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文学フリマ東京37

アーリーオープンとなった文学フリマ東京37。この日のことを詳細に語るとなると、飴細工のように脆く儚い私の手指が腱鞘炎を起こすことは必至であるので、印象的な出来事を順不同で紡ぐ。
 既に文学フリマから二週間近く経っているので、私の記憶が朧げな個所も多いのだが、そこはご容赦頂きたい。

 開場前の懸念通り、私のブースの近くには開場しても客がなかなか来なかった。来ても私のブースを遠目に過ぎ去っていく。私は前回の文学フリマでフリーペーパーとチラシを自分のブースで配っていたが、数分毎に受け取ってくれる人がいた。しかし今回はなかなか手に取ってもらえない。
やはり美人女子高生をアルバイトとして勧誘、もといスカウトして私の代わりに売り子をしてもらうべきだったんだ。おっさんが、おっさんくさいものを売るべきでなかったんだ、と開始十分で挫けそうになりながら、ふと左隣の大所帯のブースを見ると、客が次々と訪れ本を買っていく。こんな会場の隅の場が悪いブースにも関わらず、次々と売れる本の著者は何者なんだ。
しばらくしてからスマホで調べると、どうやら著名なプロの文筆家三人がそれぞれの共著を出しているようで、それが売れているらしかった。当日、文学フリマが終わった後にそのサークルのTwitter(現X)を観ると、五百冊以上が完売した、と報告をしており、その冊数に私は驚くほかなかった。
 
 後日、この話を私がいつも世話になっている読書会の主宰者に話すと、「あー。その文筆家の人、私の読書会にも来てくれたことありますよ」だった。マジか。私は世間の狭さにもまた驚いたのだった。

 私の本を男性客が手に取りパラパラと捲ると、あるページで手が止まった。そしてしばらくすると大笑いをして「あー、この言葉は後世に残すべきですね!」と面白がってくれたので、よし、これは本を買ってくれるだろうと私が確信したのも束の間、その男性は「ありがとうございました」と私の本をブースに戻し、何事もなかったように去っていった。
買わないんかーい!!

 二十代くらいの若い男性が私が配るフリーペーパーを受け取ってくれた。そのまま彼は人が賑わう会場の中に消えて行ったのだが、五分ほどすると彼は私のブースに戻ってきて「フリーペーパーが読みやすくて面白かったので、本をください」と本を買ってくれた。この日の最も嬉しかった出来事である。これを期待して私はフリーペーパーを作り、配布をしたのだ。苦労が報われた瞬間だった。

 私が世話になっているもう一つの読書会の主宰者の女性に、一時的に売り子をしてもらった。私の休憩時間の確保と、私が他のブースに買い物へ行くためである。私は欲しかった本を数冊買い求め、会場をブラブラとしていると、あるブースのポスターが目に入った。私が前回の文学フリマに参加したときに、私の右隣のブースにいた作者の本だ。それを見て「あ」と思った瞬間に、ブースで売り子をしている女性も「こばやんさんですよね? 覚えてますよ!」と私に気付いてくれた。
 その女性は作者の(おそらく)奥さんだった。メガネとマスクを装着してキャップを被り、そのキャップの間からは金髪が見える。
あれ? 金髪だったっけ? と私は不確かな記憶を探ったが、ハッキリと思い出せない。
「こばやんさんのnote、読みましたよ! 私たちのことを書いてくれていて嬉しかったです」
前回の文学フリマのあとに、当日の様子をこのnoteに記したが、まさか本人たちに読まれるとは思っていなかったので少々気恥ずかしさがあったが、読んでくれたことは素直に嬉しかった。
 彼女の(おそらく)夫である作者本人の姿が見えないので尋ねてみると、その日は仕事で忙しく来られないとのことだった。会えないことは残念ではあったが、彼の本二冊はどちらも良かったことを伝えた。そして、お互いが次回の文学フリマにも参加することを知った。
私は彼の新作を心待ちにしている。

 Twitterにも呟いたが、前回の文学フリマではチラシとフリーペーパーを合わせて百部を刷り、それが開場一時間半で全て捌けた。
それなら、と今回はフリーペーパーを四百部刷ったのだが、約半分が残った。一体どういうことなのか? 計算が合わないではないか。やはり場所は看過できない大きな問題なのだ。
しかも私が配るよりも、私が離席したときに代わりに入ってもらった読書会の主宰者の女性に配ってもらったときの方が、明らかに私が配るよりもフリーペーパーの減りが早かった。
 これで確信した。私が配るよりも女性に配ってもらった方が良い。次回の文学フリマでは、私は終日ブースから離席して柱の陰からブースを見守る。これを本格的に検討しようと思う。
 しかし代理人となる女性に一日中売り子をしてもらうとなると、賃金を払う必要が出てくる。一時間につき私の本を一冊、という現物支給案も脳裏に過ったが、プロレスさながらに会場の折りたたみ椅子で私が殴られる可能性が高いうえに、私は血を見ることを好まない。
いっそ、おにぎりを一個ずつ、否、五個ずつにするべきか。悩みは深い。

 結局、この日に売れた私の本は既刊と新刊、取り置きを含めて二十七冊だった。前回は一種類の本だけで取り置きを含めて三十六部も売れたので、売り上げは大幅に減った。予想はしていたことだが、数字として結果が出ると残念だと言わざるを得ない。しかし考えようによっては、無名の個人のエッセイでこれだけ売れたのは健闘したと言えるだろう。
 ともあれ、これに懲りることなく今後も本を作って売ろうと思う。私の体力と気力、懐具合が枯渇するまで。一冊も売れなくなったとしても。
私の趣味でありライフワークだ。

尚、この日の朝からの吐き気と頭痛は気が付いたときには無くなっていた。文学フリマの場内の熱気と私の高揚感によって霧散したのかもしれない。もしくは疲労感と充実感に取って代わっていたか、だ。




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