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アメリカ財務省「ケインズ『戦費調達論』の書評」(公文書)(1940年7月1日)

 本記事では、アメリカ財務省が1940年に公文書としてまとめた「ケインズ『戦費調達論』の書評」の内容を紹介する(原文リンク)。財政政策の機能は「資金」調達の術ではなく、「資源」調達の術である。ケインズの『戦費調達論』では、物量的な駆け引きそのものである戦争というテーマを介してそのことを容易に理解することができる。
 また戦争に限らずあらゆる政策の負担と受益という分配の公正化こそケインズの問題意識であり、「戦費調達論」というよりは「戦争の受益負担論」と理解する方が適切なように思われる。ここでは借入つまり国債発行を伴う財政政策は格差拡大的に機能することが指摘されており、実物資源重視の視点も含め、MMT(現代貨幣理論)に親和的な考えが示されている(MMTでは租税と国債に対する評価が全く異なる:関連記事)。
 アメリカ財務省の書評では、『戦費調達論』が提示するケインズ・プランは、同文書作成当時のアメリカに適用できる政策ではないとしつつも、いざ同国が戦争に巻き込まれた際には財務省として切実に検討すべき提案であるとの評価を下している。原文はわずか10ページ足らずだが、ケインズ・プランの骨子と意義を非常に簡潔かつ的確に報告しており、アメリカ財務省がケインズの意見をどのように評価していたのかを知る上でも一読に値する貴重な歴史文献となっている。拙訳を以下のとおり紹介する。


アメリカ財務省「ジョン・メイナード・ケインズ著『戦費調達論』の書評」(1940年7月1日)

(原題:Review of the Book "How to Pay for the War” by John Maynard Keynes)

財務省
省内通信

作成: H・C・マーフィー
日付:1940年7月1日

To: モーゲンソー財務長官
From:ハス氏
件名:ジョン・メイナード・ケインズ著『戦費調達論』の書評

要旨

 戦時財政のケインズ・プラン(Keynes Plan)は英国で広く注目されており、米国が戦争に巻き込まれた場合には、おそらく我が国財務省にも強く要請される提言であろう。しかし、これはあくまでも戦時財政の計画であり、現在の状況では米国に適用できない。
 ケインズ氏が主張するこの計画の優れた利点は、(1)インフレーションを回避して戦争の金銭的コストを抑えることができる、(2)戦争に対して犠牲を払った当人(負担者)が戦債の受益者となる、というものである。ケインズ・プランまたはそれに匹敵する計画が採用されない場合、(1)総戦費はインフレによって大幅に増加する、(2)戦債は主に労働者階級の犠牲(負担者)との等価交換(represent)であるが、その受益者は主に高所得者階級である、つまり、ある階級が他の階級の犠牲の上に利益を得ることになると、ケインズ氏は主張する。
 この計画の基本的な特徴は、すべての所得から累進的な割合で封鎖勘定(blocked account)を通じて移転することである。このように封鎖された所得は、所得税を差し引いた後、政府への強制貸付(forced loans)という性格を持つことになる。このように集められた資金総額の大部分は、賃金労働者やその他の低所得者層から確保される。この強制貸付は、戦争遂行への資源(resources)の転用のために必要な民間消費の削減を実現するために不可欠である。(高所得者層の消費削減によって資源を最大限に転用しても、大規模な戦争活動を支えるには不十分である。)しかし、高所得者層からの資金移転の大部分は徴税(taxes)の形で、低所得者層からの資金移転の大部分は強制貸付(forced loans)の形で行われるであろう。
 このほか、ケインズ氏は、児童手当(家族手当)、生活基本物資の定額配給制度、戦後の資本課税などを提案している(ただし、これらの提案はケインズ・プランにとって最重要のものではない)。
 本書評の概要は以下のとおり。
    I. ケインズ・プランの背景
   II. ケインズ・プランの概要
  III. ケインズ・プランの基礎となる分析
     課税vs.借入
     自発的戦争借款のプロセス
  IV. ケインズ・プランの理路
   V. ケインズ氏のその他の提案
  (1)児童手当
  (2)生活基本物資の配給制度
  (3)戦後の資本課税

