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止められなかった記憶.1

まだ俺が二十代半ばの頃、敦子っていう女がいて、そいつは俺たちがよく通ってた居酒屋でバイトをしてた。

俺たちがその居酒屋に通うようになった時には、すでにあいつはバイトしてて、そこではじめて出会った。

特別美人ではなかったけど、明るい性格と屈託のない笑顔をする茶目っ気のある可愛らしいやつだった。

俺たちはそんな2、3個年下のあいつを、いじりながらも妹のように可愛がってて、気がつけば飯とか連れてったりするようになってた。

こいつのバイトは週3くらいだったけど、それ以外の日でもしょっちゅう会ったりするようになった。

けど、たまに何日か音信普通の時があって、それがこの関係が続いてる間、定期的に起こってた。

俺「お前なんで電話でないんだ?」

あ「ごめんごめん!ちょっとバタバタしてた」

俺「いや、その時出られなくても、折返ししろや」

あ「次からそうする!」

とかいうやりとりはあったけど、やっぱり音信不通になると折返しもない。

何回か同じことを繰り返すうちに、まぁこいつはこういう奴なんだろうと、それ自体に慣れてしまってた。

それからこいつ連れて飲みに行ったり、カラオケ行ったり色々とそんな時間を過ごしてたある日、

たわいもない会話の流れで

俺「そういやお前、俺たちとこんなことしてるけど、男ほしくないのか?」

あ「いらん…」

俺「そうか…、」

俺はこの会話を今でも覚えてるけど、
こいつの返事に妙な違和感というか、嘘を感じた。

普段ならここで下ネタとかでいじったりしてたけど、この違和感に、俺はいじることはしないで話しを変えたのを記憶してる。

それ以外はいつもと何ひとつ変わったところはないので、俺もその一瞬感じた違和感をすぐ忘れて普段の会話に戻ってた。

酒飲みながら俺と連れ、敦子とわいわいガヤガヤアホみたいなことばっかり言い合って、この頃はほぼ毎日のように楽しんでた。

ちなみに俺たちは敦子を女として見ることも、下心も一切なかった。ただ、いると面白いから連れてただけで、多分あいつも俺たちにかなり気を許してたと思う。

その証拠に途中からノーメイクで俺たちと会ってたし、俺たちの前ではある意味女を見せなかった。

だけど、多分そういう気があればそういう関係になってたかもしれないと今は思うかど、あの時は全くそんな感情をいだかなかった。

慣れとは怖いもんで、はじめの方はノーメイクのあっちゃんを面白がってみんないじってたりしたけど、だんだん慣れてきて、もうそれが普通になってた。

そんな感じで3ヶ月くらい経ったある日、
こいつがバイト入ってる時にその店で連れと呑んでたら、見るからにややこしそうなヤクザ(多分当時40代?)が女連れてた入ってきた。

ま、この辺ではよくあることなので、気にすることもなく俺たちはいつもと変わらずアホみたいな会話をしながら呑んでた。

それからちょっと時間が過ぎて、バイト中の敦子に何か話しかけたら、今までに見たこともないような顔をしてる。

何というか、引きつった顔で怒りなのか恐怖なのかよくわからない顔だった。
俺らに対しての受けごたえも明らかに今までとは違う。

なんかあったのかなと思ったけど、仕事中だし聞くこともできず、俺たちはそのまま呑んでた。


しばらくすると奥の座敷から、

「うるさいっ!」
大きな怒鳴り声が聞こえた。

声ですぐわかったけど、敦子だ。

あ「うるさいっ!やめろ!」

何か嫌がらせでもされてるのかなと思ったけど、
とりあえず、俺ら関係ないから呑んでた。

「ガチャンッ!!」
食器の投げたような音。

ん?これは普通じゃないな、
他にも客はいたけど、それまでの店の空気とは全く違う空気が流れ出した。

シーンと静まり返った店内にまた響き渡る怒鳴り声

「帰れ!やめろ!」

俺はあいつが心配になって様子を見に行くことにした。

パーテーションみたいなのを越えて座敷にいくと
あっちゃんは鬼の形相でさっきのヤクザと言い争っていた。

俺「どうした?」

あ「……」

ヤ「兄ちゃんにも聞いてもらえや!」
 「お前何やったか聞いてもらえや」

あ「だまれ!」

ヤ「こいつ、困った奴やねん。この…」

あ「黙れって言ってるやろっ!ごらっっ!!お前殺したるーーっ!」

今までにこいつの口から聞いたことのない口調に俺はかなり驚いて衝撃を受けた。

俺「おい、落ち着け」

あ「……」

ヤ「お前、こんなとこで働いても無駄やろ!早よ返せや!」

その瞬間、敦子は言葉にならない叫びを上げてその男に掴みかかりに行った。

男の髪の毛を掴んで、ごらぁぁ!!!とか言いながら、もう完全に狂った奴になってた。

当然、男の力の方が強いので、その次の瞬間には首元を抑えられて地面に叩きつけられた。

ヤ「おのれ、なにやっとんねんっ!!こらっ!」

それまで怒鳴ることはなかった男もこの時はブチギレ始めた。

文字にするとテンポがスローだけど、一瞬の出来事だった。

俺は慌てて男から敦子を離して
男の手を押さえながら、

俺「何があったか知らんけど、やめたってくれ」

ヤ「兄ちゃん離せや!こいつ見たやろ!俺にこんなことやる奴やぞ!」

俺「けど、やめたれ」

ヤ「ひどい女やでこいつは、何があったかゆーたるわ」

あ「黙れーーっ!」

敦子が再び飛びかかろうとしてるところを、今度は中に入って止めた。

俺は敦子を抑えながら

俺「やめとけ、落ち着け」

こんな事を言ってたと思う。

ヤ「金返せ! お前こんな仕事で払えるわけないやろ!」

あ「うぅぅぅおぉぉぉ!!!」

もう敦子は怒り狂って獣化してる。

俺「おっちゃん、もうここではやめたってな」

ちなみにこの場には、俺の連れと店の店長(女の子)もいたけど、登場人物が多くなるとややこしくなるので、あえて出してないが、一緒に止めに入ってる。


ヤ「兄ちゃん、こいつポン中やで」

あ「お前やろ!それは!」

えっ、と思ったけど、今はこの事態を収める事が先と思ったので、とりあえず外に出て話すことを進めた。

俺「ここでは他の客もいるから外に出よう」

ヤ「おお、かまへんわ、外出たろ」

先にヤクザのおっさんが外に出て、次に俺らと敦子が外へ出た。





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