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【掌編】卒業、進路と「食」の趣味

卒業の前日に、俺は「天下一品」に行って、こってり味のライスセットを頼んで食べた。母からもらったお小遣いはすっかりなくなってしまった。

月に6千円をもらい、昼食は食堂で200円のミニ豚丼を食べ、帰ったら麦飯と味噌汁、野菜炒めを食う。母は野菜炒めしか作れない。

月にできる贅沢は、「天下一品」や「壱角家」、「餃子の王将」、それから「一蘭」で炭水化物を食うことだった。
友人と呼べる人間も高校にはいたけれど、俺がカラオケにもゲームセンターにも行きたがらず、サイゼリヤやガストにもついてこないのを見て、誘ってこなくなった。

家に金がないんだ、という理由なら綺麗だったかもしれないが、ひとりでたくさん飯に使っちまうんだ、なんて返事したら「なんだこいつ」と失笑された。

友人と遊ぶこと自体が嫌いなわけではない。
ただ、友人と遊ぶよりも、ひとりで炭水化物を食う方が好きなだけだ。

高校生ながら、俺は将来結婚できないと思っている。
それは炭水化物が好きだからだ。
家で食う母の飯より、自分で苦労して朝作る弁当より、学食より、街中にあるチェーン店で食う、胃もたれするような量の、炭水化物が好きだから。
ここを切り詰めることはできない。

社会に出たら、今よりもっと心置きなく食える。
夕飯が毎日外食でも構わないし、昼からラーメンを食えるかもしれない。
そんな男性と結ばれたい女性はいない。

結ばれる男女の好物は、炭水化物ではなく、脂でもなく、未来だ。
人生設計、将来、安定、暮らし、これらが大好物だ。
食の趣味が違う。
結婚した男女は、机上の「安泰」「将来」「幸せ」という概念を食っている。それが好物だからだ。
俺は炭水化物が好物だ。

高校を卒業した後、俺は道玄坂にある服屋で働くことになっている。
誰も俺が就職することを知らない。俺のいる高校の生徒は9割9分進学する。
彼らは、大学に行ってアルバイトをして、キャリアとかビジョンとかを考え、日々何かにもまれる生活を送る。
彼らもまた、好物が違うのだろう。「夢」を美味いと思うタイプだ。
俺は「夢」よりも「麺」が好きだし「米」が好きだ。
ついでに豚骨クリーム味のスープが好きだ。美味しい。

人は食の趣味で進む道を決める。
俺は「パンケーキが好き」「タピオカが好き」「コーラが好き」「紅茶が好き」「ハンバーガーが好き」「ポテトが好き」と言っていた奴らが、それらを我慢して受験勉強をしている姿を見てきた。
マックに通い詰めていたデブが、同じくらいの熱量で予備校に行き始めたのを見て、「合格」と「将来」はハンバーガーより美味いらしいと知った。
もちろん、彼にとっては。

俺は彼らの趣味が全く分からないから、
最も手っ取り早くラーメンを食いまくれる道を選んだ。
それだけのことだ。

#シロクマ文芸部

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