I. ケインズ・プランの背景

 ジョン・メイナード・ケインズ氏の戦争財政計画(ケインズ・プラン)は、昨(1939)年11月に『ロンドン・タイムズ』紙に連載され、今年の春に出版された小冊子ではさらに詳しく論じられており、英国で大きな関心を集めている。
 ケインズ・プランの原則とその基礎となる分析は、戦時であればわが国(米国)にも同様に適用可能であり、その場合、同計画はおそらく財務省に強く要請されるであろう。(ジェローム・フランク氏は、陸軍士官学校での講演で、既にこの計画を修正した形で提案している。)しかし、始めに留意しておく必要があるのは、この計画は、戦争または戦争への集中的な準備によってもたらされる完全雇用の条件下でのみ適用可能であることだ。ケインズ・プランは現状では米国に適用できないし、おそらくケインズ氏も今のところは〔米国に対して〕この計画を主張することはないだろう。

II. ケインズ・プランの概要

 ケインズ氏は、戦争に必要な経費の大部分を直接税(主として所得税)で賄うことに賛成である。税金で賄われない費用の大部分は、強制借入(compulsory borrowing)によって賄われるべきであるとケインズ氏は考えている。
 この借入は、部分的には高所得者層からの借入もあるが、賃金労働者階級やサラリーマン階級からの借入がより多いだろう。一般に、高所得者層は主として徴税(taxes)の形で、低所得者層は主として政府への強制貸付(forced lending)の形で、戦争への貢献を要求される。最低所得者層の場合は〔そうした負担を〕完全に免除される。
 強制貸付は、(ケインズ氏は「繰延支払い」〔deferred pay〕という言い方を好むが、)すべての賃金・給与の一部を(賃金・給与の大きさと受給者の家族的責任に応じて累進的に)封鎖勘定(blocked account)〔1〕という形で支払うことによって実現される。この勘定には2.5%の金利が付くが、特別な緊急事態を除いて、戦争終結後、あるいは戦後の不況期まで支出に使うことができない可能性が高い。

訳注1:blocked accountは、「封鎖預金」、「封鎖勘定」と訳され、特定の状況下で預金の引出しなどが封鎖されている銀行の口座を指す(ロングマン辞書)。封鎖預金の形で一部の賃金・給与を支払い、その預金は封鎖が解除されまで引き出せない。これによって民間支出を繰り延べる(先延ばしにする)ことで、民間消費を抑え、その分の資源を戦争遂行のために確保し、ひいてはその分だけインフレ圧力を抑える。課税の機能にも同じことが言えるだろう。課税も「繰延支払い」も、資金調達ではなく資源調達の手段なのである。

 ケインズ・プランでは、自発的に行われる政府貸付は完全に排除されないが、主には課税と強制借入に依存することになる。
 以上のような提案が、ケインズ・プランの骨子である。ケインズ氏はこのほかにも、「児童手当」(家族手当)、「生活基本物資の配給制度」、「戦後の資本課税」など、自身の計画をより円滑に、あるいはより公平に機能させることができると考える提案をいくつか提示している。これらの提案は、計画そのものに不可欠なものではないので、関連する議論は、本文書の最後のセクションまで繰延べる(defer)〔2〕こととする。

訳注2:ここでわざわざdeferという言葉を遣うあたり、ケインズの繰延支払い(deferred payment)を皮肉っているのかは不明だが、本文書を作成した官僚の教養を匂わせる感じがあって個人的には面白い。

III. ケインズ・プランの基礎となる分析

課税と借入れ

 昔から経済学者の認識では、あらゆる戦争財政は、ペイゴー原則(pay-as-you-go)〔3〕に従わなければならないというのが結論である。戦争費用に充てることができる総額は、国民総所得(すなわち国民総生産)から民間消費を差し引いた額である。(i) 最大限の戦争努力を行うために、政府は国民所得ができるだけ大きく、民間消費ができるだけ小さくなるようにし、その差額が戦争遂行のために政府に転用されるようにしなければならない。これが戦争財政の課題である。

