見出し画像

人と地域を元気にする地産地消の給食改革!【第3弾=東京都「ふじようちえん」④】

食を通した直感的な体験を重ねる幼児の学び④

【この連載について】
この連載は、総務省地域力創造アドバイザー/食環境ジャーナリストの金丸弘美さんが、地産地消の給食に取り組む日本全国の画期的な事例を取材したルポルタージュです。
第3弾は、食を通したユニークな幼児教育で国内外から注目されている東京都立川市のふじようちえんを取材し、全4回でまとめていきます。
       第1回      第2回      第3回

●園そのものを子どもたちの遊べる遊具として設計する

 園を継いだ加藤績一さんは、園そのものの大改革を手がける。園自体が雨漏りするほど老朽化をしていたこと、新潟中越地震のニュースで保育園の園舎が被害を受けたことを知ったからだった。園児が、安心で、もっとのびやかに、自己のもつ能力を伸ばすことができる環境を造ることとなる。

 そんな頃、出会ったのが、クリエィティブディレクターの佐藤可士和さん、悦子さん夫妻。その構想は園舎自体が巨大な遊具になるというもの。そして考えを形に設計したのは、建築家の手塚貴晴さん、由比さん夫妻。そんなクリエイティブチームとともにつくったのが、楕円形の「ふじようちえん」だった。

園舎4

 「佐藤可士和さんと知り合って、私は子どもが育つことの状況をいっぱい話しました。こどもの特徴もいろいろいいました。テーブルぐるぐる回るでしょうとか。子どもが柵のところで手で触ってダンダンダンとやるのは何か? 知っているとか。いろんなことを言った。
 『先生わかりました。私、状況をデザインしますよ』佐藤さんは言って、それを聴いていた手塚さんが建築として形にしました。
 だから、子どもの育ちをデザインしたい。状況をデザインする。建築としてのデザインになって、この三角形がいつも、ぐるぐる回って、『ふじようちえん』や『なすび保育園』他にしても、全部、このサイクルで育ちや状況のデザインをやっています」

 加藤さんは、園のなかをぐるぐる巡り、子どもたちに声を掛ける。絵や色使いをほめたりする。その一言で、子どもたちは自信をもつというわけだ。

 また給食の時間には、子どもたちの食事を見て「とっちゃおうかな」と、いたずらっぽく手を伸ばす。すること子どもたちが「ダメ―」と声をあげる。これは、家庭では大切な食が、ほかの人に取られることがない。大切なものは守るということを学んでもらうためしているのだとのこと。

給食と園児10

 加藤さんは、いつもぐるぐるめぐるので、子どもたちは、みんな園長先生をよく知っている。園の建て替え前は一部2階建てのコの字型園舎になっていた。

●教室を巡る導線がそのまま設計に繋がった

 「私、いろんなクラスにいって子どもに言葉がけをしています。前の園舎はコの字になっているので、端まで行き、他のクラスに行こうとすると中庭を渡らないといけない。めんどくさいからスリッパで渡っちゃう。すると子どもたちが『いけないんだスリッパで歩いて』と子どもが言う。『そのとおりだなあ』と思ったけど、私は、面倒臭いから、子どもに『大人はいいんだ』と言ってた(笑)。
 あんまり言われるから新しく作り変えるとき『手塚さん、今と同じようにコの字の園舎だったら、ほかのクラスに行けるように渡り板わたしておいてよ』と言った。私が、向こう側のクラスへ行きやすいからって。それがだんだん進化して楕円形になっちゃった。中庭を通らなくて全クラスが繋がっている。だから、この設計は私の動線でもあるんですよ(笑)。
 設計の手塚さんは50くらいモデルを作ってあった。ぱっと手塚さんの事務所に入った瞬間に、これ面白い。『あっ、いいな‼』思ったが今の園舎です。『いいな‼  と思うのにロジックじゃない』それが大切だと思った。

 加藤さんは「これは子どもが育つための道具だから。あえて不便を作って」とも話した。佐藤可士和さん、手塚さん夫妻は設計にあたり幼稚園に来て、実際に園児とともに保育を受け、学びも体験もした。

