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第十章 源氏と平氏

大広間に面する縁側から庭に向けて、先ほどからいくつもの椀が投げ込まれていた。
怒りをあらわにしているのは、平貞盛である。
「あの四人を逃しただと!?
 しかも源氏の娘まで連れていかれるとは……!」
自分が小用で留守の間に、家来たちの不手際で、まんまと一色たち四人と源氏の娘まで失ったのである。
貞盛の怒りは当然であった。
「どうしましょう、頭――。」
後ろに控えていた家来の一人が、うかがうように問う。
「どうもこうもあるまい。
 娘からこの地のことを聞き、源氏、いや源義彬が攻めてくるぞ。
 奴らはこの地の封が破られるのを阻止しに来るだろう。
 その前に、この大穴、開けてしまわねばならん。
 大なまずを味方につけ、都を沈めて、己が帝に成り代わってやる――。」
「おお、頭――。」
一同は貞盛の啖呵により大きな鬨の声をあげた。
声は村中に響き渡り、呪われた地の草木をも震えさせた。
その夜、村人は一人残らず殺された。
貞盛一党により、村人たちの躯はかの地へ積み上げられ、ここにおいて、更なる血が、呪いの上に注がれたのだった。
穴はこの夜、はじめてその一端を開いたのである――。

「まぁ、月がきれい。」
そう言って、煌々と光る満月を仰ぐのは、浮名流しで名高い夢弦である。
今宵も夢弦は縁側で、ある貴公子の腕に抱かれしなだれている。
夢弦の肌は白い。
その白い頬に、つと影が落ちた。
突然に陰った景色に、夢弦は顔をあげる。
「何かしら、あれ……。」
見ると雲間から、何かが躍り出ているように見える。
しばらく凝視していた夢弦は、その正体を認め、体を震わせ息をのんだ。
満月の光に影を落とし天を行く者たち――。
それは、百鬼夜行であった。
おどろおどろしい連中と、はたと、目が合う。
「ひいっ、あかりを!あかりを消すのじゃ!」
夢弦の屋敷のみならず、近隣からも弓をかき鳴らす音が聞こえだす。
その夜、百鬼夜行は都の隅々にまで及んだのであった。

翌日、陰陽寮では、前日都を騒がせた百鬼夜行の件で、朝から上から下への大忙しであった。
そんな中、真中と玄奈は上司に呼び出されたのであった。
「何でございましょう。」
「お前たち、もう一度、今度は兵を連れて、かの地を訪れなさい。
 この騒ぎ、無関係であればいいけれど、そうとも言い切れないからねえ。」
真中と玄奈は顔を見合わせた。
再び、あの恐ろしい目にあった土地へと赴かなければならないのか、と、その面はどうしても歪むのであった。
真中らに与えられた兵は四名であった。
道すがら、真中と玄奈は、事の顛末を彼らにかいつまんで説明した。
兵らは、我々の役目はお二人をお守りすることだと言い張り、無理をするなとの言を聞き入れなかった。
一行は、昼前には、柳場へと到着した。
今回は、どこへも寄らずに、まっすぐかの地へと向かう。
と、真中が足を止めた。
続いて玄奈も足を止めた。
「これは……。」
真中と玄奈は、指で輪を作り、呪言を唱えた。
輪を通して見える景色に、おどろおどろしい霧がかかっている。
それはまごうことなき、物の怪たちの残り香であった。
「濃い……!」
その輪を通して視界の端のかの地をとらえた真中が口にした、その時であった。
突然、真中の右に立っていた兵が、どうとその場に倒れた。
「いかがした!」
真中も玄奈も、指を解いて男の元へと駆け寄る。
男の、首から上は存在しなかった。
「ひっ……!」
残された三名の兵がたじろぐ。
「遅かったか――。」
「逃げよ!」
真中と玄奈が口々に叫ぶ。
「穴は既に開いておる!!」

真中ら五名が村の東の端から退散していた頃、逆側の、村の西側から村に入る一団があった。
源義彬一行である。
兵士一人の血が流れ、穴は更にまがまがしさを増していた。
穴からあふれる臭気は、村を覆わんばかりである。
「遅かったか――。」
義彬がうなる。
「どうする。」
かたわらをゆく一色が問う。
「己が穴に入り、内側から閉じるしか道はない。」
「そんな、兄様!!」
義彬の言を、お香が制する。
「そうじゃ!それはいけません。それなら私が――。」
一色がそう言いかけた時だった。
「これはこれは、義彬殿。」
近くの小屋から、わらわらと平氏の一団が現れた。
その真ん中にいるのは、勿論、平貞盛である。
「貞盛!!」
義彬が叫ぶ。
「おぬし、この地をこんなにして、一体何がしたい。何が望みじゃ。」
「さあてなぁ。」
貞盛はにたりと笑う。
「儂らには言葉よりもこちらで語り合うが似合うておろうに。」
貞盛は腰のものに手をやった。
「笑止。」
義彬も手に握ったものに力を込める。
「いざ、尋常に――!」
「兄様――!!」
お香の呼びかけむなしく、ここに源氏と平氏は再び刃を交えることとなったのである。

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