訳注3:pay-as-you-goとは、新たな支出の際には「その都度」資金調達するという財政方針のこと。

原注i:例外は、不利な国際収支を賄うために海外資産や金を引き出す場合と、既存の国内財のストックを引き出す場合だけである。米国の場合、どちらも重要ではないだろう。

 国民所得が民間消費を上回る分の全額を政府に移転させるために、政府は課税と借入の2つの手段をとる。課税が利用される範囲では、戦費は〔その都度〕「賄われている」(つまり、ペイゴー原則に従って「実際に支払いが行われる」)。借入が利用される範囲では、戦争努力のために現在の犠牲を払っている人々が(あるいはいずれにせよ国債を保有している人々が)、共同体の将来の所得に対する請求権を与えられている。しかし、〔いずれにせよ〕戦争のために必要な犠牲のすべては、戦争が行われている間に払われなければならない。なぜなら、それ以外に戦争を遂行する方法がないからである。課税と借入の根本的な違いは、課税は負担が発生している間に最終的な分配を行うが、借入はその最終的な分配を戦後の再調整に委ねるということである。
 もっとも、課税と借入の間には、もう一つ慣習的な(customary)違いがある。課税は強制(compulsory)であるのに対し、借入は任意(voluntary)である。求められる戦争努力が、現在の物価水準で共同体が自発的に貯蓄する以上の資金を必要としない限り、これは大きな問題ではない。しかし、現代の戦争は非常にコストのかかるものであり、この条件が頻繁に満たされる可能性はない。(ii)条件が満たされない場合、不足分はインフレによって満たされ、非常に不幸な結果をもたらす。

原注ii:英国の新規予算は、(通常の政府経費を除く)戦費を、戦前のレートで国民所得の約40%に相当する額、すなわちケインズ氏が戦前の物価水準で可能だと考える最大所得の3分の1強に相当する額として提案している。さらに、この予算額は低すぎると広く批判されており、『エコノミスト』が提案する対案では、戦前のレートで国民所得の約3分の2に相当し、ケインズ氏が推定する戦前の物価水準で得られる最大所得のほぼ60%に相当する。ドイツの現在の戦費は、国民所得の約 50%に相当すると推定される。

自発的戦争借款のプロセス

 政府が戦争に勝つ意志を有している以上、正統派財政に気兼ねして、政府に必要でありかつ物理的に生産可能な軍需品やその他の戦争物資の入手を妨げることはないだろう(また妨げることがあってはならない、とケインズ氏は考えている)。適切な資源がそれらの生産に充てられ、合法的な資金がそれらの購入に利用可能であることを、政府は確認することができるし、実際そうするだろう。したがって、民間の消費に利用できる財の流れは、戦争努力に必要な財の量だけ減少することになる。
 残存する民間の購買力が、課税と自発的貸付によって削減され、民間消費用に残った財を以前の価格水準で購入するのに丁度十分な水準にまで削減されていれば、確かに問題はない。しかし、ケインズ氏によれば、近代戦の巨大さと自発的借入という手段の相対的非効率性を考慮すると、〔民間の購買力がそこまで減少する〕可能性は低い。残存する民間の購買力が、民間消費に利用可能な財を購入するのに十分な水準を超えてしまっている場合、両者が等しくなるまで物価が上昇せざるを得ない。
 このような物価上昇は、財務省への資金流入を増加させる。物価上昇によって増加した(貨幣ベースでの)国民所得は、まず主に企業や高所得者層の個人の手に流れる。したがって、その大部分は、税率の高い戦争税によって直ちに財務省に移転される。さらに、残りのほとんどは、財務省が人々からの「自発的な」(voluntary)貸付によって借り入れることができる。したがって、「自発的」借入制度はうまく機能するように思われる。
 しかし、この見かけ上の成功は一時的なものに過ぎない。ケインズ氏によれば、実際のところ、増加した所得は、生活費が増大しているにもかかわらず、これに対応する賃金率の上昇が起きていない労働者階級のポケットからもたらされたものである。労働者階級は当然、生活費の増大に応じた賃上げを要求し、多かれ少なかれタイムラグが生じた後、おそらく賃上げを勝ち取るだろう。
 もっとも、労働者階級は、賃金の上昇分の多くを戦時貸付に寄付しないだろうし、税金の支払いに充てる必要もない。労働者は、賃上げ分を消費に回そうとするだろう。しかしこれは不可能である。消費に利用できる財の総量は、確実に制限されているからである。したがって、労働者階級は、単に価格をつり上げ、高所得者階級の貨幣所得を再び増加させることに成功するだろう。これらの階級は、以前と同様に、受け取った資金のほとんどを戦争税や戦争借款の引き受けに充て、それによって再び財務省の財政状況を安堵させるだろう。労働者階級は、そこで再び賃金率の引き上げを要求し、このプロセスは際限なく続く。(もちろん、実際のところ、このプロセスは突発的にではなく、継続的に発生する。)
 ケインズ氏によれば、物価が急激に上昇するのを防げるのは、物価上昇と賃金上昇の間のタイムラグの期間だけである。このタイムラグは、先の戦争では約1年であったという。もし、このタイムラグがもっと短かったら、あるいは戦争そのものがもっと長かったら、物価は際限なく上昇しただろう。(その結果、イギリスの生活費は1914年から1918年の間に約2倍になった)。
 このようなインフレーションの過程は、二つの非常に好ましくない結果をもたらす。第一に、戦費を大幅に増加させる。ケインズ氏は、先の戦争で発生した英国の債務70億ポンドのうち、少なくとも20億ポンドは回避可能なインフレによるものだと推定している。戦後、物価が下落し、高い物価水準で発生した債務を低い物価水準で返済しなければならなくなると、この困難さは二重の意味で深刻化する。
 しかし、ケインズ氏によれば、さらに顕著なのは、この「自発的」借入とインフレによる戦争財政制度の不公正さである。すでに述べたように、課税は戦争の負担を「その都度」(=ペイゴー原則)分配するものである。しかし、借入は全く異なる様相を呈する。ここでは、犠牲と報酬の間に驚くべき格差がある。戦争中の真の負担は、ほとんどの場合、労働量の増加と生活水準の低下という形で、労働者階級が負わされる。しかし「嵐が去る」と、この犠牲の果実を国債の形で手にするのは、犠牲を払った労働者階級ではなく、物価と賃金のタイムラグによって利益を得、その利益の一部を戦争借款に投資しただけの高所得者階級である。この不公平を是正することこそ、ケインズ氏の主張する計画の大きな利点なのである。

