おわりダイアリ その3

 通勤路の途中に、そこそこ大きな喫煙スペースが二つばかりある。

 自宅の最寄り駅にある一方はきちんとスペースが区切られていて、ストゼロの空き缶が散乱していたり生垣から丸々としたネズミが出入りする以外は目立ったところはない。問題はもう一方だった。職場の最寄り駅に近いそこは高架下の奇妙に入り組んだ歩道の一角に位置しているのだが、コンクリートの柱に沿ってぽつんと置かれた吸い殻入れ以外に、そこが喫煙所であることを示すものは何もなく、人通りの多い駅前であることと相まって、朝はたいてい混雑していたし、一服しに来た人たちが密集を避けながら用を済ませようとすると、遮るものの無い副流煙の匂いが10メートルは向こうの歩道の方にまでやって来てしまうこともあった。
 もっとも、実害と言えばせいぜいそれくらいで、“社会的距離”なんていうコトバがそこかしこで垂れ流されるようになるまでは、吸いに来る人はみな行儀よく唯一の吸い殻入れの近くに固まっていたのだけれど。

 今ではそこは、小汚いカラーコーンで囲まれ、上下ともくすんだ紺色での作業員か駐車場の警備員の様な一団が、毎日何をするでもなく徘徊するようになっている。注意書きらしきものは何も置かれていない。だが要するに、近寄るなということなのだろう。

 20年以上生きてきて一度もまともに吸ったことのない身ながら、何か言いようのない気味の悪さを通りがかるたびに感じている。
 元喫煙所を占領している彼らの正体はわからない。地域課の区役所員かもしれないし、自治体のボランティアかもしれない。あるいはもっと得体のしれない団体の何か。残念ながら、気軽に話しかけられるほど友好そうな雰囲気は出していない。そこにあるのはむしろ、徹底したコミュニケーションの拒否である。”その場所を占領している”以外のいかなる情報も示しいないのだから。非言語的コミュニケーションと呼べば耳触りは良いかもしれないが、やっていることは動物が唸り声で威嚇するのと大して差は無い。おそらく私の感じる気味の悪さも、そのあたりに起因しているのかもしれない。

 

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