教室

 「われわれは子どもが育つ環境づくりをする。体験は教えられない。すべて、そこにあるものから学んでいく。すごく不便に作っているんですよ。不便に出会うと、子どもは工夫しなきゃいけない。工夫することによって育ちが出てくる。不便による利益『不便益』と言っているんです。
 水道の蛇口なんか、今、手を出すと水がでるセンサー式になっている。それを、あえて蛇口をひねって出す。そこで水の加減とか塩梅とか、最初はカップから水があふれたり、少なすぎたり…やがて、自分で思っているところに水を入れられるようになってくる。これは、頭で考えたことと手の行為の一致であって、これこそが育ちそのものなのです。
 あと戸なんかもあえてきちっと閉まらないようにしているんですよ。そうすると隙間風が入ってくる。隙間があいているとちょっとトイレいって帰ってくると、隙間があると戸の近くの子どもが『寒い』と言う。入ってきた子は仕方なく戻ってきて、戸をパチンとしめる。
 そういうことをさせることによって、ものごとをきちんとすることを体に覚えさせる。
 園庭もがたがたに作ってあって、子どもも転べばいいと思っている。1回転ぶと自分で転ばないように工夫するもんです」

園舎3

 実際、園庭は小さい起伏があちこちにある。芝生を毎年、自分たちで播種し育てている。園庭からは、どのクラスも見回すことができるようにもなっている。

 「いまは、どこでもバリアフリーになっている。居心地がいいのはわかるんですけど、子どもの育ちにとっては、育つものが育たない。私は、砂利道で水溜まりのあるところを歩いていた人間なんで、多少起伏や不便があっても、それの方がいいと思っちゃいますけどね」

 園舎自体が大胆な建物だ。園の床はすべて滑らかな板張りで、子どもたちは上履きをはかない。子どもたちの教室は独立しているスタイルではなく、パーテーションで区切られているだけだ。隣りの音が聞こえていても、学びのときは、みんな集中できるという考え。実際にそうなっている。

 大人数が集まれるようなホールはないが、パーテーションを外せば大きな会場に大変身する。〇〇組とか「トイレ」「職員室」といった標識もいっさいない。職員室にも仕切りがない。見渡せば、そのまま相談や会議もできる。園長先生のデスクも開放的になっていて、前には、季節の果実や農産物が並んでいたりする。

クラスカレンダー

【写真】それぞれのクラスはパーテーションで仕切られているだけ

 子どもの道具という園の設計の面白さは NHKの番組『又吉直樹のヘウレーカ! 日常の「なぜ?」の果てに 僕らは何を見るのだ』 、京都大学の川上浩司教授『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも 行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか?〜不便益という発想(しごとのわ)』(インプレス) などにも紹介されている。

 川上浩司教授からは、加藤さんの著書『ふじようちえんのひみつ』(小学館)を引用していいかと打診があったのだという。

 「私、こんな性格ですから、たまたま京都いったときに京都大学を訪ね、守衛さんに『川上先生いらっしゃいますかね』というと、いらっしゃると。なんと、わざわざ川上先生がでてきてくださった。話をきいたらめちゃくちゃ面白くてね。
 私は、『不便益』は子どもに伝えないといけない大切なことだと思っているんですよ。
 これを、きちんとした最先端のものがいいと思っている方に説明しても、なかなか、その人たちの物差しに合わないわけですよ。不便に作ってなにが悪いの? 便利に作ったら役にたたない。それを理解してもらうために、いろんな場面で説明するようになった」

 「ふじようちえん」では、視察や見学会も迎えている。海外からの視察も多い。ある時は、毎週、200~300名が各国から視察に来る。7、8年前からは中国の幼児教育関係者が大勢来るようになった。

 加藤さんは、最初、富士山に行く観光ついでだろうと思っていたという。ところが真剣に「ふじようちえん」の理念や教育、運営を知りたいというものだった。ふじようちえんを中国へという誘致の話もあった。が、『幼児教育は国をつくる力がある』という信念があった。