IV. ケインズ・プランの理路

 ケインズ氏は、戦費は金持ちだけでは賄えず、労働者階級の犠牲が必要であるという前提(これにはケインズ氏が十分な統計的正当性を示している)から出発している。この犠牲は、平時の消費水準の引き下げ、あるいは、少なくとも、戦時中に必要とされる労働の増加に対する超過勤務賃金(残業代)やその他の追加的報酬で得た収入による消費の増加を見送るという形をとらざるを得ない。ケインズ氏が唯一重視したのは、この犠牲は避けられないものとして受け入れつつも、その報酬は最終的に高所得者階級の手に残る国債としてではなく、犠牲を払った当の労働者の利益になるようにすることである。ケインズ氏の考えでは、報酬が労働者ではなく高所得者に支払われるのは、大きな戦争が自発的借入によって賄われる場合である。
 この計画の理路は単純明快である。ケインズ氏は以下のとおり提案する。

  1. 富裕層と貧困層を問わず、共同体の全構成員が支出可能な購買力の総計は、戦前の価格で入手可能な財の量を購入するのに十分な額に制限されること。

  2. 共同体の構成員が集団で受け取る所得がこの額を超える場合は、政府がその超過所得を戦争努力のための支出に充当すること。

  3. この充当は、一部は課税によって、一部は強制貸付によって行うこと。高所得者層の場合は主に課税によって、低所得者層の場合は主に強制貸付(「繰延支払い」)によって充当すること。(iii)

 もし以上の提案が実行されなければ、労働者階級の消費は、物価がインフレ的に上昇した分減少し、この上昇は戦争の費用を大幅に増加させるというのがケインズ氏の主張である。さらには、戦争中に労働者階級が払ったはずの犠牲は、戦争終結後、主として高所得者層が保有する国債として等価交換されることになる。

原注iii:異なる所得層ごとに提案された戦争負担金の関係は、扶養家族のいない既婚男性の所得に適用される形で次の表に示されている。

  
所得層別戦争負担金


V. ケインズ氏のその他の提案

 「繰延支払い」(deferred pay)の提案は、ケインズ・プランの核心である。この計画が機能し、目的を達するには、「繰延支払い」の提案を適用するだけでよい。ケインズ氏の他の提案は、「エキストラ」(extras)〔4〕であり、この計画をより円滑に、あるいはより公平に機能させる役割を演じるのである。これらの提案をまとめると、次のようになる。

訳注4:エキストラとは出演者の中では最も格下の存在ではあるが、重役ばかりでは作品は決して成り立たない。作品の演出を十全なものにする上で、エキストラは無くてはならない重要な存在である。(wiki)最重要とは言えないが全体から切り離すことのできないものという例えとしては言い得て妙である。

  1. 児童手当(家族手当)(Children’s Allowances)。親や保護者の所得に関係なく、扶養されているすべての児童に週5シリング〔5〕の手当が財務省から直接支払われるべきである。高所得者層に対しては、財務省は、所得税における扶養児童手当の廃止によって、彼らへの支出を相殺する。この提案は、戦争財政のためというよりも、主として社会改革のためのものである。これがケインズ・プランに導入された理由は、(恵まれない人々の状態を改善したいというケインズ氏の間違いなく誠実な願望とは別に)おそらく、この計画に著しく冷淡な労働党の支持を取り付けるためのものであっただろう。

