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noteを始めて1年が経ちました

ドイツ留学中にnoteを始めて、インタビュー記事やら自分の考えを自由に書き続けていたら、10月で1年が経過しました。まず一度でも記事を読んでくれた方へ、ありがとうございますと伝えたいです。

初回記事のタイトル通り、とりあえずやってみたら1年が経ったわけですが、今回は一応1年続けてみた感想を、超個人的な主観に基づいて、緩く綴っていきます。

振り返り

当初は1週間に1本の記事を書くつもりで取り組んでいましたが、この記事を含め現時点で36本ということで、月に3本のペースとなった1年間ではありました。

取り組み始めた頃と比較すると、変化したものは多々あります。まずは書き方。主にテーマ決め、締め方、完成度、タイトル、挿入画像など、拘れば限りないものを、どこまで取り組むのか。次に取り組む熱量。勝手に湧き上がってくる熱量に毎回頼っていては継続は難しいですし、かといって納得のいかない内容で投稿し続けていても何の意味もありません。これは執筆活動に限りませんが、熱量で行動できるうちは誰でも楽しいですし、楽しければ続きます。正直ドイツにいた間はこの気持ちだけで書けました。しかしそうではない時期は当然あるわけで。閲覧数が少ない、テーマが思いつかない、日常的な気づきが減ったなど、続けなくていい要因は結構ありました。

でもやっぱり、意図的に続けることだけは諦めたくないと、継続した先にあるものは続けた者にしか分からないと自分に言い聞かせて、一応ここまで書き続けてきました。年に35本程度で「続けた」と言うことができるかは個人の判断ですが、大事なのは自分の意志と意図を明確に持って取り組めたことだと思います。

noteの書き方

ここからは、最近確立されつつある自分なりの記事の書き方と、意識的な取り組みを少し紹介します。

①アイデアっぽいものをメモする

何を書くかは最初から完全に思い浮かぶものではなくて、結構時間をかけて少しずつ自分の中で整理されていくものです。だからちょっとでも引っかかるものがあれば、とりあえず瞬間的にメモだけして、あとは一旦放置します。この放置がすごく大事で、焦ると何も生まれてこないし、何とも繋がってこないです。逆に生活している中で、ふとアイデアっぽいもの同士が繋がりかける瞬間があります。その瞬間の快感と言うか、繋がりかけるとワクワクします。

②力まない

『よし、考えよう!』と、いざ本腰を入れても、逆に集中できず何も浮かんでこないパラドックスなんかは、誰しも経験があるのではないでしょうか。変に構え過ぎることはせず、散歩したり、寝たり、本を読んだりして、自分にとってリラックスできる状態を楽しんでいると、頭は無駄なことを考えすぎずスッキリして、案外面白いことが浮かんだりするものです

③まず自分が読む

こちらの記事でも似たようなことを言及したのですが、逆を意識するって大事です。

自分で面白いことを書きたいなら、やはりまずは読むことを意識します。誰かに自分の記事を読んでほしいなら尚更、読もうとします。同じようなテーマでも筆者が変われば内容も一変しますし、また過去の自分から学びを得るなんてこともあります。

④求めない

書き終えた後に読み返して、多少納得ができればOKです。必要以上に拘りを持ち過ぎても続きません。また、閲覧数も気にしません。閲覧数はその記事を評価する上での一つの基準であって、少ないことを気にして書く気が失せたり、書きたい方向性がブレては面白くないからです。自分で書き続けることにだけフォーカスして、それ以外は求めません。

楽しいから、好きだから、書く

正直に言うと、僕は誰かに届けたいと思って書いてるわけではありません。今の時代良くも悪くも情報が溢れすぎていて、自ら発信することの優位性をあまり感じていないからです。本当に良質な記事や動画よりも、見かけのインパクトが強かったり、賛同を得そうな強気な言葉ばかりにアクセスが集中しているネット社会です。だから閲覧数=価値ではありません。Googleの検索機能でさえ、何か検索して上位に出てくる動画なんかは、どこぞの誰が作ったのかも知らない情報源不明の動画ですよ。ただ閲覧数が多いだけ。まさに発信者も受信者もメディアリテラシーが問われている時代です。

書く根底にあるのは、「今の自分」を大切にする思いです。今の環境だからこそ思いつくこと。今しか生み出せない言葉があります。だから思いついて、考え抜いたことを言葉に残して、これからを生きる術とするのです。いつでもどこにいても、誰の考えをも知ることができる時代ですが、今の自分の思いだけは、今の自分にしか知ることができないのです。これほど価値のあることが他にあるでしょうか。

そしてそのついでに、こうやって発信することで結果的に誰か一人にでも届いたらそれは本当に嬉しいことです。別に賛同や共感が欲しいわけではありません。反感でもいいわけです。ただ読んでくれて、何か感じることがあれば、もし少しでも感情が動いたならば、それは届いているんです。

最後に、、、閲覧数を気にしないことと、読者を大切にしないことは同義ではありません。やはり読んでくれたり、コメントを頂くと本当に嬉しいし、まさに次への熱量になります。

今回も読んでいただきありがとうございました!

これからも書き続けます。

Shingo


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