 「中国の歴史文化を知っている中国の皆さんがつくるのが一番いいとお伝えしています。ただ、友人ですので、必要なことがあれば何でも聞いてくださいと伝えています。
 中国での幼児教育熱の高まりは、いい小学校に入るため、と考えられています。つまり、さらに学力を伸ばすには、幼児期の教育が大切と考えられているからです」

 このことから、これまで加藤さんは中国全土に渡り各都市で、講演を60回以上されています。コロナ以降、中国へは行けなくなったが、要望が多いことからビデオメッセージで交流は続いている。

画像6

【図】園全体が四季おりおりの木々花々にあふれている
「ふじようちえん」の見取り図(ホームページより)

 「給食に、四季に栽培した野菜を入れていく。それは方針というよりも、やはり自然じゃないかと思っています。当たり前のように葉っぱが緑になって散っていく。枯れ葉になる。木枯らしが吹く。枝だけになる。そういうサイクルが普通だと思っています。
 子どもには体験を大切にしたい。
 今の子は、タブレットとかパソコンで全部理解できて、我々よりは、そうとう知識は多く、高いです。でも現場や現実をみたことない。そこに豊かさがないと思ったんですよ。自分でみて、匂いを嗅いで、触れて、感じて、行動することが大事です。察するみたいな動物的な力。なんでもいい。そういう力が強いんですよ。得た知識はあとからのもの。自分で触れる、そして考える。
 幼児期は、食もそうだけど、観て、触れて、感じて、考えて、行動する。このサイクルを自分で獲得してほしいんですよ」

 『体験は教えられない』
 モンテッソーリ教育そのものが、まさに畑でなにか作ったり四季を感じたり、味覚から視覚、聴覚、嗅覚、全部使うもの。それが本当のモンテッソーリ教育とも加藤さん語る。五感を育くむことが大切にされている。

 園内の体験だけはなく、地域とのふれあいも大切にされている。

 「私たちは、子どもたちに町探検をさせること、地域をいっぱい見せること、歴史をふくめて町歩きをさせる役目があるとも考えています。
 高齢者施設や小学校とは交流があります。
 クリスマスに高齢者施設へ行って発表をしたり、一緒にお話をしたり、施設を利用するおじいさんやおばあさんにお手紙もっていくとか、あと絵の交換もします。絵を毎日見てくれていたり、手紙の返事をいただいたりという交流もあります。
 小学校との交流は、一般的にあるようなものだけど、卒園前に、小学校探検とか。そういうのは、よくありますね」
 
 新型コロナウイルス感染症が広がった2020年は、自由参加型の親子遠足が実施された。家族で一緒に立川駅周辺を回る「Go Toスタンプラリー」という企画だ。街中を巡るポイントのヒントを出し、そのポイントに先生たちが立って、そこに行くとハンコを押してもらう。土曜日の午前と午後の2時間半ほどのコースを歩き、街を知ってもらう。

 「こういうことでもないと、街の中に行かない人も多いわけですよ。コースは立川駅前に『ファーレ立川アート』という現代アートのポジションがあって、アートディレクターの北川フラムさんが始めたもの。
 『GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス) 空と大地と人がつながるウェルビーイングタウン』とか、町を緑でつなぐというコンセプトで、新しくできた施設があるんです。
 なかでも『国営昭和記念公園』がいちばん多い。
 『ふじようちえん』から子どもの足で10分ほどで、公園内の『子どもの森』に行けるんですよ。すぐ遊べちゃう。ほんとにラッキーですね」

 立川駅近隣のGREEN SPRINGSは、優雅なビルがあるが、かなりゆとりをとった空間で、歩いても気持ちがいい街づくりがされている。

 「国営昭和記念公園」は立川市と昭島市に間にある180haも広大な公園で、木々、花々、池もあり、レストランや、イベントも充実していて、自然も豊かなところで、家族や子どもたちを過ごすには快適なところだ。

