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【短編】都市の依り代

「好きなことやっとっても大丈夫やけん。お前がテンション一番上がることすれば、それが最高やから」と主張した青色の長髪DJはヨーロッパで失踪した。彼が抱えていた借金の額は私のようなその月暮らしの人間からはイメージがつかない程まで膨れ上がっていて、そんな状況で大口を叩き続ける彼を、私はどこかで心の支えにしていた。私よりひどい状況だから、だろうか。しかし彼のような行動力が私にあったら、同じ金のない状況でも、現状を打破する馬力みたいなものが根本から違ったというか。

幹也は私と付き合う前に未成年の女の子と同棲生活をしていて、突然その子が消えた時、そして彼が渋谷のクラブの前で暴れまわっていた時からの付き合いだ。付き合いのスタートは黒人にぶん殴られた幹也が、近くにしゃがみ込んでいた私の横まで来て、肩を組んできたこと。酒と煙草と胃液の混ざった香りが、夜明けの都会を感じさせて、嫌いじゃなかった。近くだし来る?と言って幹也を自分の部屋にあげた。幹也は顔立ちがゾワゾワさせてくるレベルで整っていたけど、素行が悪そうな口調や行動が目立ち、女がいちばん部屋にあげたくないであろうタイプだった。

めちゃくちゃに家の中を荒らしてもらって、そのうえで私に飛びかかってめちゃくちゃに犯してくれる選手代表として適当な男だった。
私は、自らの尊厳すら台無しにするような他者を求めて幾星霜という狂い具合であった。侵略者を求めていた。そういう外圧がないと、私は空気に溶けていきそうだ。

私と幹也は出会った夜の次の日まで一緒にいた。次の日の昼頃に起きて、一緒にマックへ行った。
「お前、徹底的に自我がないよな」
「そうだよ、そういう人だよ、私は」
話をするうちに、そういうやり取りをしたなぁと覚えている。
私が噛むストローの中で、薄まったコーラが吸い上げられる。ごきゅんと飲み込んで、ぷはぁとわざとらしく声を出して、そのうえで笑って見せた。
「もっと自分で何かやりたいとかないわけ?夢とかまで言わないけどさ、自分の将来こうしたいから、こういう風に生きてみようとか方向転換する力みたいなのは、ないの?」
「ないよ、説教?」
説教?と女が聞いた時、大抵の会話は険悪な雰囲気になるが、その時の私は典型的なモラハラ男ムーブが逆に面白可笑しく見えてしまっていた。そのまま続けて幹也は、俺も自分の将来の事をちゃんと考えているわけじゃないけど、どうしたいか自分で決めるくらいのことはするよと言ってきて、そのうえで私のリアクションを待ちつつダブチにかぶりついていた。
「自分で変えられる範囲に限界があるって社会に出て分かったっていうのはあるけど、そのうえで自分にどこまで動かせる力があるのかのラインを見つけるのが面倒というか、そんなスタミナ私にはないなって思っちゃったし、世の中全体がそのスタミナを奪いにきてる感じがするし、こんなに社会は人のことを無気力にしたいんだなって気付いてから、もう何もする気が起きなくなっちゃったの」
「あれ、なんで昨日渋谷いたの?」
「友達がいたからだよ。DJの彼女してて、イベントに誰か友達連れてきてって言われたらしくて、私とあと3人くらい呼んで、知らない人だったから気まずくて離れたら、そのままはぐれちゃった」
「はぐれちゃった後は?」
「知らないよ、はぐれたんだから」
幹也はふぅんと言いつつ納得がいかなそうな顔をした。

その日の夜は幹也の部屋に行った。幹也は四ツ谷にある飲食店の横から階段をくだっていき、薄暗い中ドアを開けて、私を中へ誘った。部屋というよりは事務所みたいで、スペースの真ん中にデスクが置かれ、その上にはモニターや山積みの書類があった。ベッドは奥の方にあったが、まるでホテルにあるかのようなキングサイズであり、一度も使われたことがない程綺麗に整っていた。幹也に聞いたら、殆ど自分の部屋へは帰らないし、帰ってもソファで寝てしまうのだという。彼は私にコーヒーを出してくれて、私は彼の淹れたコーヒーが苦すぎることを正直に伝え、それでむっとした顔表情に歪む彼の端正な顔立ちを楽しむ。

私は自分で何も決めていない、わけじゃない。私は自分に何かしらの影響を与えるような外圧を、誘い、促し、受け入れている。私自身が何もできない、という幹也の指摘は実は的外れなのかもしれない。幹也が私に対して、何かしら力を行使するように働きかけている。

幹也が急に可哀想に見えてきた。
私は私自身が、私を苦しめようとする社会の依り代のようだと思う。

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