【凡人が自伝を書いたら 36.伊勢の国(上)】
12月上旬。冬の伊勢(三重県)。
寒い。
なんだか、寒い。
海が近いからか、少し北上したという気持ち的な面からか、寒い。(いや普通に温度的な問題だ)
ただ、僕の気持ちはウキウキしていた。
なぜなら、久々の再会が待っていたからである。新入社員の時にお世話になった「山﨑店長」、そして研修の時にお世話になった「小島さん」。この2人が待っていたからである。
山﨑店長はこの1年ほどで昇進し、「エリアマネジャー」になっていた。「小島さん」は元々、社員研修課に居たが、この度、営業部に「店長」として戻ってきた。この新店舗での店長はその復帰戦だった。歳は一つ上だが、短大出身で、社歴は3年上だった。それでも、24歳という若さで、社員研修を任され、新店舗の店長まで任される、「若手女性社員、期待の星」であった。
山﨑マネジャーの方は相変わらずの感じだったが、ひとつ「若頭」が「組長」に昇進した感じの雰囲気だった。(どないや)
僕らはとりあえず、同じ市内のホテルにチェックインし、最寄りの居酒屋へと向かった。
とりあえずは、久しぶりの再会と、巡り合わせを祝って、乾杯!!
これだった。
「漁村と真空」
活動開始まで、まだ2日あったので、とりあえず僕らはそれぞれ入居を済ませることになった。僕は鍵を受け取り、ナビ通りに新居へと車を走らせる。
「目的地マデ、45分クライ、カカリマス。」
まったく心のこもっていない声で、お姉さんにそう告げられる。
45分。
。。。
遠くね?
これだった。
初めは市内を走っていた車も、徐々に田んぼが増え、山が見え、その中に突っ込んでいく。作ったやつが意地悪をしているとしか思えないクネクネ道。もはやナビも真っ白になり、どこを走っているのかもあまりわからない。とりあえず一本道なので、クネクネと進んでいた。
長い。
いつまで経っても終わりが見えない。
「デコボコ道や、曲がりくねった道、地図さえない、それもまた人生。あ〜あ〜〜〜」
「ひばり」やん。
これだった。(運転に集中しろ)
「鹿に注意!!」
「熊が出ます!!」
「イノシシ出没!!」
生態系が多様すぎる!!!
あの〜、この先に「村」はありますか?
「第一村人」を探したが、こんなところに村人がいるわけがない。
いるとすれば、それは「狩人」だ。
ただ、「狩人」さえもいなかった。
20分ほどウネウネした。
こんなに山道をウネウネしたのは初めてのことだった。レースゲームなら、ここはきっと、Sランクの「超難関コース」になるに違いない。
若干吐きそうになりながらも、なんとか山を越えて、田舎道を進むと、海際の「小さな漁村」に到着した。
「目的地ニ到着シマシタ。案内を終了シマス。」
「え、」
ここだった。小さな港に停まるボロボロの漁船。フっと、吹けば飛びそうな、何屋かわからない店。杖をついて亀のようなペースで歩く、爺さん婆さん。
見渡せば、建物は全て灰色。
なんかこう、「虚しさ」のような感情が湧いてきた。
落ち込みながら、物件に向かうと、3階建てで、ボロボロではないが、決して新しくもないアパートだった。
アパートの目の前は「刃物屋」。
「刃物屋」なんて初めて見た。大体なんだ?「刃物屋」って。なんで潰れないんだ?
「あ、成程、ここは漁村でしたか。」
くそ!!!!
これだった。
カンカンと音のする階段を登り、3階にある僕の部屋の、無駄に重い扉を開けた。
広い。
無駄に、広い。
12畳ほどある、畳の和室。手前には板張りの8畳ほどのダイニングキッチン。20畳の1DK。
虚しい。
これだった。
ここはレオパレスではなかったので、家具は別に「レンタル家具屋」が運んでくるらしい。そんな「なにも無さ」が、さらに虚しさを助長していた。
夜。
ガラガラとベランダの扉を開ける。
無音。
真っ暗。
「ん?ここは真空ですか?」
ギリギリ空気はあるらしいが、限りなく真空。
僕は、不貞腐れて酒を飲みながら、一本の電話の内容を思い返していた。
僕は人事部の女性の先輩と仲良くなっており、異動の際に電話があった。
「ね〜、次の移動先の物件どんな感じがいい?」
「あ〜そうですねぇ。今の部屋がちょっと狭いもんで、次はできるだけ広い方がいいですかね。あと、できれば畳の部屋なんかがあるといいですね。僕、畳の方が落ち着くんですよ。立地?そんなの、店から通える範囲だったら、なんでも構いませんよ?」
くそ。。
確かに「僕が頼んだ条件」は全て満たしてやがる。
店までは約45分。
そりゃあ、1時間でも2時間でも、物理的には通える範囲には入るだろう。でも、そういうことじゃないだろう!!
もしかして、僕が本社を離れるときのお別れ会の飲みの席で、「私、結婚できないんだよね〜。」と言っていた先輩に対して、「え?逆に結婚しようとしてたんですか?笑笑」と言ってしまった、あれを根に持っているのか?
間違いない。あれの仕返しだ。くそ!!あんなこと言うんじゃなかった!
酒が回ったようで、本気でそのことを後悔していた。(二重で愚か)
「限りなく黒に近いグレー、ところどころちょっぴり黒」
オープン準備が始まった。
オープン日は年明けの1月末なので、期間は約2ヶ月あった。
まずは何より「採用」が肝心だ。
小島店長が「私の店のスタッフだから、できるだけ私が面接したい。」と言っていたので、下っ端の僕は「募集のポスター」を貼ってもらうべく、役所やら、学校やら、スーパーやら、自動車学校やらを回っていた。
「あの〜これ貼って欲しいんですけど。」
「いや〜うちはそういうのは。。。」
「あの〜これ、、」
「うち、そういうのダメなんだよ。」
くそ!!!
紙一枚貼るくらい、良いじゃねえか!!何もデメリットないだろう!!
いや待て、
ん?逆に「メリット」も無くね?
これだった。
ほうほう。なるほど。「メリット」ね。
「あの〜これ貼って欲しいんですけど。」
「いや〜うちは。。。」
「ですよね〜。ただ、もし貼っていただいけたら、逆に、こちらのチラシとかそういうの、貼るのは会社で禁止されてるんですけど、スタッフに配りますから。大体5、60人のスタッフに見せることができますから!なんなら僕も口で行けと言いますから!」
実際はもう少し細かく説明したが、大体こんな感じだった。
「それなら。。」
いける!!
この作戦はいける!!!
僕はなぜかメンタルがいきなり「鋼」になり、一度断られた店や施設にも顔を出して、あれやこれや言って、結局は貼ってもらった。(その節はすいません。)
その他グレーなことも結構やったが、それは反省文1枚で済んだのでよしとする。正直、「報告、連絡、相談、許可」もくそもなかった。(愚か)
良しとはされないが、かといって実際に会社に迷惑がかかるわけでもない、ギリギリの綱渡りをしていた。
オープン記念品をくすねて賄賂代わりに渡していたのは、これは流石に怒られた。(政治家になってはならない資質)
とはいえ、田舎町でたった1、2か月で応募者120人はなかなかやったもんだろう。後になって知ることになるが、これはなかなかの実績だった。(もちろん僕だけの力とは言わない)
徐々に「オープンスタッフ」の採用が進むとともに、社員も合流してきた。いよいよ本格的にオープン前の研修が始まっていく。
つづく
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