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【往復書簡エッセイ No.15】いつだって最後かもしれない

レラちゃん、こんにちは。
大切な人たちの相次ぐ旅立ちは、ご両親も、レラちゃんも、お辛いですね。山形への旅が、穏やかで親密な時間となりますように。

(そして私がスピッツを好きだったと覚えていたとは!)

今回のエッセイは、「最後」を詠んだ印象深い短歌からの着想です。いつだって最後につながっているからこそ、何気ない瞬間を慈しみたいと思って。


いつだって最後かもしれない

日常の中で出合う「最後」には二種類あると思う。

いつの間にか過ぎ去っていた最後と、意識して記憶に刻む最後と。

前者を詠んだ、俵万智さんの短歌がある。

最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て

この歌に私は心を掴まれてハッとした。そういうこと、いっぱいあったよねと。

たとえば私にとって幼い息子と手をつなぐのは、当たり前すぎて意識もしないようなことだった。もちろん子どもの方も何の疑いも持っていなかったが、小学5、6年生くらいになると、さすがに私と手をつなぎたがらなくなっていった。

けれどあるとき二人で並んで歩いていると、なぜか息子が私の手を握ってきた。手をつなぎたいと思うような出来事が学校であったのかもしれないし、何となくそんな気分だっただけかもしれない。

ちょっと驚いたけど、本音では嬉しかった。でも同時に照れくさくもあり、そのまま少し歩いたあとで、私の方から手をほどいてしまった。あれが息子と手をつないで歩いた最後だった。そうと知っていたら、もっと味わっておけばよかったなあ。

もちろん子育てだけでなく、介護でも、他の人間関係でも、仕事や趣味の世界でも、誰しもが「最後とは知らぬ最後」にいくつも思い当たることだろう。

一方で、意識して心に刻む最後もあると思う。

よく覚えているのは、夫のおばあちゃんを空港で見送ったときのことだ。当時89歳だった、アメリカに住むおばあちゃんに会えるのは、これが最後かもしれないと思いながら、後ろ姿が見えなくなるまで目で追った。

ところがその後、おばあちゃんは100歳過ぎまで長生きをして、その間に私たち家族はもう一度会うことができた。今度はおばあちゃんが私たちの出発を見送ってくれた。それが本当の最後となったが、動き出した車の中から見たおばあちゃんの姿は、しっかりと記憶に残っている。

気づかぬうちに過ぎ去った最後。意識して心に焼き付けた最後。どちらも、たまに取り出して眺めたくなる、大切な瞬間たちである。

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