昭和記念公園

【写真】国営昭和記念公園

●国際的な人材を目指す英語のネイティブ教室もある

 「ふじようちえん」では、世界の人とコミュニケーションをとるということから英語を話せ国際的な人を育てることが重視されている。ネイティブの英語の先生が18名いる。通常保育の中で行う英語Vantageプログラムというのがあるのだ。「英語を楽しむ」「英語を好きになる!」「外国人の先生と触れ合う」ことを目的に、保育の中で週1回(年少30分・年長60分)英語の時間が設けられている。
 また、「話せるようになってしまう英語」コース(希望者登録制)では、2010年から始まり、4歳児~高校生まで受け入れている。
 2018年度には、694名(4歳児165名・5歳児165名・小学生344名・中学生21名)が英語コースで学んでいる。小さいときからネイティブな英語が学べると、ほかの地区から引っ越してきて、子どもを通わせるという家庭もあるほどだ。

 「うちは地域幼稚園といっている。入園はバスで回れる範囲といっています。入園説明会でアンケートをとって、希望者でお住まいが近い人から入園していただく。だから駅前のタワーの人も最近増えてますし、遠くから引っ越してくる人もいるんです。なおかつ家を建てる人もいるんですよ。びっくりですよ。大丈夫ですかと言うんですが。実は、ここで英語が学びたいという理由。英語教室は、4歳、5歳で始まって小学校でも続けてる。金額も安いですけど、子どもがしゃべれちゃうんですね。発音がむちゃくちゃいいんですよ。それを考えると、幼稚園の近くに越してくれば、子ども一人で帰っても安心だし、そんなことを越してきた方が言ってますね」
 
 園にはキッチンスタジオもある。パン焼き機もある。そこでは英語をやっている子の英語の授業が体験して学ぶということも行われてきた。お母さんたちの英語のクッキークッキングやお母さんたちのパンづくり教室。1クラスで英語は15人くらいで使っている。ただしコロナ以降は、自粛で残念ながら使われていない。

オーブン

【写真】キッチンスタジオ

 「卒園して小学校に入って英語教室に参加する子どもが累計で3000名以上もいる。英語でクッキーとか作るという授業もある。英語の先生は、たとえば奥さんが日本人で、日本で永住権とろうとしているという人がいたり。ありがたいことに先生には恵まれていますね。いい方がみんな長くいてくれる。リーダーの人は10年以上という実績の先生もいます。
 うちは全体で言うと保育園、幼稚園もあるから自分で先生がキャリアを生かして移れますから。経験も積める。0、1、2歳児のそれこそスプーンで食べさせるところから、英語のあるクラスのあるところまで、さまざまな学びの場ある。食に関しても時系列でみれるし体験できることがありますね」と加藤さん。

 次の構想は、小学校までの運営で、さらに豊かな学びの場をと夢は広がっている。

屋上庭園1

*関連資料
「ふじようちえん」 https://fujikids.jp/
ふじようちえんのひみつ』加藤積一 著(小学館)
「日本モンテッソーリ教育綜合研究所」https://sainou.or.jp/montessori/about-montessori/about.php 
「本との偶然の出会いをWEB上でも P+D MAGAZINE」出口治明の「死ぬまで勉強」(Web記事)https://pdmagazine.jp/trend/shinumadebenkyou-014/
出口版 学問のすすめ ―「考える変人」が日本を救う!』出口治明 著(小学館)

金丸 弘美   総務省地域力創造アドバイザー/内閣官房地域活性化応援隊地域活性化伝道師/食環境ジャーナリストとして、自治体の定住、新規起業支援、就農支援、観光支援、プロモーション事業などを手掛ける。著書に『ゆらしぃ島のスローライフ』(学研)、『田舎力 ヒト・物・カネが集まる5つの法則』(NHK生活人新書)、『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)、『田舎の力が 未来をつくる!:ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版)など多数。
 最新刊に『食にまつわる55の不都合な真実 』(ディスカヴァー携書)、『地域の食をブランドにする!食のテキストを作ろう〈岩波ブックレット〉』(岩波書店)がある。
*ホームページ http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/home/index.php

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?