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012 『推し、燃ゆ』 くすぶる。 / ジョンヒョン、KーPOPの忘れがたき人

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。
まだ詳細は何ひとつわかっていない。

はい、傑作。

出だしからして傑作。

『吾輩は猫である』『雪国』級の。

私が小説家だったら、
こんなもん他人に書かれた日にゃ、
悔しくて悔しくて、昼寝もできないだろう。

小説家じゃなくてよかった。
まじで。


推し


最近、よく聞くようになった言葉。

KーPOPで言うところの「ペン」。

「誰ペン?」
と訊くのは、

「あなたは誰を推してるんですか?」
の意。

この推し文化、
もちろん日本に昔からあっただろうけど、
ここ最近のKーPOPの勢いもあって、
より広がった気がする。


私もKーPOPが好きだ。

2012年ごろから。


母がいつの間にか、
東方神起にハマっていたのだ。


2人になってからの東方神起。

YouTubeを観まくり、
ライブのDVDも観まくり、

ついにはファンクラブへ加入。

すごい勢いでハマっていった。

きっと
母も『推し、燃ゆ』(以下、本作)の主人公のような感動があったんだろう。


おかしくなったんじゃないか

と思うほど、推していた。母。


母親がハマると、
家族全体が道連れになる。

映像、音楽、すべてが東方神起一色に。

正直、うっとうしかった。
やめて欲しかった。

だが、東方神起は手強かった。

抵抗なんてできはしない。

音楽が耳から離れず、ぐーるぐる。
ダンスも凄いよ、ぐーるぐる。

すっかり姉がハマり、
私もハマった。

のまれた、KーPOPに。


これまた厄介なのは、
KーPOPは事務所全体で売り出してくることだ。

東方神起が所属しているには、
『SMエンターテイメント』という事務所。

年に一回、事務所に所属するアーティストが
全員集合でコンサートをする。

祭りだ。

ファンはおのずと、他のグループにも関心が向く。

イッツ、オートマチック。

1グループ好きになると、他のグループも好きになる。

しかし、
KーPOPにとってこの商法は切実な事情がある。


徴兵制度だ。


どんな好きなグループであっても、
人気があるメンバーであろうと、

約2年間、表舞台からいなくなる。

消える。

ファンもそれを分かっているから、
他のグループへも自然と目を向ける。

私たちは、東方神起の後輩、
『EXO(エクソ)』と『SHINee(シャイニー)』も好きになった。

もちろん、同時に東方神起の応援もする。

増える。

我々は、大勢であるがゆえに。

KーPOPは、だいたいそんなかんじだ。


だから『推し、燃ゆ』のような展開があったとしても、
さほど傷付かずに済むかもしれない。

推し

は、他にもいるのだから。

でも、私には、深い深い傷がある。



「ジョンが救急搬送されたって!」

姉はネットニュースを見て、母と私に報告した。

2017年の冬。

情報は錯綜していた。
なにせ韓国のことだし、
もう発見されたときには亡くなっていたとか、
まだ息はあったとか。

ひとつだけ確かなことは
私たちのアイドルが、自ら命を絶ったこと。

SHINeeのジョンヒョン。
男性5人組グループのメインボーカル。


意外だったのは、
このジョンが亡くなった件が、
日本のTVで大きく取り上げられていたこと。

思い当たるニュース番組・ワイドショーでは、
ほとんど話題にしていた。

もう一つ意外だったのは、
私自身が精神的ダメージを負ったこと。

私ももちろんSHINeeの楽曲や、パフォーマンスが好きだが、
“熱狂的に好き”という程ではなかった。

好きなのは母と姉で
私はちょっと距離を置いて、傍らから観ているかんじ。

なのに。


ハッキリ言って、
身内が亡くなるより遥かにショックだった。

彼の葬儀の映像を、母と姉が泣きながら観ていたけど

私は直視できなかった。

正直、勘弁してほしかった。
やめて欲しかった。


ジョンが死んだ。


ジョン・レノンが射殺されたときのエピソードが
私のバイブルである、さくらももこの『ひとりずもう』に出てきたのを思いだした。

ジョンが死んだんだ。

辛すぎる、苦しい。

TVじゃジョンの死について、
ああだこうだコメンテーターが述べている。

5人のSHINeeの活躍はぜんぜん日本のTVでやらなかったくせに。
死ななきゃ、話題にもならんのか。

いつも疑問に思う。

東京ドームでコンサートを開催できる日本人の歌手やアイドルを
だれでも名前くらいは聞いたことがあるだろう。
興味はなくとも。

でも、KーPOPじゃそれがない。

SHINee知ってます?
東京ドームでコンサートやってるんですよ。
何回も。

理由は明確。
TVに出ないから。

あんだけ素晴らしいパフォーマンス、
レベルの高い楽曲があろうと

TVでろくに取り上げられることはない。

それが死んだら、これ。

ふざけるな、と思った。

念願叶って東京ドームのステージに立ったときのSHINeeの姿を、私は観に行った。

力強く歌うジョンヒョンを、
さいたまスーパーアリーナのめちゃくちゃ近いところから観たんだ。

生きていたジョンを知らないくせに。

なんにも知らないくせに。



でも、私も何も知らなかったんだ。

彼の悲しみを。

彼をあそこまで追い込んでしまった事実があったことを。

なんにも知らなかったんだ。


『推し、燃ゆ』は
アイドルが不祥事を起こして炎上する話。

だから、ジョンヒョンのことと並行して語るのは、相応しくないだろう。

でも、だけど
私は本作を読んで、ジョンを思い出さずにはいられなかった。

アイドルは、死の対極にある(と思う)。

現実からいちばん遠いところに。

推しは、神であった。

しかしそれは一方的なこちらの思い込みで、
アイドルは人間です。

それがハッキリ示されたとき、
なぜこれ程までに狼狽える?

アイドルだってトイレに行くよね?

アイドルの結婚がどうして許せない?


本作において、“死”が静かに描かれる。

本作は、死についての話だと思った。

しかも、それは神の死。

神は死んだ!

ツァラトゥストラさんよ。
そんなにハッキリ言いなさんな。

けっきょく超人にはなれっこなくて、

おかげで今じゃアイドルが神様やってるよ。



SHINeeであるが、
2021年、軍へ行っていたメンバーが帰ってきた。
久しぶりにグループでの活動がはじまるそうな。

先日、配信番組で仲睦まじく笑い合う4人の姿を観た。
心底嬉しかった。



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