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第七十三景 マッチングアプリ大戦記 episode12

「12人目 Hさん ミドサー ?似」

傷心の僕は再び、アプリを開き、同じコミュニティに入っている女性を物色していた。なんのコミュニティかは忘れてしまったが、ある女性が目に留まった。

その女性はマスクをしていた。ここまでの経験から、鼻を含めてその下が隠れている女性の写真は信用してはならないと学んでいたが、ぱっちりとした二重と下瞼の感じが元妻と似ていたので仕方がなかった。

とりあえずいいねを送ったところ、すぐさまマッチングした。問題なくやり取りが進み、会うことになった。やりとりの中で、誤字が目立ち、会話がかみ合わないところもあって不安に思った。

しかし、人と付き合ったことがなく、好きなタイプが分からないということを正直に教えてくれたし、文面から細かい事は気にせず能天気な性格が伝わってきてはいた。

コロナ自粛明けということもあり、有名な神社と公園をほっつき歩いて、お昼ご飯を食べることになった。

車を2時間ほど走らせると目的地に着いた。車から降りるとうだるような暑さで、少し先は地面から立ち上がる熱気でゆらゆら揺れていた。駐車場からお店までは少し離れていたし、まだ時間があったので、お散歩をすることに決めた。

それにしても暑い。背中にじんわりと汗が湧いてきて、歩き始めたことを後悔した。それでも歩き始めたからには止まることも癪だったので、そのまま歩き続けた。

流石に限界が訪れ、冷房の効いた場所がないか、辺りを見渡したところ駅が目に入った。駅の待合室なら、涼しいだろうと当たりをつけて、足を進めた。

日陰に入りながら歩くと少しは暑さが和らぎ、暑いのは日差しなのだと気づいたが、それは気休めでしかなかった。木で作られた事が分かる駅舎の中に足を踏み入れた。

奥に誰もいない待合室を見つけ、扉を開けて入るとそこは楽園だった。約束の時間まで涼もうと思い、相手にLINEを送った。駅のアナウンスに耳を傾けていると、扉の向こうから誰かの視線を感じた。

目線を上げると、女性っぽい後ろ姿が見えた。ちょうど駅の外にいるとの連絡がきた。外に出ると、先ほど見かけた人が待っていて、それが今日の待ち合わせ相手であった。

手には携帯式の扇風機のようなものを持っていた。マスクを外して、挨拶をしようとしたところ、相手もマスクを外した。その瞬間、あらゆる感情が僕の中に瞬時に湧いた。

その感情を無理に押し込めて、お店に向かうことになった。当初予定していた蕎麦屋が不定休であったため、休みだった。もうひとつの候補はやっていたのでそこに入った。以前来たことのあるわっぱ飯のお店だった。

店内は涼しく、一気に汗が引っ込んだ。なぜか熱いお茶が運ばれてきて、湯気がもうもうと立っていた。僕はあゆのわっぱ飯で、彼女はざるそばを頼んだ。

扇風機が羨ましかったので、涼しいかどうか聞いてみたら、母とLIVEに行ったときに、落ちていたものを拾ってきたのだと教えてくれた。少し驚いた。いや、かなり驚いた。変な人なのだと思った。

あゆのわっぱ飯は小骨が口の中に刺さり食べづらかった。青のりがあゆの下のご飯に、振りかけられていたため、それが歯にくっついていないか終始気になった。

彼女はそれで足りるの?という量のそばを平らげて満足していた。あまり食への興味がなく、あっさりとしたものならば、なんでもよいとのリクエストだったことを思い出した。

ここで解散することも考えたが、流石に早すぎると思ったので、予定通り神社に行くことにした。扇風機は生温い風を作りだしていた。そのうち充電が無くなり止まってしまった。

神社の敷地内には鹿がいて、それをしばらく眺めた。鹿はごはんに貪欲で、野菜の入った袋を持つ子連れの親子の前ばかりに、密集していた。それにも飽き、石畳の道を歩いた。同じところを2周した。

彼女の好きなアイドルの話をしながら、駅に向かった。今日、時間を取ってくれたことに対し、感謝を伝え、そこで別れた。

酒屋で弥彦ブリューイングのビールを買い、それを家に帰って開けることを想像し、ワクワクしながら帰路に就いた。彼女と連絡を取ることはもう無かった。

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