  2. 生活基本物資の配給制度(Iron Ration)。政府は、最低限必要な物資の配給が、価格上昇が起きることなく可能となるように、必要なら補助金によって支援するべきである。政府がこの取組みに成功する限り、労働組合は生活費の増加を理由に賃上げを要求しないことに同意するであろう。この提案の目的は、戦時中に生活費の増加を理由に賃上げを要求しないよう労働組合の合意を取り付けるために、政府の交渉力を高めることにあるようだ。生活基本物資の配給制度(iron ration)〔6〕がこの目的のために必要だとすれば、この計画の本質的な特徴とさえ言えるかもしれない。労組側が圧力をかけて、戦前の生活水準を維持するのに十分な賃金水準を勝ち取れば、この計画が完全に破綻することは目に見えている。

  3. 戦後の資本課税(Capital Levy)。政府は、戦後直ちに(できれば戦後の不況が始まる前に)資本課税によって戦債の大部分を弁済することを約束すべきである。これは、戦時財政政策というよりも、主として改革であり、これに付随する目的の一つは、この計画を労働党がより受け入れやすいものにすることであることは間違いない。資本課税は、単に既存の富の再分配をもたらすだけで、戦争努力に必要な経常所得の転用ではないので、戦時財政の手段としては不適当であることに注意しなければならない。しかし、この反論は、ケインズ氏の提案した戦後の課税(post-war levy)に対しては当てはまらない。その目的は完全に分配的であり、したがって、資本課税の成果としては理論的限界の範疇だからである。

訳注5:1971年まで存在していたイギリスの通貨単位。1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンス
訳注6:iron rationは、兵士に支給される非常食・保存食を指すことが多いが、「生活に最低限必要な食料」(a basic amount of food for a person to live on)という意味があり、本文では食料に限らず生活必需品一般の配給を指すものとして説明されている。

訳者あとがき

 昨年、ランダル・レイらの共同論文『How to Pay for the Green New Deal』の邦訳が、グリーン・ニューディール政策研究会のサイト上で公開され(リンク)、同論文のベースであるケインズ『戦費調達論』が話題になった。本note記事の筆者が、ツイッターで調べていたところ、下記のケルトンのツイートが目に止まった。

 米国財務省は、ケインズの『戦費調達論(How to Pay for the War)』 を次のようにまとめている。その内容は、(1)あらゆるインフレ圧力を抑制すること、(2)便益がトップの富裕層に流れないようにするための公正な移行(just transition)についてだ。これは、#GreenNewDeal の正しい優先順位に合致している。

ステファニー・ケルトンのツイートより(2018年12月12日投稿)

 これが今回のnote記事を書くことになったきっかけである。ケルトンは、インフレ圧力を抑えながら、公正な分配を実現することの重要性を、グリーン・ニューディール(GND)との関連で指摘している。
 本記事筆者がアメリカ財務省の当該文書を実際に読んでみると、その理解度の高さには感服するものがあった。リソースマネージメント(資源管理)としての財政政策という視点だけでなく、額面では同じでも課税と借入とでは分配機能に違いがあるという一種の機能的財政(functional finance)の論点を正確に把握し、財政政策の公正さを明示的にケインズ・プランの眼目として記載していたのである。いずれもMMTのビジョンに符合する財政観である。

 ちなみに、原題の『How to Pay for the War』の邦題としては『戦費調達論』が定着しているが、MMTなどの記事が多いブロガーの一人nyun氏はこれに疑問符を付けており、本記事筆者も共感するものがある。ここでは長くなるので詳細は氏の記事(リンク)を参照してもらいたいが、要するに戦争(やGND)の「財源調達」ではなく、戦争「負担」への「対価」(等価交換)に関する議論として捉えるべきであるとしており、この解釈は正しいと思う。
 今回のアメリカ財務省による書評でも明示的に書かれているが、戦争の「犠牲」(sacrifice)と「報酬」(reward)の等価交換が重要なテーマになっている。国債発行を伴う戦時財政下では、戦後に受益者となるのは負担を支払った庶民ではなく国債を保有する富裕層である。ケインズは財政政策の分配的側面を重視しており、負担者と受益者を一致させることで格差を是正するべきであると考えた。一般的には「受益者負担」という言葉があるが、「負担者受益」と言ったところだろう。

 ケインズの『How to Pay for the War』は、完全な邦訳は入手する手間がかかるし、当時の英語の言葉遣いと格闘しながら原著を読破するのも中々に骨が折れる。まずは、本記事を読んで足がかりにしてもらえれば幸甚である。(以上)

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