとんど見られない。

そのせいで、外国人(ここでは「肌の色が違う人」と思ってもらうとわかりやすい)の旅行者が歩くと、たくさんの人から声をかけられる。特に日本人は珍しいのか、旅の最中で随分と声をかけられた。

でもそれは、例えば観光客に対する商売めいた客引きの声とは違って、もっと純粋で興味本位なものに感じられるようなものだった。

簡単にいえば、ここはとても人懐っこい国なのだ。

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バングラデシュに着いてから、ぼくはフェリーやバスなどの乗り物を乗り継いで、西へ向かって移動した。

インド国境まで100kmほどの街・ジョソール(যশোর)にたどり着いたのは、この国にやってきてから6日目。観光地ではない、ごく普通の田舎町だ。

手元のガイドブックには、この街についてほとんど情報が記されていない。ここにやってきた理由も、単に宿を探すためだけであって、翌朝になればそのままインドへ向けて出発する予定だった。

片道3時間以上。文字通り満席のバスに揺られてガタガタの道を走ってきたせいか、すでに疲労困憊だ。それにバスの座席が硬くて、ぼくのお尻はとても痛かった。

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バングラデシュの典型的な田舎町でしかないこの地に、観光客向けの特別な場所はほとんどない。

英語が通じるレストランすら見当たらないこの街で、ぼくは屋台のカレースープや、チャパティのような薄いパンでお腹を満たしながら、さして見どころもない街の目抜き通りを散策していた。

道を歩いていると、4人組の男の子たちが声をかけてきた。

ぼくはもちろんベンガル語が話せない。相手もそれをわかってのことか、片言の英語で声をかけてくる。

「ハロー、どこから来たの?」

「日本から来たんだよ」

「わー、ジャパニ(日本人)だ!何してるの?」

余談だが、自分がジャパニ(日本人)だと言うと、相手の反応が急に変わることも何度かあった。幸いなことに、バングラデシュでは日本のイメージは比較的良いらしい。先人たちの苦労のおかげだ。

「ただ街を歩いてるだけだよ。きみたちは?」

「遊ぼうよ!街を案内してあげるから」

そんな感じで、突如として少年たちによるツアーが始まった。

予想外だ。いったい彼らはぼくをどこへ連れていくのだろう。少し不安を抱えつつも、この想像だにしない展開を少し面白がる自分もいる。何も言わずについていくことにした。

大通りから旧市街の方へと入っていく。細い道を行ったり来たりしながら、ここでもないあそこでもないと、何回も進路を変える。どこか特定の場所を探しているようだった。やがて一人が口を開く。

「お腹は空いていないか?ごはん食べない?」

こちらはすでに夕飯を食べてしまった。お腹は空いていないと言ってやんわり断ると、少年たちが落胆したような声をあげた。やがて彼らはまた別の店を案内し始め、同じセリフを繰り返す。そんなやり取りが2、3回続いた。

あとから気づいたことだけど、おそらくその時、彼ら自身もまたお腹をすかせていたのだろう。しきりに中華料理屋(こんな街にも、チャイニーズはある)や、現地の食堂へ連れていき、腹が減っていないかと聞いてきたのもそのせいだ。

何軒も案内されるのに疲れてしまったので、少し困惑した表情で、もうこれ以上食事をとるつもりはないのだと明確に告げた。彼らは少し考えたあと、ぼくをとあるホテルの中へ連れて行った。

建物の階段を登っていく。みな何も言わずに黙々と登りながら、ぼくについてくるように声をかける。仲間の一人はぼくの手を掴んで引っ張るかのようにしてぼくを誘導した。

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階段はそのまま最上階へと続いていた。ドアを開けるとそこはホテルの屋上だった。そこにはレストランがあった。

高級なホテルではない。日本で言ったら安宿といっていいレベルだ。テーブルも椅子もプラスチック製の簡素なものだけど、それでも建物の屋上に並べられた様子をみると、確かにここがルーフトップのレストランだとわかる。

大きな建物が少ないこの街で、周囲の建物よりも少しだけ高いこのホテルの屋上に立った時、思いがけず街の夜景が見えた。

もちろん大きな街ではないから、夜景といっても大したものではない。電気の消えた暗い建物もちらほら見えるし、バングラデシュの片田舎でしかないこの街で、お世辞にも「美しい」とまでの景色ではない。

それでもぼくはこの光景を目にして、どこか驚きと安心が入り混じった不思議な気持ちを抱きながら、同時に彼らのやや荒っぽい「歓迎」の気持ちを感じられるようになっていた。

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しきりとレストランに連れて行こうとする彼らの姿を、ぼくは確かに、ややうんざりとした思いで見ていたような気がする。少年たちとはいえ、異国の地で出会った見知らぬ人たちに、疑うことなくついてきてしまった自分の軽率さを後悔する気持ちも感じていた。

でも、彼らは少なくともぼくをどこか特別な場所へ連れて行こうとしていた。それがこの夜景が見えるルーフトップレストランだったのだ。

それは仮に「おごってもらおう」という下心付きだったとしても、彼らなりの歓迎の仕方だったのだろうということを、ぼくはこの場所に来てようやく素直に理解することができた。

同時にぼくは、自分の心の狭さを恥じた。

確かに一連の流れには、強引さや少しばかりの下心を感じる瞬間はあった。それでも彼らはきちんと、この日本からやってきた自分のことを、彼らなりのやり方で暖かく迎え入れようとしている。

であるならば、目を向けるべきはその下心ではなく、その「良心」の方ではなかったのか。その気持を素直に受け止めるべきだったのではないか。

異国の見知らぬ街でふと夜景を見ながら、そんな事を考えさせられた。

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旅の面白さは、異なる習慣や文化に出会うことだと思っている。

コミュニケーションのとり方や、考え方の違いなど、ふだん自分が接している日常とは異なる体験によって、自分自身の心が大きく揺さぶられるとき、そこに本当の人間力が試されるのだ。

そして時にそれは、自分自身の視野の狭さや無知をさらけだすきっかけとなる。知らない土地に行ってつい気持ちが固くなったり、防御的で人を疑うような気持ちになって、「嫌な自分」に近づいていることを実感するときでもある。

彼らのやり方は、確かにぼくらの基準では距離感の近い「強引な歓迎」だったかもしれない。しかしそれ自体が悪いわけではなく、単にスタイルの異なるコミュニケーションのやり方、というだけだったのかもしれない。

あの旅から5年以上が経った。今となっては、そのことが少しずつ実感できているような気がする。

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お腹の空いていないぼくは、ルーフトップレストランで飲み物を注文した。

せっかくこんな場所(ホテルとは言っても、地元の人でなければ絶対にたどり着かないようなビルだった)を紹介してくれたのだから、これは彼らに飲み物をおごってあげなければいけない、と感じた。

まだ成人にも達していない、そしてイスラム教の国で生まれ育った彼らにはお酒を飲ませるわけにはいかない。

やがてプラスチックのコップが人数分運ばれてきた。そして注文した飲み物がテーブルの上に置かれた。

ぼくたちが分け合って飲んだのは、ペットボトルのスプライトだった。

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